2-2

「すまないな、菅野、日曜日だというのに押しかけてしまって」

「気にするこたないさ、丁度俺も暇していたところだ。彼が起きるまでゆっくりしていくといい」


 三角から連絡を受け保健室に駆けつけると、そこには、高熱を出してベッドに横たわっている日向がいた。

 症状は無念無想による魔力のオーバーヒート。風邪による発熱ではないため、早期の冷却、放熱処理で処置は済む。

 本来ならこうなる前に自力で応急処置をするよういい含めていたのだが、身体的な疲労が募っていたのか、自力で放熱する前に高熱で気絶してしまったようだ。

 治療を終えると、氷袋で局所を冷やした状態で日向を安静にさせる。

 一段落着くと、保健室の主こと養護教諭の菅野 秋人あきひとが疲労状態の僕にソファーを勧めてくれた。

 菅野はNNNの第一機関に属する医師だ。最近まで第二機関にいたが長年この学校に勤めていた養護教諭が引退したため、その穴を埋める形で第二機関から転向してきたらしい。

 そこそこガタイのいい三角と比較するとヒョロっちく、弱々しい印象を受けるが、表情は三角より柔らかく、眼鏡もあいまってやさしい雰囲気を醸し出している。

 この学校に来てから会いに来ようとは思っていたんだけど、中々タイミングがなくて、ようやく今日こんな形だけど久々に会うことができた。


「休日だというのに仕事熱心だよねキミは。おかげで日向の手当が手早く済んだわけだけど」

「土日でも部活あるし、形だけでも養護教諭がいとかなきゃなんだよ。どうせ保健室を使うのなんてサボり目的の不良生徒か反面教師しかいないってのにな」

「まったくだよ。ねぇ、反面教師」


 そう言って、床に正座する三角に目を向ける。

 普段は担任教師と生徒という立場で接しているが、こうして同僚として話すのは久しぶりな気がする。


「それで、これはどういうことなんだい三角?」


 今日は日曜日、部活動に参加していない日向が学校に来る必要はない。ましてや、三角と行動する意味もない。

 であれば、どうして日向が倒れた現場に三角が居合わせたのか、また、なぜ病院でなく学校の保健室などという場所に運び込んだのか、という疑問が浮かび上がる。


「実はだな、葵に師事してくれと頼まれていた」

「師事? キミと日向じゃ、流派が違うだろ」


 三角のアレは、もはや原型を留めていない我流だけど。


「剣の指南もだが、今回頼まれたのはコイツの使い方だ」


 三角は脇に置いてある愛刀、村正を指し示した。


「村正はお前専用の魔導具だろ。適合者でもない人間に持たせたらどうなるか……」

「んなもん、俺が理解してないわけないだろ。正確には妖刀タイプの魔導具の使い方だ」


 日向と共に担ぎ込まれ、傍らに立て掛けてある、かつて瀧貴さんの主兵装として活躍した一振りの無銘刀。今は日向が形見として帯刀しているそれのことを三角は言っているのだろう。


「昔、紅葉に聞いたことがある。蒼龍が持つ用途不明の無銘の妖刀、魔導具登録No.4固体識別名『蛍火』」


 流し台でなにやら、カチャカチャやってる菅野が思い出したよう呟く。


「性質は確か、変換器コンバーター。持ち主の魔力を別のエネルギーにロスなく変質させるだったけ」


 頭の中で魔導具名鑑を開き、蛍火の欄を参照する。

 魔術使いなら誰しも、魔力を別のエネルギーに変換し魔術として行使できる。つまるところ、蛍火はこれと同様のことができるというだけなのだ。

 一読すると、「魔術を代わりに使ってくれる」とも受け取れ、便利そうにも見えるが、その実態は「あってもなくても」いい物だ。

 変換される魔力はあくまでも持ち主の者。魔導具から自動生成される魔力は『魔力を変換するための術』に使われる。要するに消費も減らない、威力も据え置き、蛍火を介して術を使うのも、自分で魔術を使うのも結果は変わらない、と自分で何を言ってるのかわからなくなるような、存在意義がわからない魔導具なのだ。

 一応、魔導具としての最低条件『太古の技術で作られている』『自ら魔力を生み出し、術を構築する』を満たしているため、魔導具として記録されている。

 なぜ、こんなものが序盤に登録されているのかというと、こんな物でも葵家の伝家の宝刀だからだ。

 特に意味のない魔導具だが、先祖代々葵家当主の主兵装として華々しい歴史の傍らに寄り添っていたため、葵家の栄華の象徴として受け継がれてきたというわけらしい。


「けど、なんでこの刀がこんな所に? 現当主の紅葉の手元にあるはずじゃないのか」

「それが、瀧貴さんは息子か娘婿に蛍火を渡そうとしたらしいんだけど「要らんから」と断られたらしい」


 どちらも薄情だ。まあ、実際要らないけど。


「それはそうと、どうやら葵は、俺みたいに魔導具を能力解放すれば少しは使い物になるんじゃねぇかと踏んだらしく、俺に魔導具の能力解放の仕方を教授してくれって頼んできた。それに気が付いたのはついさっきだろうがな。それまでにも戦い方を見直すために早朝と放課後に俺と特訓してた」


 なるほど、だから、生活時間が噛み合わなくてすれ違いになっていたのか。避けられてるんじゃなくて良かったと、胸を撫で下ろす。

 基本的に魔導具には安全装置(ロック)が掛かっている。

 安全装置が付いたままでも力の片鱗は使えるが、当然、本領を発揮するには解いたほうがいい。だが、そう簡単に解けてしまえば安全装置の意味がないので、魔導具の適合者としての鍛錬が必要になってくるわけだ。


「まあ、キミと日向が一緒にいた理由はわかった。で、なんで日向は倒れたんだい?」


 改めて僕が三角の目を見ると、三角はとっさに目を合わせないよう顔を背ける。

 無念無想による魔力の過剰生産は、すなわち日向に激しい情動が起こったことを意味する。

 日向が一人で考え事をしていて思い出したように怒りが沸き起こった、という可能性も無きにしもあらずだが、状況が今聞いた通りなら、その可能性はかなり低い。その場にいた何者かが日向を刺激してキレさせた、と考えるのが妥当な線だ。

 そして、その場にいた誰かとは、言うまでもない。


「ちゃんと編入書類の調査票に、こういうことが起こるかもしれないからくれぐれも配慮してくれ、と書いといたはずだよね?」 


 微笑みを絶やさず、三角ににじり寄る。

 とは言え、三年間の療養とリハビリを経て、日向は大概のことは受容できる大らかさを会得(無感動になったとも言う)し、簡単には怒りの感情が芽生えることはないはずなのだが。いったい、どんな心無い言葉を浴びせたのか。


「調査票の内容は把握してたんだが。もしかしたら、体質に呼応して蛍火が解放されるかなーって」

「魔導具がそんな単純な物じゃないことくらい、お前が一番よくわかってるだろ」


 三角の短絡的な考えに、菅野が冷ややかな視線を送る。


「どうせ、三角に悪意なんてないんだ、動機はどうでもいい」

「アート……!」


 僕の発言を擁護と勘違いした三角が嬉しそうに見つめてくる。


「過失だからといって許した訳じゃないぞ、それより、日向にどんなことを言ったんだい?」


 付け上がる前に釘を刺し、一番の問題事項を確認する。


「「親の七光り」とか「お前の爺ちゃんブルードラゴン」とか。自分のことじゃ沸点が青天井だったから、矛先を身内に変えてみたんだが、見事に天井に手がついたな。マジで殺す気で俺を睨んでやがった」


 どうやら三角は見事に地雷を踏み抜いたようだ。特に日向相手に父親の話は最もマズい。

 どのくらいマズいと言うと、カヲル君の静止を聞かずに槍を抜くくらいマズい。


「日向は紅葉と折り合いが悪いんだ。なにせ、一番傍にいてほしかったであろう時期に他の家族を連れてアメリカに発ってしまったんだからね」


 だから、僕を日本に呼んだんだろうけど。

 言わずもがな、紅葉に悪気があって日向を瀧貴さんに預けたわけではない。むしろ息子の幸福を願っていた。それでも、日向にとっては自身より仕事を優先したように写ったことだろう。


「どうして、こうも不器用なんだか、あの坊主委員長は」


 どうにも、もどかしそうに頭を書きながら、背後で菅野が唸る。


「僕としては日向に紅葉の意図を汲んでほしいし、紅葉にも日向を気に掛けてあげてほしいけど、これは今ここで当人もいないのに議論するようなことじゃない。とにかく今は日向の前で紅葉の話題を極力避けてほしい」

「わかった、次からは気を付ける」

「それと、日向が起きたらゴメンなさい、だよ」


 そう言うと、三角も菅野もキョトンとした顔になった。

 ああそうか、自然と僕の体は腰に手を当て『女の子っぽい』仕草を取っていたのか。今は女生徒の制服に身を包み、学生生活では女子として生活を送ってるから、意識してないと『女性』の面が前に出てくる。


「そういえば、キミたちには中性の状態しか見せたことがなかったね。そう考えると、今のは引いちゃったかな?」

「いや、少し驚いただけだ。俺の知るお前の印象とかけ離れていたからな」

「アートであることを念頭から外せば、むしろ、その格好でその口調は自然だ。いい加減、俺たちも慣れないとな……」


 僕は男でも女でもない、いや、これは正しくない。正しくは『男でも女でもあり、また、そのどちらでもない』だ。

 とは言っても、性分化疾患とか両性具有と言うわけではなく、生物学的には性染色体XYを持つため雄と判別される。当然、男性器もある。

 であれば、最初の宣言は何か? 答えは、僕が一般的にXジェンダーと呼ばれている立場であるということだ。

 Xジェンダーとは、誤解を怖れず簡潔に言えば、性自認が男女という両極に収まらない立場の人々ということになる。

 中でも特殊な僕だが、分類するとすれば『不定性』に含まれるだろう。

 僕の中には、男女の性が同時に存在していてグラデーションになっている。そして二つの性のバランスを調整して現状に合った性を表層に出す。

 いつから、どうして、こうなったのかはハッキリとはわからない。恐らくは雄の身体でありながら女性的な顔立ちを有しているがために知らず知らずのうちに形成されていったのだろうと、現在は一応の結論を出している。


「仕草もそうだが、服装と髪型だけでも大分印象が変わるな」


 十分に反省したようなので正座を解かせたあと、僕とは対角のソファーに座った三角が髪留めをツンツン突っついてくる。


「ああ、これね、桜って隊の子に結ってもらったんだ」


 後ろでバレッタによってまとめられている髪の束に触れる。

 これは手先が器用な桜が毎朝ブラッシングしてあつらえてくれる。本人は髪が短いから僕の髪を羨ましがって弄るらしい。「そんなに弄りたいなら桜も伸ばしたら?」と聞いたところ「癖っ毛が強くて伸ばすと大変なことになるからやだ」と返された。確かに桜は長い髪より短い方が似合ってると思う。


「前はポニーテールみたいな奴だったが、ここまで女っぽくはなかったぞ」

「一つ結びね、あの時は男の格好をしてたし、男性でもよく見かける髪型だったしね」


 よく昔の漫画やラノベを読んでると男の主人公がちょっと化粧して女の子らしい格好をすれば女の子に見えるとかっていうのがあるけど、高校生男子がスキンケアなんかしてるわけないのにちょっと化粧しただけで可愛くなるわけないじゃん、とつくづく思う。


「改めて、お前って大多数の女子より可愛らしい顔してるって思い知らされたよ、うっかり惚れちまいそうだ」

「確かに男性の中では菅野は好みのタイプだが、あいにくと僕は恋愛に興味がないんだ。悪いね、だけど、嫌いじゃないよ、親愛の情は持っているつもりだ」

「冗談だよ、ネタにマジレスすんなって。それより、コーヒー淹れたけど三角はブラックでいいとして、アートは角砂糖いくついるん? 俺らは普段砂糖使わないから、好きなだけ言ってくれ」


 さっきから後ろでカチャカチャしてるなと思ったらコーヒーを用意してくれていたようだ。丁度、カフェインと糖分を身体が求めていたところなのでありがたい。


「気が利くな、それじゃ三十個ほどくれないか」

「はぁ?」


 僕のオーダーに、気味悪そうに三角が顔をしかめる。


「なんだよ、昨日今日と調査で解析を使い過ぎて脳機能が低下してるんだ。糖分を補給しておかないと徹夜の作戦立案に支障をきたす」

「働き過ぎだろ。お前日本人より仕事大好きだよな」

「別にそこまで仕事が好きなわけじゃないよ、ただ、今回は気合入れておきたい案件なんだ」

「あんま無茶するなよ。ほれ、安物のインスタントお湯1.5倍かさ増しコーヒー」

「ケチり過ぎだろ」


 三角用のやや透明なブラックとやや粘度を持ったミルク入りのコーヒーをマグカップに入れて菅野が運んできてくれた。


「見てるだけで胃が溶けそうだ……そして、俺のは……薄い」


 受け取ったカップに口を付けて文句を垂れ流しながら、三角は僕のコーヒーを流し目で見る。


「疲れてるときにはこのくらいが丁度いい、コーヒーの濃度が薄いのもいい塩梅だ」


 喉に張り付くような液体を一息で流し込んで、このあとどうするか決めるため現在時刻を確認すると、十六時半を過ぎたくらいだった。


「よし、それじゃあ、僕もベッドで休ませてもらうよ」

「は? コーヒー飲んだのに寝るのかよ、てか寝れるのかよ」

「ここは休憩室じゃないんだけど……」


 二人共に非難がましい目で見られる。しかし、んなこと知ったことではない。


「カフェインってのは摂取してから、およそ三十分で覚醒作用が発現するんだ。つまり、コーヒーを飲んでから仮眠をとると三十分くらいで自然と目が覚め、適度な休息が行える。今日は徹夜しなきゃだし、今のうちに少しでも体を休めておかなきゃね」

「保健室のベッドってのは誰かが使い終わったあとは衛生に保つために色々しなきゃいけないんだけど。つまり、お前が寝ると俺の仕事が増えて迷惑なんだけど」


 僕がここで寝ることによって被る自身の被害を訴える菅野。


「なら、ベッドを増やさなきゃいいんだな」

「え?」

「よっこらせっと」


 使用済みベッドが増えるのが嫌なら、使用中のベッドを利用すればいい。

 というわけで、現在日向が使用中のベッドにスペースを作り潜り込む。

 避けられていたわけじゃないと知って、これで安心して共に生活できる。

 こちらもぎこちない感じを見せていた部分もあるし、謝意も込めて。


「これで解決だ、それじゃおやすみ。僕が寝てる間に日向が起きたら、三角が寮まで送ってて上げてねー」

「おう、わかった、任せとけ……じゃねぇよ、起きろアート!」


 よしもとなら落第レベルのノリツッコミだ。


「うるさいな、何か問題でも?」 

「お前が男でも女でも、問題なんだよなあ!」

「知らないよ。下らない言い合いはまた今度にでも付き合ってあげるから」


 もう完全に頭がスリープ待機状態になっていて、論理的な思考が出来なくなってる。


「日向くんだって、起きて目の前にお前がいたら驚くし、引くだろ」


 微睡んでく視界の中で苦い顔をする菅野が映る。


「目覚めに可愛い僕の顔が見れるなんて幸せ、な、こ……と」


 その後も二人共なんか言ってたような気がしたけど、段々と声が遠のいて、次第に僕の意識は落ちていった。

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