#007:珍妙かっ(あるいは、ナイトメア・デイアフター)

 ここは……どこ?


 ふわっと戻ってきたかのように思える頼りない意識を手探るようにして、私は周囲の様子を何とか把握しようとする。


 彼方から響いてくるかのような潮騒の音。真っ白に見えるかのように陽射しが輝く波打ち際に、私はひとり、裸足のまま佇んでいる。海面も、砂浜も、全てがきらきら輝いていて、眩しい。


 どこか浮世離れしたその感覚に、ああそうか、私は召されたんだ、と納得する。ここは死後の世界とやらだろうか。そう思ってみれば、やたらと身体が軽く感じる。


「わかくさぁぁぁぁぁ」


 と、私の名を呼ぶ声が聞こえてくる。お母さん? 来てくれたんだ。女手ひとつで私という一人娘を大学まで行かせてくれた、優しくて強いお母さん。


 あんたはいい男つかまえな、って、ガン細胞に冒されながらも、いまわの際までそんな気ぃ張った言葉かけてくれちゃって、でもごめんね、私、やっぱり駄目だったよ。


 許して、くれるかな。それとも、叱ってくれるかな。私は、彼方から手を振りつつ近づいてくるその姿に目を凝らすけど、何でだろう、うまくピントが合ってくれない。


「ぺ……ぺ……」


 何? 「ぺ」って。しきりに繰り返しているけど何だろう。水しぶきを上げながら、長い髪を揺らして、そして細身の体には、何というかギリシャっぽい、神々とか天使が来ていそうな白く長い布を巻きつけたような服を纏って。


「……」


 駆け寄ってきたそのお母さんらしき女性の顔に、ようやく視点が定まる。しかし、


「ぺぺぺぺ、ぺぺぺ、ペッカリちゃん、よっ!」


 予想外の顔がそこにはあった。何だろう、白塗りの顔に目の周りを黒く縁取った意味不明のメイク。脂ぎった小汚い長髪に、汚らしい歯並び。アオナギだった。より正確にいうと、アオナギのような何かだった。


 ぎゃああああああああああああっ、と今日びそこまでの絶叫はないだろう的な大音声が、私の喉奥から放たれる。同時に想定外の異形なるモノに出くわした闘争本能が為したわざなのだろうか、私の右拳は自然に握られるやいなや、閃光の右ストレートを、その鉄拳じみた顔面へと叩き込んでいたのであった。


 こんどみにあむ、みたいな呻き声を上げ、そのやけに縦に長い面に拳をめり込ませながら、アオナギらしき物体はそれきり沈黙した。


 と同時に私は覚醒した。夢……だったの。何だ、私まだ生きてるじゃない。でもここはどこ? 妙に心地よい羽毛布団をはねのけながら上半身を知らず内に起こしていた私だったけど、夢の中と同じで、右拳を振り抜いたポーズを取っていることに今頃気づいた。


 そしてその拳の先に、これまた夢同様にアオナギの顔面があったことも。白目を剥いて、ぱたりと横倒しになるその長髪男だけど、何? これは一体何だっての。私の頭の中は、はてなの記号で埋め尽くされる。

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