少年は少女の力を見た

「レヴィ……!」




 思わず発した声は、自分でもびっくりするくらい安堵していた。少し情けなくなった。


「よく頑張ったな」

「う、うん……良かった……。ちょっと、危なかったから……」

「気ぃ抜くな。もうすぐ詠唱が終わる」


 驚いて、少し離れてしまったアイラスを振り返った。相変わらず詠唱を続けている。喉は乾いてないのかなと、余計な心配をした。




「死に物狂いで止めにくるぞ。お前はアイラスの側に居ろ」

「わ、わかった……」


 慌てて短刀を拾って、腰の鞘に収めた。

 背後で傀儡が元に戻ろうとする音が聞こえたが、レヴィに任せておけば心配ない。急いでアイラスの方へ走った。






 ロムが辿り着くと、アイラスが目を開いた。一際大きく叫び、それが最後だった。

 うっすら見えていた壁が一瞬強く輝き、光と共に消え去った。


 同時に廃城から、悲鳴のような叫び声が響いてきた。空気がビリビリと震える。

 今のがソウルイーターの声だろうか。魂だけの存在で、声が出るとは聞いていない。やっぱり何かおかしい。


 続いて、喚き散らすような声が響いてきた。声音に苛立ちを感じる。何を言っているのかわからない。わからないという事は、言霊かもしれない。

 警戒して、アイラスを庇うように前に出た。




「ロム」


 背中から、優しい声がかけられた。


「トールを抱いて、私の後ろへ行って。魔具も持ってネ」

「……え?」

「大丈夫だヨ。今度は、私が守るから」

「え……でも……」


「私を、信じてくれる?」




 少し、ほんの少しだけ、自信がなさそうな顔だった。ここへ来る前の自分自身を見ているようだった。

 だから、我知らず顔が緩んだ。




「うん、信じてるよ」

「……ありがとう」




 柔らかく微笑んだ目が、少し見開かれた。


「来る。早く」


 慌てて魔具を拾って腰に差し、トールを抱き上げてアイラスの後ろに回った。彼女は廃城を睨むように見据え、スケッチブックを開いて炭を持っていた。






 廃城の奥から、風が唸るような音が響いてきた。音は徐々に大きくなった。何かが近づいて来る。

 アイラスが素早く炭を走らせた。スケッチブックから青白い光が飛び出し、二人の周囲をまゆのように囲んで消えた。




 ヒビの入った城壁が揺れ、一気に弾け飛んだ。崩れた壁の奥から竜巻が現れた。


「アイラス!」

「大丈夫。私から離れないでネ」


 目を凝らすと、自分達の周囲に透明な膜が出来ていた。木漏れ日を受けて、所々光っている。




 降り注ぐ瓦礫は、その薄く見える膜で防がれていた。当たる度に周辺が青白く光り、澄んだ音がした。

 それは、息を飲むほど綺麗だった。


 いつか見た、トールが作った魔法壁よりも、さっきまであった廃城の防御壁よりも、美しく繊細で強固だった。

 向かってきた竜巻も、膜に当たると蝋燭の火が消えるように、頼りなく消えてしまった。




 ロムには魔法の知識がない。ないけれど、トールよりもソウルイーターよりもアイラスの方が、技術が高い事だけは理解できた。




 竜巻が巻き上げていた無数の砂が、膜に当たって奏でるような音を立てていた。降り注ぐ光の下で、アイラスがスケッチブックのページをめくった。

 びっしりと記号が描き込まれたそこに、流れるように手を滑らせた。炭で何かを描き足している。


 また何か光が出てくるのかと期待して待ったが、今度は何も見えなかった。






「終わったヨ」

「えっ、ソウルイーターは? 死んだの?」

「死んでないケド……生きてるって言えるのかな?」

「それは、そうだけど……アイラスは、正体を知ってるの?」

「うん、まあ、大体は……」

「まあとりあえず、ツラ拝みに行くか」


 いつのまにか戻ってきていたレヴィが、先頭を切って歩き始めた。


「ちょ、ちょっと待って! 危なくないの?」

「もう何もできないヨ」


 アイラスもレヴィに続いて歩き始めた。自分だけが状況を理解できていないように思えた。

 傀儡が居た方を見ると、動かなくなった塊が山になっていた。


 説明してくれたっていいのに。自分にはわからない事なんだろうか。少しだけ面白くない気持ちで、二人の後を追った。




「あ、そうだ」


 急にレヴィが立ち止まり、アイラスがその背中にぶつかった。その様子が微笑ましくて、少し不満が和らいだ。笑いをこらえながら、先を促した。


「どうしたの?」

「中に入ったらアイラス以外は喋れねえぞ」

「……なんで?」

「城の中は今、音がしないんだヨ」


 アイラスが鼻をさすりながら答えた。


「沈黙の魔法?」

「あ、知ってるノ? だったら言っとけばよかったネ。とにかくもう、あの人は魔法が使えない」

「言霊を書いたら使えるんじゃないの?」

「あの人は動けないし、目も見えないノ。声だけが頼りだったんだヨ」

「どうして、それ……わかってたの?」

「傀儡に視覚感知がなかったのは、術者が盲目だからだ。操るものが感知した情報は、そのまま術者の五感で受け取る。受け取れねえ感覚は付与できないのさ」

「自分にわからない情報は意味がない……?」

「そういうこった」

「動けないのは?」

「姿が、一瞬見えたノ」

「どんな姿なの……?」

「まあ、行きゃわかる。一目瞭然だからな」




 半信半疑で、二人の後を追った。


 崩れた城壁を跨いだところで、レヴィの足音だけが突然消えた。

 レヴィが再び立ち止まって振り返った。今度はアイラスはぶつからなかった。


 声は聞こえないけれど、口が、ほらな? という形に動いていた。

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