中くらいなり

穂積 秋

第1話

「ぐへへへへ」

 突然はかせが笑いだしたので正気に戻ったのかと思った。

 はかせはテーブルの上に出ていたティーカップを両手で持ち、そのまま両腕を大きく上に振り上げて持ち上げた。

「たーらったらー」

 よくわからない節をつけて唸りながらテーブルに向かって両腕を振り下ろした。ティーカップははかせの手から放たれ、テーブルに向かって飛んで行った。

 がちゃん。

 ぱりん。

 あ、これは割れた。

 テーブルの上には、先ほどまでティーカップだったものがからんからんと音を立てながら回っていた。割れたのは把手のみであったらしく、把手だけはわたしのほうに飛んできた。わたしはあとじさりして避けたが、避けなくてもぶつかりはしなかっただろう。

「なにを、するんです?」

 わたしは声をあげた。

「ぐへへへ」

 はかせは嫌な笑いを続けた。

「ティーカップは私の手から離れた。放たれた。ハナッタレのティーカップにおしおきをしたのだ」

 なぜかはかせは嬉しそうだった。

「私は洟を垂れたやつは、好かん!おしおきだ!」

 逆じゃないの、おしおきされたからティーカップははかせの手から放たれたんじゃないの、と思ったがもちろん口には出さない。

「すべてのハナタレに死を!これがイタリアの叫び!」

 えらくぶっそうなことば。イタリア?なぜイタリア?なにかの引用だろうと想像はついたが、なんなのかはわからない。

「たらりたらりらりりりらら~」

 ゴッドファーザーのテーマを歌い出した。上機嫌らしい。

「おしおきって、ティーカップを投げることがおしおきなんですか?」

「そうだな。そういうときも、ある」

 ティーカップを投げることがおしおきになるシチュエーションを考えたが、思いつかなかった。

「やつを始末せんといかんな。なにしろ今日はめでたい日だ」

 ぶっそうなことばが続く。やつというのが誰のことかわからないが、おおかた、ゴッドファーザーの映画に影響されただけで、だれのことでもないののだろう。

「どうして、めでたいんですか?」

 比較的安全な言葉を選んで尋ねた。しかしそれは失敗だったようだ。

「そりゃ、本日はめでたき日であると決まっているからな」

 そうなんだ。

「忘れておるのか?」

 忘れてる?私が?

「お前の誕生日だろう?」

「違いますよ!」

 思わず、わたしは声を上げた。

「違うのか?」

「違います」

「ならばなぜ誕生日だと思ったのだろう?」

 それはこっちも知りたい。

「お前の前にいたやつの誕生日だったのかな」

 前任者の誕生日など存じ上げない。

「というわけで、こいつの出番か」

「なんです?それ」

 はかせはにまありと笑った。はかせが取り出したものは、円盤型をした、なんだ?円盤型をしていることしかわからない。

「見てわからんか」

 得意げにはかせは言ったが、見てわからない。

「それでは!じっけんを!はじめる!」

 円盤型をした円盤がなんなのかを説明せずに、高らかにはかせは宣言した。

 わたしは円盤をいじっているはかせに近づき、のぞきこんだ。

 文字盤の上にガイドがあって、言葉を選んで設定するしろものらしい。ということしかわからなかった。真ん中にダイアルがあって、はかせがそれを回してなにやら設定していた。

「しょうがないから説明してやる。この文字盤は、設定に従ってある種の磁場を作る。磁場の作用でこの場にいるものの感情をコントロールできる。こっちの設定が強度、こっちが感情の種類を選択するのだ。まず、強度は中くらいにして、感情はめでたさを選ぼう。よし。これでこのボタンを押せば、私たちはおめでたくてたまらなくなるぞ」

 相変わらず怪しい発明がお好きなことだ。

「スイッチ・オン!」

 すいっちょんと聞こえるような発音で、はかせはボタンを押した。すると円盤が低い音で唸りを上げ始めた。

 うぉん、うぉん、うぉん、うぉん。

 その音はなんだか一定の周期を持って聞こえた。

 だんだんと、愉快な気分になってきた。

 これは…。

「わははははは」

 はかせが笑い出したが、いつものような正気を失った声ではなく、ちゃんんとコントロールされた笑いかたであった。わたしも思わず笑った。

「おめでとう。実験は成功だ!これがまさに中くらいのめでたさというものだ」

 はかせが実にうれしそうに言った。しかし実際におめでたいのははかせの頭だと思う。

「はい、実におめでたいことです」

 私も、本心から言った。

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中くらいなり 穂積 秋 @min2hod

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