#054:放心かっ(あるいは、出でよ、パーフェクション)
「あ、姐さん心配しやしたぜ!! 急に姿が見えなくなるもんでやんすから、てっきり逃げ出しでもしたのかとぶれぱす」
会場に戻るなり、丸男が息せき切ってそう詰め寄ってきた。のが鬱陶しかったので、ウイユの発声と共に、人差し指と小指を立てて作ったきつねさんの耳をその両眼に突き入れて道を開く。
地下に広がる撞き固められた土のグラウンドは、何か模様替えでもしたかのように先ほどまでの様相とは異なって見えた。
「体調はどうだ、
地べたに倒れ伏した丸男の後ろから、カワミナミ君がそう労わりの声を掛けてくれるけど。普通にしてる分には結構平気。でもキックとかまともに撃てそうなコンディションには無いって感じ。予選でちょっと、いやかなりやり過ぎちゃったかも。と、
「……どうやら決勝はがらりと変わるみたいだぜ。姐さんのしっちゃかめっちゃかが問題視されたみてえだ。曲がりなりにも『ダメ人間コンテスト』を語る以上、格闘に全てのウェイトを置くわけにはいかねえっつう、今更ながらのクソ采配がまた出ちまった」
その横から現れた、相変わらずの汚い長髪のアオナギがそう重々しく言うけど、そもそも格闘を仕込んだのはあんたらだろ、と反論したくなる。でも我慢。余計なエネルギーはこの際使いたくない。私は小さく頷くと、土のグラウンドの上を進んでいく。
「格闘」が縮小されるならされるで、今の私には好都合と言えなくもない。もう体はガタガタで、ゆっくり歩くのが精一杯なくらいだから。でもそんな事おくびにも出さずに、私は歓声が盛り上がってきた会場内で決勝の開始を静かに待つことにする。どの道、私に残されたエネルギーは、それほど無いと言えるから。
球場のような会場の、ピッチャーマウンドの辺りに、先ほどまで無かった簡素な円形の舞台のようなものが設えられていて、それを囲むようにして、決勝進出者たちだろう、私と同じ代表ジャージを律儀に着た十何名が、めいめい進行を待っている。
<皆様、お待たせ致しました>
ぴったり17時。聞いたことのある女の柔らかな声が響き渡ると共に、黒服たちを付き従えながら、これまた黒のスーツで身を固めた細身の女が姿を現す。途端に爆発する野太い歓声。なるほどこいつが……主催者。
無駄な動きなく、その「主催者」は「舞台」の上に上がると、
<……これより決勝戦のルールをご説明いたしますね>
透き通った、何でか心に響く声を発しながら微笑む。今度は歓声は沸かなかった。数万人の溜息のような漏れ出た低音が、この地下空間を覆っただけだ。私もその美しさと可憐さが同居しているような、何とも惹き込まれる笑顔に、まばたきも忘れ見入ってしまう。いややばい、何こいつ。
<申し遅れましたが、この『
何だろう、あくまで自然体で柔らかな態度なんだけど、人心掌握に長け過ぎたっていうか……私の周りの参加者たちも、呆けた顔でその声に聞き入っている奴が多い。カリスマ……? しっかりしないと。向こうのペースに嵌められたら何かまずい気がする。
私は背後のアオナギと丸男を振り返る。二人とも阿保面並べてのぽかん顔。でも、心酔してるって感じじゃなくて、ただただ興味ないって感じだ。よしよし、私はその普段はあまり直視したくない顔面に、少しだけ心強さを感じる。
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