【第32話:野営】
「テッド~! この辺りで良いのよね?」
リシルが大きな声で結界石の置き場所を尋ねてくる。
馬車を伴って野営をする場合、その周りを囲むように複数の結界石を配置する。
結界石を完全に信用するのは危険だが、それでも低級の魔物なら寄せ付けない効果を持つので、使用しない手はない。
「あぁ。その辺りでかまわない。でも、野営する場所で大きな声を出すな……」
オレの注意に舌を軽くだして「てへっ」と言った表情を浮かべている姿は可愛いのだが、これに騙されてはダメだ。
「誤魔化してないで、ちゃんと反省しとけよ?」
オレはそう声をかけて周りを再度確認する。
ここは、当初予定していた野営地よりもかなり先に進んだ場所だった。
「しかし、キラーアントの巣があるとか、どれだけついてないんだよ……」
元々予定していた野営地まであとわずかとなった時に、10匹を超えるキラーアントの群れに襲われたのだ。
もちろん、A級やB級の冒険者で構成されたパーティーだけあって、その対応は迅速だった。
襲ってきたキラーアントの群れを、10分とかからずあっと言う間に片付ける。
と、そこまでは良かったのだが、その近くにキラーアントの巣を見つけてしまったのだ。
リシルにアーキビストで確認してもらった時は周りに魔物はいなかったらしいのだが、地中の巣にいたキラーアントまでは発見できなかったようで、自信満々に報告した手前、ちょっとバツが悪そうな顔をしていた。
まぁこれも良い経験だろう。
結局、巣の近くで野営をするのは危険なため、元々第二候補地としていた少し進んだ先にある広場まで移動する事になる。
お陰で既に日は完全に沈んでおり、今慌てて野営の準備をしているところと言うわけだ。
「しかし、テッドさんよ~。結界石置きすぎじゃねぇのか? オレは普段2個しか持ってないぞ?」
「僕も3個だな。どうしてテッドは12個も持ち歩いているんだ?」
デリーとゲイルが、さっきオレが12個の結界石を出したことを疑問に思っていたようで、何故かと尋ねてくる。
「あぁ~お前らリシルとまったく同じ質問するのな……」
実はリシルと二人で初めて野営した時も同じような事を聞かれたのだ。
「ちょっとぉ~! 私と二人を一緒にしないでよね!」
オレの声が聞こえたのか、馬車を挟んで反対側の結界石を置き終わったリシルが、こちらに向かって歩きながら抗議の声をあげる。
「だから、リシルは大きな声を出すなって……」
リシルは「あっ……」などと言いながら恥ずかしそうに視線を逸らすが、しっかりしているようでこういうおっちょこちょいな所は中々直らないようだ。
こんな所まで似なくて良いのに困ったものだ……。
「じゃぁ、リシル先生説明よろしく」
とりあえず前にリシルに教えた事なので、復習もかねてリシルにふってみると、ちょっと得意げに説明を始める。
「それはねぇ。結界石三つを三角形になるように配置すると、その効果が跳ね上がるのよ」
跳ね上がるは大袈裟だが、効果がかなり上がるのは確かだ。
この国ではまだ広まっていないようだが、20年ほど前にドワーフが発見したらしく、ドワーフの間では結構有名な話らしい。
オレがその事を補足してやると、
「へ~知らなかったよ。しかし、テッドはドワーフに知り合いでもいるのかい? 僕は貴族の出だからそれなりに顔は広かったが……」
この国ではドワーフは珍しいからなと言ってゲイルが尋ねてくる。
「あぁ……昔の知り合いでちょっとな……」
オレの顔に一瞬影でも差したのだろう。
リシルが少し心配そうにこちらを見つめてくる。
こういう細かい機微を読み取ってくるのは魔眼のせいなのか、それともリシル本人の性格なのかはわからないが、オレも甘いなと少し反省する。
「しかし、テッドさんは俺と歳はそんなに離れてなさそうなのに、偉くいろんな経験つんでるよな。いったいいくつなんだ?」
答えにくい質問をしてくるな……。
男性に歳を聞いてくるのは……別に失礼じゃないか……。
「に、27歳だが?」
オレがそうこたえると、後ろでリシルが
「ふふふっ。永遠の27歳よね~?」
と笑いを堪えて突っ込んでくる。
「なんだ? その永遠の27歳ってぇのは?」
それまでグレイプニルの世話をしていたテグスが、こちらに歩いてきながらそう尋ねてくる。
「リシルは余計な事言わなくていいんだよ!」
オレは小声で怒鳴るという器用な技を披露して、
「そ、それより、明日は早いんだ。さっさと飯にするぞ!」
そう言って焚火に薪をくべて、スープの味見をするのだった。
~
その後、見張りをテグスを除く4人で交代で行ったが、特に魔物が現れることもなく、無事に気持ちの良い朝を迎える。
「綺麗な朝焼けね」
「そうだな。ここまで綺麗な朝焼けは初めて見た気がするよ」
見渡す限りに広がる木々の緑を、すべて朱に染めつくしてしまうような見事な朝焼けだった。
「これは俺が偉業を成す前祝いだな!」
テグスが朝からちょっと興奮気味に、ガハハと笑いながら気合いをいれていた。
オレは、昔聞いた同じ台詞に少し苦笑しながらテグスに視線を向ける。
あの時に戻ったような錯覚と同時に、より深く刻まれた皺が、随分時が経ってしまったと思いを刻む。
「そうだな。必ず成功させよう……必ず」
テグスにそう言葉を返すと、心の中で決意を新たにするのだった。
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