【第42話:新しい地に向けて2】

 オレはリシルの浮かべる苦笑いに軽く肩を竦めてこたえると、先を歩いているギレイドさんに続いていく。

 最初にメイドの二人と挨拶を交わし、次にこちらを睨んでいた二人の騎士の元に向かった。


「こちらの二人はダルド様が指名された冒険者のお二人で、テッド様とリシル様です」


「私がC級冒険者のテッドで、こちらがB級冒険者のリシルです。これから4日間よろしくお願いします」


 ギレイドさんに紹介されたので、一応丁寧に挨拶をしたのだが、返ってきたのは見下すような視線だけだった。


 まぁ騎士団の中には冒険者を見下す者も多いので、仕方ないかと軽く流そうとしたのだが、


「失礼ですぞ。ダルド様から、オリビア様と同じように客人として扱えと仰せつかっております。そのような態度は改めて頂きたいのですが?」


 ギレイドさんが、そう言って厳しい言葉を伝える。

 しかし、騎士の男は気にした風もなく、


「ふん! 我らはダンテ様からの命でしか動かぬ。護衛はしっかりとこなすが、他の事で指図されるいわれはない!」


 と言い残し、ラプトルに乗って門の方に向かっていってしまった。


 ダンテ様と言うのは現在のセギオン領の領主様なので、地方騎士がその者の命に従うと言うのはわかる事はわかる。

 だが、普通その領主の息子であり、次期当主でもあるダルド様の機嫌を損ねるような事はしない。

 あまり関わりたくない所だが、きっと何か軋轢あつれきでもあるのだろう。


「テッド様、リシル様、誠に申し訳ございません。ダルド様と騎士団はあまり良好な関係とは言えない状況でして……」


 あまり立ち入った話は聞けなかったが、ダルド様が騎士団に根付いていた横領や賄賂などの問題を取り締まったため、一部の今まで甘い蜜を吸っていた騎士たちから恨まれているようだ。


「まぁオレたちは何とも思っていませんので、お気になさらないでください」


「ありがとうございます。それでは次はあちらの冒険者の方々に……」


 続いてさっき舌打ちしていた冒険者に紹介してくれようとしたのだが、それは止めておいた。


「ギレイドさん。もう出発間際でお忙しいでしょう? 冒険者の方は同じ冒険者としてこちらで挨拶しておきますので、どうぞ仕事に戻られてください」


 少し渋っていたギレイドさんだったが、ちょうどメイドの一人から声がかかった事もあり、それではお言葉に甘えさせていただきますと、メイドの元に歩いていった。


「ねぇ? どうしてギレイドさんを遠ざけたの? ギレイドさんがいた方が揉めなくて済むのに?」


 不思議そうに何故かと尋ねてくるリシルに、オレは本日の授業を始める。

 と言うのは冗談だが、大袈裟なものではないが、たまにこうして冒険者の先輩として色々指導しているのだ。

 これでも一応、勇者になる前に冒険者として長く活動していたからな。


「リシルの言ったようにギレイドさんに間に入って貰えば、今は揉め事さける事が出来ただろう。でも、それって今揉めないだけで、不満を抱え込んだままこの先4日間も過ごす事になるだろ?」


「ぁぁ……確かにそれは嫌ね」


 少し舌をべぇと出して、嫌そうな顔をつくるリシル。


「そんな状態だと護衛にだって支障が出かねないし、何か緊急の時にそれが致命的な失敗に繋がりかねない」


 だからこうするのさと言って、オレは冒険者たちの元に歩いていく。

 すると、さっそく噛みついてきた。


「ちっ。女連れでデートかよ。やってらんねぇぜ」


「そうだ。聞いたけどお前、オレ達と同じC級冒険者だって言う話じゃねぇか」


「珍しい騎獣乗ってるからって優遇されて指名貰ってるようだが、自分の実力と勘違いしてるんじゃねぇぞ?」


 うん。愚痴るにしても中々息が合っているね。


 でも、強い騎獣や従魔は、主人の力と考えるのが一般的なんで、自分の実力と思っても良いはずなんだけどな。

 まぁそれは今はどうでも良いとして……。


「まぁそう邪険にするなよ。同じ冒険者じゃないか」


「お前みたいな騎獣の威を借りてる奴と一緒にするな!」


「あぁ~じゃぁさ、君らで軽くオレの実力見てみてくれないか? もちろんナイトメアには手出しさせないし、お近づきの印に……いざと言う時の為のこれをあげるからさ」


 そう言って、魔法鞄から手持ちでは比較的低級の、しかし、普通の冒険者では中々手が出ない少しお高い回復薬ポーションを取り出す。


「え? そ、そんな事で騙されねぇぞ!」


 引っ込みがつかなくて強がっているが、冒険者にとって命綱でもあるポーションだ。

 顔に凄く欲しいと書いてある。


「お、おい! そ、それめっちゃ高い奴だぞ!?」


「マジか!? あ……た、確かにこの依頼の報酬が半分ぐらい飛ぶ高いのだ……」


 そして「ちょ、ちょっと待ってくれ!」とこちらに背を向けて、小声で相談を始める。

 しかし、待っているのも面倒なので、オレもその輪に加わるぐらい近づいて声をかける。


「まぁ、とりあえず渡しておくよ。ただし……一つ条件がある」


「な、なんだよ条件って?」


「大した条件じゃないさ。この依頼でもし危ない場面があったら……勿体ぶらずに迷わず使うっていうのが条件だ。使ってこその回復薬ポーションだからな」


 そう言って取り出した3本を男たちに強引に渡していく。

 呆気に取られている3人に背を向けると、ちょっとわざとらしくポンと手を叩き、


「忘れてた! そう言えば、オレの実力見せるって話だったよな」


 もう一度振り返って、鞘ごと引き抜いたレダタンアをはすに構える。

 そして、発動限界ギリギリまで出来る限り手を抜いて……、


「サークルスラッシュ!」


 剣技を誰もいない打ち空間に放つ。


「うわぁぁ!? け、剣技じゃねぇか!?」


「すげぇ……すげぇなお前!」


 前衛では剣技を扱えるのが一流の証と言われており、誰もがいつかはと憧れているものなのだ。

 だいたい前衛やってる奴らなら、こうやって剣技を見せると、一目置いてくれるようになる。

 昔から実力を見せる必要がある時などによく使っていた手だ。


「ちなみに後ろの連れは、オレより強いし、B級冒険者だから喧嘩売らないようにな」


 リシルが嫌そうな顔を浮かべて「えぇぇぇ……」とげんなりしているが、リシルも一つ剣技が使えるので同じ手が使えるだろう。


 まぁ今回の解決方法はちょっとふざけ半分な所はあったけど、騎士たちの視線と違って、あきらかにもっと小さな嫉妬などからきた不満だったので、強引に解決しておいた。


 それに……何だか嫌な予感がしたので念のために回復薬を渡しておきたかったのも大きな理由だ。

 とりあえずこれで、冒険者の方はギスギスするような事はないだろう。


 ~


 それから約半刻。

 予定の時間から少し過ぎたところで、オリビアさんを連れたダルド様が他の馬車から現れた。


「待たせたな。私が依頼主の『ダルド・フォン・セギオン』だ。それでは皆、セギオンの街まで護衛のほうよろしく頼むぞ」


 不機嫌そうに短く言葉をかけると、そのまま貴族用の大きな馬車に乗り込んでしまう。


「何かあったのかな?」


「さぁな? まぁどちらにしろ聞くわけにもいかないしな。それよりも……」


 少し気になる点はあるが、やはり新たな街、見知らぬ土地に向かうのは年甲斐もなくわくわくする。

 古き相棒の背に飛び乗ると、リシルに手を差し伸べてこう言うのだ。


「さぁ、新しい地に向けて出発だ!」

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