#019:面妖かっ(あるいは、微笑みの弾頭)

 昭和通りを北東に向かっているようですね。私はカーナビの画面を後ろから覗き込み、そう確認する。天気は快晴。気温もそこそこ。


 ごつい車体の真っ赤なジープの屋根は取り外されていて、吹き込むというか頭の上から巻き込んでくるような、そんな風を浴びながら、私たち四人は「会場」へと快調に飛ばしているのですけれど。


「……会場というのは、いったい何処なんですの? わたくし何も聞いていませんけれど」


 私は意外と座り心地の良い助手席後ろの革張りシートから、そう声を掛ける。

 アオナギさんの運転する横では丸男さんが何かスナック状のものをせわしなく頬張っていますけれど。貴方は食べ続けていないと召されてしまわれるのですか?


「……両国国技館、その地下に在る『イアハノナノス=ドチュルマ国技場』。そこが今回の対局の場となる」


 私の横で瞑目していたカワミナミ様が、そう答えてくださるものの、国技館にそんな地下なんてございましたっけ?


「参加者は今年は48名。6名で構成される総当たりリーグ戦で、上位2名が決勝トーナメントへ進む権利を得る。とのことだ」


 続けてそう説明されますけども、48名が多いのか少ないのかはさっぱり分かりませんの。「ダメ」も「格闘」もやれる者となると相当絞られるからな、とのことで、それでも今年は多いそうです。


「……『リーグ戦』なんて初めてじゃねえか? 一発勝負じゃねえ分、今の俺らにとっちゃあ有り難えってことになるんだろうが」


 アオナギさんは終始ご機嫌ななめのようですけれど、運転はスムーズで丁寧ですわ。お顔に似合わず。

 車の流れもスムーズで、30分もかからず隅田川を渡って両国へと到着できるそう。

 

「また唐突に、試合形式変わったーとかがねえといいけどなぁ。運営代わってもよぉ、その辺の行き当たりばったりなスタンスは変わらねえんだよなあ、何でだ?」


 丸男さんはペットボトルを音を鳴らしながらお飲みになっていますけれど。そんなに直前で変わるものなんですの?


「……まあ『女流』っていうのを立ち上げたのが、ここ一番の変化ではあるが。いろいろあるんだろう。初摩ハツマはよくやっていると、私はそう思う」


 カワミナミ様の口調に、若干の淀みを感じたのは私の気のせいでしょうか? 「ハツマ」という方がどなたかは分かりませんですけど、過去に何かしがらみがあったかのような……考えすぎでしょうか。


「ともかく、頑張って全力を尽くしましょうっ、わたくしも皆様のサポートを受けながら正々堂々、戦いますからっ」


 ぐっ、と気合いを込めてそうキメを言い放ったものの、助手席、そしてあろうことか運転席からも、呆れたかのような驚愕に怯えるような、そんな不可思議な顔がふたつ、私に向くのですけれど。


 うーんうーん、いつもならここで何かをやってシメていたような……でも思い出せませんわ。


 困った私は、にこり、とそのうすら大きい顔と顔に微笑みを返すのですけれど、お二方ともさらに驚愕の度合いを強めた表情へと変化を見せますと、ゆっくりと向き直った後は、その体全体が細かく震え始めて……いったいどうしたというのでしょう?


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