正しい世界平和の作り方

文月イツキ

STEP- とある週刊誌のインタビュー記事より


記者:入院中だというのに今回の取材に応じていただき、ありがとうございます。


アルベルト:キミたちがしつこいから仕方なく後輩のキミを通したんだろ。紙くずを束で売りつけるしか能がないくせに鬱陶しい。


記者:はは、相変わらず手厳しいですね先輩、容態は芳しくないと聞いていたんですが、聞いてたより元気そうでなによりです。


アル:空元気に決まってるだろ、医者にもう先は長くないと告げられたよ。こう見えても心労が募ってんだよ、連日取材させろってマスゴミどもが押しかけてくるからね、もしかしたら、今この瞬間にでもぽっくり逝ってしまうかもね、遺言はそうだな……僕の死因は記者の声と足音です、だな、記録しときなよ。


記者:見届け人にならないよう善処します……それでは早速、本題の方に移らせてもらいます。


アル:どうせ、見出しは『現代に蘇ったアインシュタイン』だろ?


記者:ご明察、流石先輩ですね。


アル:ドイツ人、天才科学者、おまけに名前はアルベルトときたら、キミたち見たいなボキャブラリーが貧困な連中が思いつくのなんか、こんなとこだろうと思ったよ。流石は聞いたことを都合の悪い部分だけ切り取って、書き写すだけの連中だ。


記者:メディア嫌いも相変わらずですね……それでは仕切り直して、高校生活三年間を掛けて稀代の大発明『絶対防御結界』通称『アキレウスの鎧』を作り上げ、世界の常識を覆した。かつて、大規模な被害を及ぼし、世界を震撼させた兵器、核兵器の理論を組み立てた天才物理学者アルベルト・アインシュタインと同じ名を持ちながら、対となる発明を作り上げたことで「アインシュタインがかつての過ちを正すために700年の時を経て、この世に舞い戻った」といった話しが世間で言われてますね。


アル:過ちを犯したのは当時の愚かな連中だ、アインシュタインじゃない。あと勘違いしているようだけど、アインシュタインは確かに天才と呼ぶに値する科学者だが、原爆を作ったのは彼じゃない。ウランがその可能性を秘めていることを示唆しただけで、不安要素の多い原爆開発を見送っている。まあ、けど、彼の過ちを正すっていうのは、あながち間違いでもないかな。


記者:と、言いますと?


アル:僕の名前、アルベルト=ウィンジッドって名前は、僕自身で名付けたものだ、僕を育ててくれた孤児のための児童施設では、ある程度学が身についた子供に名前を自分で決めるチャンスを与えてくれるんだ。当時から魔導の究明に興味を持っていた僕は自分の望みを名前に込めた、『Albert=Wingged(翼を持ったアルベルト)』死んだ人間に羽根が生えてるイメージのイラストがよくあるよね、自分はアインシュタイン博士の生まれ変わりを名乗って、彼の残した過ちを正そうと心に決めた。


記者:今さっき、彼の過ちじゃないって言ったばかりじゃないですか。


アル:それは核兵器生産のことだ。アインシュタイン博士の過ちとは、すなわち、自身の研究がもたらす危機管理リスクケアが出来てなかったこと、ウランが脅威的な兵器に転用できる可能性があったのなら安全策を講じておくべきだった。

 結果として彼はそれまでの常識を覆す恐ろしい兵器の開発に間接的ながらに携わってしまった。これが皮切りになって強い国とはいかに核兵器の開発能力があるか、どれだけ核兵器を持っているかという考えに陥り、全ての核兵器を使った戦争が起きれば、地球が滅びるとまで言われた時代が訪れた。

 まあ、これはWW2第二次世界大戦、冷戦とを経て、NPT核拡散防止条約なんてものが結ばれたりして一先ず、星の危機は回避されたんだが。しかし、化石燃料、つまり有限資源が、世界の電力を賄えなくなり、再生可能エネルギーも化石燃料の代用になるほどの発電量に到達しえず、世界に残された数少ない資源を巡る争いが起きた。


記者:WW3第三次世界大戦、ですね。


アル:ああ、発電、工業、交通、それらに必要な有限資源を巡った争いという点において、単純に考えれば、戦需品――兵器やら艦船、戦闘機なんかの開発、量産が滞るとされ、大規模なものにならないと目されていたが、それは楽観が過ぎた。

 核兵器、結論を言えばNPTなんてものは意味をなして無かった、大国と呼ばれる国は核兵器を放棄なんかしてないし、馬鹿正直に非核三原則を掲げていた日本は両手を挙げるしかなかった。木っ端な兵器を生産効率が落ちた工場でちまちま開発するより、蓄えていた一発で広大な範囲を焦土に変え、汚染する核兵器があるんだ、人員を揃えて銃持たせるのではなく、椅子に座ってボタンを押す戦争が始まろうとしていた。


記者:しかし、WW3はそんな状況だったにも関わらず、開戦宣言から僅か三日で終戦した。勝者も敗者も生まずに。


アル:よく勉強してるじゃないか、スクープしか頭になくて、授業中でも平然と学校中を駆け回ってたキミが。


記者:へへ、記者になる以上、脚と気合だけじゃなくて、先輩みたいに頭のいい学者さんと話すために頭を鍛えないとって、思い立ちまして。


アル:まあ、こんなことは小学生でも知ってる社会常識だがな、WW3が驚くべき早さで終結したのかは、誰もが知るところだが、学のないキミにあえて説明してあげるなら。


記者:そのくらい、知ってますよ! 地球滅亡の危機に今まで姿を隠していた『魔術使いグリム』のコミュニティーが表舞台に現れて、当座の問題である資源不足を解決すべく、超効率のエネルギー体の『魔力』の存在を世界に広めたんでしょ」


アル:模範解答だな、教科書でも暗記してきたのかい?


記者:ち、違いますー、魔術使いの一人として、自分のルーツを知っておくのはじょーしきです。


アル:別にルーツではないけど、うん、まあ別に間違ってる部分はないから、これ以上は言及しないであげるよ。で、まあ、これで争う理由は無くなり、新エネルギー『魔力』の登場で、世界は平和になりました、めでたしめでたし――とはいかなかった。


記者:はいッ! これもわかります、人魔戦争ですよね。


アル:話に割って入るな。


記者:割って入ったのは謝るので、スパナで私の頭をかち割ろうとしないでください。っていうか、何で病室にスパナが……。


アル:僕は研究者であると同時に技師だ、魂ともいえる仕事道具を肌身離さず持っていてもなんらおかしくはない、次やったら黙って割る。話の腰が折れたが、キミの言う通り、人魔戦争、魔術使いと、そうでない者『大衆メアハイト』との戦争、んじゃ、これの開戦理由は何かわかるよね?


記者:えーっとですね、ちょっと待ってくださいね……はい、思い出しました。

 魔術使いと大衆の確執が原因です。

 魔術使いはその名の通り、大衆には扱えない魔力を使った技術、『魔術』を使えます。魔術は魔力を自在に操り、遠距離のものを動かす、物体の形を変える、熱を加える、といったことを道具を使わずに行なえます。

 さらに、活性した高エネルギーの魔力を体内に蓄えておける魔術使いの肉体は大衆とは比較にならないほど強靭で、さらに卓越した身体能力を持っています。この差は、二つの種族に溝を生みました。

 魔術使いは大衆を見下し、大衆は魔術使いを遠ざけるように、溝は時間と共に次第に深くなり、いつしか二つの種族間での戦争、人魔戦争に発展していきました。


アル:カンペ見ながらだけど、よく出来ました、と言っておいてあげよう。

 捕捉しておくと、魔術使いは世界人口の僅か0.1%しかいないことも、原因の一つだ。これは、WW3まで魔術使いが表舞台に出てこなかった理由にも繋がるね。世界の多くの国は民主制を採用している、これはつまり大多数に有利なシステムだ。少数派の魔術使いは、個体としての優秀さとは無関係に立場が弱かった。

 これにより、不満が募りに募った魔術使いが開戦の火蓋を切った。当初は大衆サイドは数的有利で押し切れるといった見解だったが、魔術使いは数の暴力に屈しなかった、具体的には個人携行火器及び分隊支援火器が全く通用せず、辛うじて魔術使いの堅い肉体を貫けた多目的火器は対人に使うには隙が大きく効果的ではなかった。


記者:それじゃあ、魔術使い側の圧勝だったんですか?


アル:やはりキミは学がないな、こんなのは常識だ。

 どんなに魔術使いが強いとはいってもだ、数の差は絶望的だった、何人何十人にも囲まれればいくら超人的な能力を持つ魔術使いもどうしようもない、それに火器が全く役に立たなかったわけじゃない、それこそ対戦車兵器やら本来、人の形をしているものにおおよそ使わない兵器は『それなり』の戦果を上げた。


記者:『それなり』という部分を強調したのは、どうしてですか?


アル:『それなり』だったんだよ、魔術使いの中では対戦車ミサイルをぶつけても、戦車の徹甲弾で撃っても、戦闘機で街ごと爆撃しても、ピンピンしてる奴だっているし、そもそも、それが危険だとわかってるなら、真っ先に潰すのが定石だった。

 これらの状況から、どちらの消耗の度合いに大した差は無かった。泥仕合だ。


記者:待ってください、核兵器っていう、決定打を大衆側は持っているんじゃないんですか?


アル:ああ、だが大衆側は出し渋った。そりゃ、数で勝ってるから核兵器なんか使わなくても押し切れるって思ってたからな、それと、魔術使いは一戦力であったが、同時に世界各地に散らばって存在していた。戦争と名づけられてはいるが、これは正直な話、魔術使いに気を使った名前だな。

 本質は魔術使いによる世界同時多発テロみたいなものだ、戦闘は常に局所的で短期的なゲリラ戦、どこかの国に不特定多数いる魔術使いをピンポイントに狙って核兵器どころか爆撃機なんかのMAP兵器もまともに使えなかった。けど、大衆側は『損耗は激しいが倒せないこともない』という微かな希望があったため、降伏どころか和睦もしなかった。


記者:けど、戦争は終わった。


アル:十年の月日を経て、大衆側、魔術使い側、双方のトップの挿げ替えがあったんだ、優秀なトップにね。これまでの戦場はどちらにとっても悲惨なものだった。しかし、数字上はどちらも拮抗してたからな、現場を知らない、というか見ようともしないトップ連中に嫌気がさした連中がほぼ同時期にクーデターを起こし、戦争をいち早く終わらせたかった連中は和睦を結んだ。結果、魔術使いの待遇改善、社会制度の見直し等が行なわれ、魔術使いと大衆は仲良く平和に――


記者:ならなかったんですよね――って、痛い! 本当にスパナで殴った!


アル:ちっ、石頭め、いや中身が入ってないからスポンジ頭か、丈夫に生んでくれた両親に感謝するんだな、次はドライバーで穴を空けてやる。


記者:自分の魂を片手で弄りながら話すのやめてください。今のは忠告を無視して割って入った自分が悪かったですけど、先輩の言おうとしてたことはそういうことですよね?


アル:そうだ、どれだけルールで定めたところで、人の気持ちとはそう簡単に変わるものではない。それに、和睦を結んだということは、痛み分けということだ、魔術使い側にもペナルティーが課された、『タグシステム』魔術使いが強大な力を持つゆえに監視するためのシステムだな。

 腕輪型のタグと呼ばれるGPS内蔵型の身分証明証、これは、公共施設や交通機関などを利用する際に魔術使いが身に着けておかねばならない、一定時間外しておくとアラートが鳴り、位置情報が発信され、対魔術使いよう特殊部隊が派遣される。


記者:常に監視されているような状態から『ドッグタグ』なんてスラングが生まれましたね。


アル:んで、これが平等なはずがない派、と、これでようやく対等だ派、に魔術使いが分裂、前者は激しいテロ活動を行い、改善され始めていたニ種族間の関係に再び亀裂を生み始めた。それに危機感を覚えた後者は魔術使いを取り締まる魔術使いの集団を立ち上げた……警戒した目で見るな、言いたいことはわかる、大丈夫だスパナで殴らないしドライバーで刺したりしない。


記者:よかった……それが魔術使い自治組織『NNN』ですね。元は独立していた三つの魔術使いの組織が合併して立ち上がり、現在では、三つの機関で構成され、最強の戦力を保持し魔術使いの抑止力として、また治安維持機関として社会的地位を確立し、そして、私たちが通っていた、魔術使い育成機関『方舟』を運営している機関ですね。


アル:たいへんよくできました。NNNが設立されたことで、テロは次第に沈静化されていき、魔術使いの市民権を獲得した。完全にテロがなくなった訳ではないし、戦争の火種が消えたわけじゃないけどね。


記者:それでWW2から戦争の歴史を大枠ではありますが振り返ってきましたが、結論としてアインシュタイン博士の過ちとは。


アル:アインシュタイン博士の過ちとは、一つの発見、指摘から、ここまでの見通しが出来なかったこと。だが、これは責められるようなことではない、倒したドミノが後から後から継ぎ足しで増やされていったんだ、それがどんな結果をもたらすかなんて、分かりえない。


記者:そこで、今回の『アキレウス』ですか。


アル:ああ、僕が開発した『アキレウスの鎧』は戦争の概念を覆す。いや、戦争の意味を剥奪するといっても過言ではないだろう。起動すれば半永久的に稼動し続け、人から暴力の意味を奪う。


記者:私も初めてアキレウスの実験に立ち会ったときは、夢でも見ているようでした。まさか、本当に結界内では『傷一つ負うことがない』なんて。


アル:本当、あの域まで到達するのには苦難と試練の連続だった。けど、一人じゃなかったからね、キミも協力してくれて助かったよ。


記者:いえいえ、私なんて、露払いしか役に立てませんでした。本当に凄いのは一年の頃から先輩を支え続けたチームの皆さんです。


アル:そんなことはないさ、キミが邪魔な教師や生徒を研究所から遠ざけてくれたから時間のロスを避けられた、キミがこの仕事を買って出てくれなければ、きっと、今でもアキレウスは完成しなかっただろう。だからこそ、マスゴミなんぞに、なって欲しくはなかったんだけどね。


記者:なんか変な部分が濁って聞こえたんですけど、まあ、聞かなかったことにしておきます。

 一応、私は多くの記者代表という立場でここに来ているので、聞いておくべきことは聞いておこうと思うので、質問に移らせて貰ってもよろしいですか? あ、それから、これは先日の出版社合同会議で三つに絞られた質問を優先度順にしていくだけなので、私の本心とはなんら関係ないことをご了承ください。


アル:だから、むかついても手を上げるな、ってこと? 結構ぶっちゃけるね、君。


記者:はい。


アル:了解Einverstanden、善処しよう」


記者:では、早速、最優先の質問から『Dr.アルベルトの死後、『アキレウスの鎧』の知的財産権、及び、現物はどこに帰属するのか?』ですね。


アル:いきなり、人が死んでからのことを聞くのか、自分が面と向き合わないからって、礼儀知らずな連中だ。

 まあいい、一応遺書にでもしたためておこうと思ってた内容だけど、アキレウスの知的財産権は同じ研究チームの白雪 かがり女史に、現物はNNN、正確には『方舟』に譲渡する予定だ。これは、三十年間の連続稼動実験を執り行うためでもある。本格稼動するにあたって、国連と協議した結果、提示された条件だ。効果の程は認めてもらえたが将来的な不安があるため、長期間に及ぶ稼動実験を行うことで、信頼を持たせる。


記者:その実験地として、日本の東京湾に浮かぶ都市母艦『方舟』を選んだんですか?


アル:選んだ、というより、他に選択肢がなかった。というのも、詳細は非公開だが『アキレウスの鎧』という魔術儀礼装置は馬鹿でかい、とてもじゃないが、アレをそっくりそのまま、別地に運ぶのは難しいからな、方舟に置いておく事になった。


記者:今後、『アキレウス』を増産する場合も、現場で造る必要がありそうですね。


アル:小型化はまず不可能だしね、管理運営は信頼のおける人物を推薦するようにといわれたので、矢車菊乃方舟防衛局新局長に任せることにした。


記者:期待の超新星『鉄拳』の姐御ですね、腕っ節もさることながら、持ち前のカリスマで、弱冠二十歳で凄まじいスピードで出世コースを駆け上り、先日の防衛局長就任を受けて、早々に時期、方舟の艦長と目されている我々のヒーロー。


アル:今回の件も含め、学生時代からあの人には頭が上がらないな。それで、この実験が完了と同時に、白雪女史指導のもと、全世界配備を検討している。


記者:ちょっと待ってください。それは次の質問に関係することなので、その話はそこまでで。


アル:ん、そうかい。


記者:それでは次の質問に移らせてもらいます。えっとですね、『『アキレウスの鎧』の全世界無償配備の宣言について、その意図はなにか?』です。


アル:これまた不躾にずけずけと、次くらいに僕のスパナが火を吹きそうだ。


記者:ヘルメットでも持って来るべきでしたね……


アル:冗談だよ、それで、全世界無償配備の意図だっけ。


記者:はい、これには少し捕捉、というか、いくつもある質問をこの一つに集約したものなんでけど、まず、読んだままの意味、そして、コストの問題、バックに何処がついてるのか? といったこともまとめて答えてもらいたいらしいです。意図に関しては始めの方に話していただいた部分があるので、より根源的なことをお願いします。


アル:じゃ、順番に。まず意図、だけど、始めにことわっておくと、醜聞汚いものに寄り集る蝿みたいな連中が期待しているような答えは与えてやれない。

 僕の目的はアインシュタイン博士の過ちを正すこと、それを、馬鹿でも解り易く言い換えると、争いを無くすことが目的だ。

 そのためには、どこかの国、地域、戦力だけがアキレウスを牛耳っていては意味がない。僕がもたらしたいのは『怪我を負わない安全地帯』ではなく『怪我を負うことの方が珍しい常識』だ。

 だから、アキレウスには価値を付けないし、特別なものであってはいけないと考えている。「これがお前にとってなんのメリットがあるのか?」という意味での質問なんだろうけど、これから死に行く人間にそんなことを聞いてなんになる? どっから大量に金が沸いて出ても、多くの名声を得ても、死ねば意味なんてない。あえて、この行為に意味を付けるなら、これは僕の道楽、冥土の土産だよ。


記者:先輩は私と出会ったときから、死期を悟ってましたよね。「死ぬ前に死んでも完成させる」って口癖みたいに。


アル:よく、天才の考えることは理解できない、とか言う利口ぶった馬鹿がいるが、こんな身体なんだ、嫌でも、先が短いことはわかる、だったらせめて何かを遺したいと思うのは、そんなに理解の出来ないことかい?


記者:さあ? 私はただの馬鹿なんで、先輩のいうことは言葉の通りしか受け取れないんで、そういう考える馬鹿のことはわかりません。


アル:言えてるね、それで、コストがどうこうだったね、それも、問題はない。


記者:死んだら、誰かが立て替えてくれるから、ですか?


アル:それも期待してるが、そうじゃない、もう既に工面し終えている。現物資金でだけどね。これも信頼できる人の名義で保管している、然るべき時期がくれば、そこから資金繰りできるようにね。そもそも、学生が作り上げたんだ、大金なんて必要ないことは少し考えれば分かることだろ。


記者:というか、先輩は開発費一銭も出してないですよね、全部、返済免除された奨学金で賄ってましたね。


アル:そういうこと、そもそも、金でなんでも解決しようとするのが馬鹿のそれだよ、足りない部分は発想で補ってこそ、天才の名にふさわしいものだろ?


記者:とか、なんとかいってますけど、学生時代のドけちっぷりは酷いモンでしたね、朝昼晩と差し入れだけで乗り切ろうとしたり、イカサマして三角先輩に奢らせまくったり――ごめんなさい、スパナはギリセーフですけど、ドライバー割と洒落になってないです!


アル:もう過ぎたことだから気にしてないけど、国士無双十三面待ちのやり方教えてやったから黙ってろって言ったよね? 全く、そんなに、締まりの悪い口でよく記者になんてなろうと思ったもんだ。それで、バックに何が付いてるか? んなもんいない、さっきいったこととほとんど同じだから、回答は省略する。


記者:温情感謝します……それで最後の質問ですが……ふぅ、よかった一番まともだ『これまでの人生を振り返って、『アキレウスの鎧』を完成させることのできた、最大の要因は?』


アル:本当に急にしおらしくなったな、今更遅いがね。

 そうだな、さっきも言ったが、決して多くはないが協力してくれた人々がいたことが大きいだろうな、技術の面においてもだが、やはり精神的に支えられた部分が大きい。

 何度も失敗を重ねて、何度も諦めそうになったが、彼ら彼女らの存在があったからこそ、諦めずここまでこれた。古い漫画にこんな言葉があったね『あきらめたら、そこで試合終了だよ』まさしくこの言葉の通りだ。

 自ら可能性を閉ざしてしまえば、ほんの僅かな可能性も掴めない、それこそ終わりだ、結果が出るまで諦めないこと、それを忘れずにいられたのは、キミを含め、傍にいてくれた人々のおかげだ。


記者:なんか、面と向かってそういうこと言われると照れますね、先輩は傲岸不遜で愛想が無くてチビで、辛いもが苦手で、ことあるごとにスパナを構えたりするけど、先輩と一緒に過ごした学校生活はとても充実したものでした、先輩が卒業してからの一年がとても物足りなく感じるほどに。


アル:ここぞとばかりに吐き出すなキミは……けどまあいいよ、許したげる。僕もキミたちといれて楽しかった、研究だけだと鬱屈しそうな毎日を変えてくれた、ありがとう。


記者:それでは、最後にこれからの世界に残しておきたい言葉はありますか?


アル:語るべきことは語った、これから死に行く人間に言葉は必要ない、ただ、一つ心残りはあるかな。


記者:心残り、ですか?


アル:僕が望んだ世界をこの目で見ることが出来ないということが。


記者:てっきり、奥さんのことかと思いました。


アル:篝は大丈夫でしょ、肝が据わっている。だって、一度振られた相手に「どうせ死ぬんだったら、籍だけでも入れて」なんて、言うような奴だ心配なんかいらないよ。


記者:ですね、本日は取材に協力いただきありがとうございました。もしかしたら、これが先輩と最期の会話になるかもと思うと、物悲しくなります。先輩の嫌いなメディアの人間としての会話なんて。


アル:はは、気にすることはないさ、これが終わったら、また話をしよう、今度はただの友人として。


記者:はい!


                   ●


 私が記者になって二十年、つまり、先輩、アルベルト=ウィンジッド博士が、亡くなってから二十年の時が経ったことになる。

 今回は私のわがままも相まって、彼の偉業を讃えるべく、増刊号を組ませてもらった。


 アキレウスの稼動実験も残すところ十年を切り、世界は期待と不安を混ぜ込んだ緊張感に包まれている。この二十年の間に色々なことが起きた。過激派テロ組織『黄金の環』の暴動、そして、崩壊の『ムーンブレイク』、『アキレウス』存続の危機に陥った時期もあった。

 おそらくこれからの十年も、あらゆる困難が待ち受けているだろう。

 けど、私は確信している、彼が遺したものは決してアキレウスだけではない、彼の遺志を継ぐものが一人でもいる限り、彼の本懐は必ず遂げられると。


             《編集長 春原 芽衣》

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