#027:全体かっ(あるいは、いったい/全タイ/完全体)
促されるままにその巨大な「ブース」内に足を踏み入れますの。中は程よく空調が効いていまして、涼やかで、清浄な空気が満たされてますわ。気にならない程度にミント系のアロマもうっすらと感じられて……さすが「女流」と銘打つだけのことはありますことよ。細やかなところに気が配られていて、本当、心地よいですわ。
ブースの扉は自動の両開きで、そこをくぐると真っすぐな通路が少し先まで伸びていて、最後の方でくいと右に曲がっていましたの。通路の右側には「changing room」と優雅な筆記体で書かれたプレートが付いた白いドアがありまして、どうやら「更衣室」ということらしいですけど、私はもうこの純白のワンピースで出場することを決めてますのよ?
<参加者に告ぐ。更衣室で各自『対局服』に着替えたのち、対局場に集合のこと。『対局』は『一対一』を三局同時に行う。『第一ピリオド』から『第五ピリオド』まで、全て連続で行われるのでそのつもりで。対局開始時に対局場にいない参加者は、即刻負けと見なす。『第一ピリオド』開始まで残り5分。着替え方、はじめ>
妙に落ち着いた女性の声が、ブース内に響き渡りましたの。可愛らしさと妖艶さが相まったような、不思議で、何か引き込まれる声ですのよ。
ですが有無を言わせぬその口調に、「軍曹」時のカワミナミ様を思い浮かべてしまいましたけど。当の御方は私の隣にいらっしゃるわけでして。
「……今のが、
私の疑問ありげな顔を見やってか、カワミナミ様は丁寧にそう説明してくださいますの。「ハツマ アヤ」……何回か、お名前だけは伺いましたけど、いったい、どのような方なのでしょう。と、
「着替えるとかって……前はあったか? 何か……やな予感がするぜ」
顔を少し顰めながらアオナギさんはおっしゃりますけど。せっかく用意したこの純白を着て出られないなんて。この衣装を推してくださったカワミナミ様も、おそらく予期していなかったのでしょう、一瞬、思案げな表情を浮かべましたけれど、
「……だが運営は絶対だ。今はとやかく言っている場合でもない。水窪(ミズクボ)、着替えて即『対局場』へ急げ。不戦敗になったら目も当たられないからな」
カワミナミ様の声に背を押されるかのようにして、更衣室のドアを押し開けますの。そこは六畳くらいの、割とこじんまりとした部屋でしたけど、その形が何と言いますか、いびつな五角形というのが変わっているなという印象ですわ。
入り口から入っての左手の壁沿いに大きな姿見がいくつか置かれていまして、右手の壁際には身長くらいの高さのロッカーが六つ、横一列に並べられていますの。
先客はお二方。それぞれ私の方をちらりと見てきたものの、無言で着替えを急いでらっしゃいますわ。いけませんわ、私、出遅れてますのよ。
失礼、とその方々に会釈をしながら、開いていたいちばん右のロッカーの中を探ると、薄いビニールに包まれた、黒い衣装と思われるものがありましたの。急いでビニールを破ってそれを取り出す私ですけれども、開かれたその衣装は、どう見ても手首足首まであるウェットスーツでしたのよ。
「……」
なぜ、という疑問に、一瞬真顔になってしまった私ですけれども、<残り三分>という非情のアナウンスに、慌ててワンピースをはらりと足元に脱ぎ落としましたわ。
「下着は全て外してから、着用してください」
そのウェットスーツの襟口には、そのような指示の書かれたタグが縫い付けられていて、ええー、全部ですの? と戸惑いながらも、ああ、もうどうとでもなれですわ!! と一瞬で気持ちを定めて一糸まとわぬ姿になりますの。
少し離れたところの姿見に、私の体が映りますけども、やっぱり、今の私はパーフェクトですわ。引き締まっていても、出るとこは出ている。やはり見惚れてしまいますのよ。
……見惚れている場合ではありませんでしたわ。急いで襟口のジッパーを引き下げると、多分こうですのよ、とそこに足を突き入れて、そのウェットスーツを体に巻き上げるようにして装着いたしますの。
体にぴったりとフィットしたそれは、首元から手首足首まで完全に覆い、ウェットスーツよりは全身タイツに近しい薄さで、私の完璧な美ボディラインを艶やかに浮き上がらせますのよ。これはこれで……ありかも知れませんわ。
と、姿見の前で様々なポーズを決めていた私ですけども、ポージングするたびに、そのスーツのそこかしこに肌色の模様が浮かび上がるのを見て取りましたの。
……スリットでしたわ。所々に入れられたそれは、普通に立っている分には閉じていますけれど、体をひねったり身を屈めたりしますと、ぱっくりと割れて、素肌をさらすような設計が為されていましたの。胸の下や、脚の付け根あたりなどにも……結構際どいところまでその切れ込みは入れられていて、設計者の品性を疑う作りなのですわよ。
そして通常時は完全に隠されている分、ぱっくりいった時の衝撃は五割増しなのですけども。何というか、とんだ見せ物なのですのよ。エロスですわエロスですわ、お破廉恥ですわっ!!
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