#069:伝導かっ(あるいは、江戸前摩擦起伝=WAKAKUSA)


 <後手っ!! 水窪ミズクボ選手、着手願いますっ!!>


 印南インナミの予想以上のいい着手に、観客たちのボルテージも上がってきたようだ。観客全体の注目が集まってきているのを、肌で感じている。


 対局席の上でその印南の褐色のドヤ面と相対している私だけれど、ちょっとまずい事態に陥りかけていることを全私が自認していた。


「……」


 今の「私」はおそらく「24歳」。うーん、まだまだ充実していた日々のよね……「失恋」もあるにはあったけど、どーだろ、ここの客に刺さるようなのがあるのかどうか自信が無い。言うならば、「最弱の私」。


 くっ……だったら、この「チャネリング」をする必要なかったんじゃないの? という思いも湧き上がってきているものの、それは博打。元より後のない全張り勝負の全ツッパしか道は無いことは分かってんじゃない。しゃあない。ぶちかますしかないっ!!


 大きく息を吸い込み、「私」は着手ボタンを押し込む。


「……『会社でインディアカ部に所属していたんだけど、その時付き合ってた彼と房総の砂浜で戯れのビーチインディアカに興じていた時、思わず必殺のズィッヒシャイデンラッセン=スパイクを人中向けて撃ち放ってしまい、それが元で別れた、かろうじて罪には問われなかったっていう、そんな話』」


 弱いか。弱いよね。でもぐどぐどの失恋を経験するのはこの時より先なわけで、記憶としては共有しているんだけど、それをDEPとして放ったところで「臨場感」とか「真に迫る感」が薄れるから駄目だと思う。


 よってこのDEPを選んだわけだけど、何だろう、観客は一瞬にして静まり返ってしまった。やはり……弱い。でも「年齢ごとの人格」みたいなのを憑依させるといった感じの私の謎能力リボルビック=チャネラーは何が出るのかは不明だし、いいのが出なくても連続して引き直すことは出来ないみたいで。


 この電撃は何とか耐えるしか無い。喰らってもすかさずお尻を着座させれば、奈落へと続くレール上の「対局席」は止まる。レールの長さは10mと言っていた。先ほど知鍬が滑落・落下するまで約5秒は時間の余裕があったから、気合いで瞬間着座、それさえ出来れば、この「決勝第一戦」は「ピリオド制」……次の対局手番までは最低でも20分くらいはある。立て直せる。だからここ一番、私の臀部よ、電気伝導率を低下させてくれぇぇぇぇっ!!


 と、私が詮無い願いを込めて、電撃を堪えるおへちゃ顔を晒していた中、今のDEPに対する評点が会場のあちこちにある電光掲示板に表示される。


 <後手:86,881pt>


 ん? あれ? ハウメニーいい点。


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