少年は気になった

「え……」


 想定外の言葉に、上手く反応ができなかった。アイラスは、しまったというように口元を押さえた。


 失言だったのか、聞いちゃいけなかったのか。


 話したくない事は言わなくていい。ロムにそう言ってくれたのは、トールだった。だったら自分も、追求してはいけない気がする。

 でも彼女に関しては、秘密はあばいた方がいいんだろうか。




 どっちにしても、この場をどう取り繕えばいいのかわからなかった。アイラスも困ったように目を泳がせ、両手の指を絡ませていた。


 途方にくれていると、ロムが抱いていたトールが身体をよじった。

 ひょいと地面に降り立ち、アイラスの足元にすり寄る。ロムをちらりと見上げ、フイと顔をそらした。


「なんなの、その態度」


 なんだかホッとして、わざと呆れたような言い方をしてみた。トールはにゃーと声をあげるだけだった。






「よかった。見つかったんだね」


 声をかけられ振り向くと、アドルとザラムがやってきていた。二人の表情は正反対で、アドルはニコニコ、ザラムはイライラしているようだった。




「心配したんだよ?」


 アドルが優美な笑顔で話しかけた。花が咲いたように、周囲の空気が華やかになった。


 アイラスはポカンとした顔で見つめている。

 安心させようとして笑いかけたのだろうけど、その笑顔には別の効果がありそうな気がした。




「何、してた?」


 ザラムの責めるような冷たい言葉に、空気は一転して重くなった。

 アイラスが目をそらして、ロムは苦笑した。彼に視線は意味がないのだけど。




「月下草が欲しかったみたいだよ」


 先程、男から受け取ったそれを二人に見せ、アイラスに差し出した。彼女は、そっと指でつまむように、束を持ち上げて手に取った。

 ロムの手に触れないよう気をつけているかに思えて、少し傷ついた。そりゃあ確かに、綺麗な手ではないけれど。




「ありがとう……」

「どういたしまして。さあ、帰ろう」




 多人数で飛ぶには、転移装置を利用した方が楽だと聞いている。それがあった北に向かって歩き始めたけれど、アイラスだけは動かなかった。


「どうしたの? 帰らないの?」


 アイラスはうつむいたまま、答えなかった。お礼はちゃんと言えるけれど、返事はあまりしない子だと思った。




「帰らないと、レヴィに絵を燃やされちゃうんじゃないの?」


 少し意地悪く言うと、顔を上げてきつく睨んできた。けれど、今は可愛いとしか思えなかった。


「帰ろうよ」


 手を差し出したけれど、アイラスはそれを無視して通り過ぎた。さっきも触れないよう避けられたのだから、当然だと思った。


 失敗したと苦笑して、彼女を目で追いかけた。ロムからはツンと顔を背け、先に居るアドルとザラムの方へ歩いている。

 トールも、そのすぐ後ろを追っていた。こちらを見もしない。


 二人共、どこか自分を避けているような気がする。少し寂しくなった。

 こんな事で、トールから秘密を聞き出せるんだろうか。




 空振りした手を戻して、ロムは小さな背中を追いかけた。






 館に戻ると、午後のお茶が用意してあった。みんなで頂きながら、ロムはアイラスの事を考えていた。




 ——未来が無いって、どういう意味なんだろう。




 彼女は目覚めてから、一度も笑っていない。それは未来を憂いての事なのか。


 家族が居ないのだとしても、保護区に入れば問題無い。トールだってその事を知っているのだから、彼女に伝えていないはずはない。と思う。




 トールの気持ちもわからない。彼らの関係も不明なままだった。アイラスは彼にとって、大切な人なんじゃないかと思えてきた。

 だとしたら、自分なんかが想いを抱いてはいけない。




 ——いやちょっと待って。想いって何。




 頭の中で自分で自分にツッコミを入れながら、問題の彼らを見た。

 二人は並んでケーキを食べていた。トールが口の周りにクリームをつけていて、アイラスがそれに気付いた。彼女はふっと笑い、それを指ですくい取って舐めた。




 ——なんだ、笑えてるじゃん。




 心配して悩んでいる自分が、バカバカしく思えてきた。






「レヴィの部屋を借りたいのじゃが、良いじゃろうか?」


 トールの声に、はっと我にかえった。


「今日はもう描かねえって言ってなかったか?」

「絵を描くわけではないのじゃ。ちと作りたいモノがあっての」

「俺が隠し事が嫌いってのは、知ってるよな?」




 取りつく島もない様子で言われ、トールは困ってアイラスを振り返った。


 彼女が一歩前へ出た。


「魔法薬を作りたいノ。さっき手に入れたこれで。人が居ない方が、集中できるから。お部屋、借りてもいいですか?」

「それだったら、ニーナが山ほど持ってるぞ」

「普通のじゃ、ダメなノ。私、魔力がとても低いから。過剰摂取で、苦しくなっちゃうから……」

「ふ~ん……まあいいさ。護衛は連れてけよ」


「あ、だったら俺が行くよ」




 考えるより先に手を上げていた。わからない事だらけだけど、彼らと共に居れば、何か糸口が掴めるかもしれないと思っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る