#043:拙策かっ(あるいは、天生輪廻/安中模索/門答無用)
無表情と半笑いの中間のような、微妙な表情筋の状態のまま、楽屋(医務室を私用中)へ戻る。
結局のところ、
精神の根っこを破壊せしめるクリティカルな爆散など、起こらなかった。
あったのは、意外に丈夫だったスーツのクロッチに立てた私の爪が剥がれかけたという結果と、無粋な運営による照明落としという、興ざめにも程がある味噌対応だけだった。
無為だわ。この世のよしなしごとは全て無為だとでもいうのかしら。
「いやいやいや、ねえさん、洗脳された振りで我々をも欺きながらの、見事な大復活劇!! シビれましたわ~正味のところ」
廊下を憮然と歩く私の数歩前で、アオナギがそう揉み手をしながらお追従してくるのが鬱陶しかったので、歩を進めつつ軽く足を払う。
受け身も満足に取れずに、廊下に後頭部をごどむとぶつけ、いぱねま、みたいな呻き声を上げる喉仏を、右足裏に全体重を預け圧迫するように踏んずけてから先へ進む。背後で、数秒の無呼吸状態を経て、ぱすとらみ、みたいな声と共に現世に戻ってきたようだけど、どうでもいい。
「いやね? あっしはね、やる御方だやる御方だとずぅっと思ってやしたがね? あそこまでの大技をお持ちだとは、ついぞ、おもんてねぐろ」
今度は丸男が汚い笑顔で視界に入ってきたので、コリエという短い気合発声と共に、グローブを外していた左手刀を、その顔と胴体との境目があまり視認できない首元へ撃ち込んだ。なぜ? みたいな顔をして崩れ落ちたその丸い腹を一段昇降してから、私は早く寛げる場所へと重い体を引きずる。
リング上に撒き散った諸々の汚れを清めるそうで、次局まで30分の休憩時間が与えられたのだった。くそ運営にしてはナイス采配。今の私には何よりそれがありがたかったわけで。
とにかく、疲労が重なっていた。外から覆いかぶさってくるような奴と、内から噴き出してくるような奴との二重の重み。目覚めてからカンといきなりはしゃぎ過ぎたからかも知れないけど。それは反省している。
一歩ごとに立ち眩みが襲ってくるようなあやふやな意識ながらも、何とか医務室の扉をくぐる。ふわり、消毒薬のような香りが鼻腔に来るけれど。
「……よくやった。とにかく体を休めろ。次も行くつもりならば」
部屋の奥壁に寄っかかって何やらスマホを睨んでいたカワミナミ君がそう労ってくれ、今の私に必要そうな、ビタミンミネラルが豊富に入ってそうなペットの飲料を放ってくれる。もう決めてはいるんだけれどね。私は決意を込めて少し潤った口を開く。
「……行く。予選突破はならなかったけど、このままおめおめと逃げ出すわけにはいかないのよ私は。きっちりけじめ付けて、納得して終わりたい」
「300万」の支度金はチャラになるけど。その分、最後にもうひと暴れしてやるっつうの。
と、カワミナミ君は少し含みのある微笑を、ほんの少しそのきりりとした唇に浮かべると、500の液体を一気飲みした私に、スマホの画面を差し向けてきた。
<第五ピリオド
A:ユズラン:4-0 VS F:ワカクサ:1-3
B:センコ :2-2 VS D:シズル :2-2(再起不能)
C:ダテミ :1-3 VS E:カリヤ :2-2 >
ん? 対戦表だよね? これが何だっつうのよ。と、
「……決勝への道が、閉ざされたわけでは無くなった」
珍しくの微笑を湛えたカワミナミ君が、ふっと軽く鼻から息をつきながら言う。え?
「Dの土師潟は、先ほどお前が破壊したため、除外していい。Bの
なになに? あるの可能性が?
「……Cが勝った場合、CとEが『2-3』で並ぶ。Fのお前が勝てば『2-3』でこれに並べる」
なるほど、決定戦みたいなのに持ち込めるって寸法ね。え、でも『4-1』になるAがいるからやっぱり無理なんじゃ……と、考え込む私に、カワミナミ君はにやり、と普段見せないような悪そうな笑みを浮かべる。
「……無論、Aのユズランの『破壊』が絶対条件だ。やれるか?」
ああーそゆことそゆこと、了解だわ。
はいですっ、とかわゆく敬礼をして見せると、私は自分の疲労困憊だった体に、ドス黒いパワーが漲っていくのを感じるのであった。のろのろと医務室に入ってきた丸男が、手にしたおにぎりを取り落とすほどの狂気オーラが、み な ぎ っ て き た 。
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