#032:取組かっ(あるいは、デゲーロ/出稽古/溜ヶ濱部屋)

 第2ピリオド。


 初戦こそ勝手のわからない状態での惨敗を喫しましたけれど、次はそうはいかないのですわ。呼吸を整え、気合いを入れ直しますの。


「……」


 ピリオド間の時間はあまり無く、私はそそくさと再びリングに「シート」ごと上げられますけれど。何か、まな板の上の鯉的な空気を、うっすら肌で感じてしまうのですわ。

 リング上は、相変わらず、ぎらぎらと射すライトの熱がうっとおしいほどですの。


「……正々堂々勝負を、お願いするで、ごわす」


 対面で、その巨大な体を何とか「シート」に押し込めていたのは、身の丈2メートルはありそうな……そして横幅もかなりありそうな、ド迫力の方でした。


 黒い全身スーツの上から、かなり年期の入った臙脂色のまわしを締めてらっしゃいますの。二つに綺麗に割れた顎の上には、あらゆるパーツが規格外の大きさで取っ散らかっている巨顔がこちらに強烈なプレッシャーを放っていらして、頭も見事なまでの大銀杏を結ってらっしゃいますけれど、女性の方ですのよね? どう見ても幕内上位の貫禄ですのよ。


 格闘に持ち込めば、と先ほど丸男さんはおっしゃってましたけど、このウェイト差……いかんともしがたいのではと不安になってしまいますのよ。


 <第2ピリオド:ライトリング:

 B:尾藤谷ビドウダニ 仙子センコ  VS  F:水窪ミズクボ 若草(ワカクサ)>


 電光掲示板には、私たち対局者の名前が表示されますの。仙子さん……前局の反省を踏まえて、まずは先制させていただきますわっ。


「いっくよー、第2ピリオド、レリゴーレリゴーっ!!」


 実況少女の開始合図に、私は食い気味で手元の「着手ボタン」を押し込みますの。大画面に現れた黄色いアイコンの中には私の名前が。先制攻撃……いきますのよっ!!


「……わたくし、よく言われますの。『キミって、虎の皮をかぶった、ライオンみたいだね』って、かぶる意味あんのかーい」


 やりましたわ。渾身のDEPを撃ち放てましたのよ。高らかに突き出した右の手刀も完璧な角度。これは……貫きましたのですわ。


「……」


 しかし辺りは、静寂が、押し寄せる波のように覆っていきますのよ。これはいったい……感動のあまり、言葉を忘れてしまったのでしょうか。


「……」


 後方のセコンド陣を振り返りますものの、アオナギさんは白目を剥いて硬直しており、カワミナミ様も真顔硬直ですのよ。


「ご、後手番、着手っ、だよっ」


 実況少女セイナさんも少し困惑気味にそう進行しますけれど。ちょっと……高度過ぎたのかもしれませんわね。それはさておき、仙子さんの「相殺」……どう出ますの?


「……おいどんは、幼き頃から力士に憧れていたのでごわす」


 おいどんもごわすも無いと思われるのですけれども。でも、辺りはまたしても静寂……私の時よりは、何か、先を待つ沈黙、というニュアンスが強いのですけれど。


「……女とわかっていても、土俵で立ち会うことを夢見て……ここまでやって来たのでごわす。おはんには気の毒じゃっど、『格闘』で決めさせてもらうとよ」


 言ってる意味も掴めなければ、どこの言葉かも掴みづらいのですわ。しかし、


 <先手:301pt VS 後手:330pt>


 僅差とは言え、負けは負け。私の臀部奥に流された電流は微弱であって、きゃはん、となるにとどまりましたけれど。


 「相殺」成功とのことで、仙子さんに「アドバンテージ」が付与されますわ。選択したのは、「ディフェンス」。


「シート」上部からゆっくりとカバーのようなものが降りてきて、仙子さんの巨体を今川焼のように挟み込んでいきますの。


 一瞬後、再びカバーが上がった下から現れたのは、胸から臍の下までを覆う、硬質ラバーのような質感の、黒い「プロテクター」を装備した仙子さんでしたのよ。


 まずいですわ。さらに打撃が届かなくなりますのよ。でも、やるしかない。


 格闘パート。初の「実戦」と相成るわけですけれど、相手は相手で物凄くやりにくいですけれど、この数日の特訓を信じて挑むしかないのですわっ。

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