【第31話:絶対記憶】
テグスが用意してくれた馬車に揺られて街道を進んでいた。
街から比較的近い位置を街道で進んでいるだけあって、特に魔物や盗賊が出るわけでもなく、その行程は順調そのものだった。
馬車の乗り心地を除いて……。
「て、テッド……私、現地に着くころにはもう動けないかも……」
「さ、さすがに僕もちょっと気分が悪くなってきたよ」
リシルが弱音を吐き、ゲイルもそれに続く。
デリーは既にぐったりしており、もう愚痴をこぼす余裕もないようだ。
「お前ら大丈夫か……? この馬車、魔獣運搬用だし確かに乗り心地は最悪だけど……それにしても酷い状況だな」
オレは酔いに強いので全然平気なのだが、テグスが普通の馬車を持っているわけがない事に気付くべきだった。
しかし、皆がここまで酔いやすい体質だとは予想外だ。
馬車を牽く魔獣は当然の如くグレイプニルで、二頭の歩みは力強くて申し分ない良い魔馬なのだが、いかんせん馬車本体が本来魔獣を積むためのものだったため、数十年前に開発された揺れ軽減用の仕組みが付けられていなかった。
王都周辺に延びる街道ならともかく、この辺りの街道はそこまで綺麗に整備されていないのも追い打ちとなり、その揺れと振動がA級とB級冒険者たちを馬車酔いに追い込んでいたのだった。
「なんだぁ? なっさけねぇなぁ。一番ランクの低いテッドが一番頑丈じゃねぇか」
「そ、そんな事言ったって!? こ、こんな揺れ……ぅうっぷ……」
上級冒険者と呼ばれる奴らが揃いも揃ってはっきり言ってちょっと情けないのだが、このままだと何か想定外の事が起こった時に危ういので、助け船を出す事にする。
「ったく……仕方ないなぁ。こんな理由で魔法を使わせるなよ……」
そう言ってオレは詠唱を開始する。
≪黒を司る
≪
詠唱にあわせてリシルの足元に黒い魔法陣が現れると、闇が現れてリシルを薄っすらと包み込む。
「きゃっ!? ちょ、ちょっとテッド!? ……って、あれ? 揺れが収まった?」
この魔法は一定量の衝撃を中和する闇のベールを纏う魔法だ。
本来は打撃系の武器から身を守る為や、模擬戦時などに纏う事で怪我をしにくくしたりなどの使い方なのだろうが、実は振動も吸収してくれるので酔いを軽減してくれる効果も持つ。
しかし、そんなオレの気遣いも……、
「テッド……な~んで、私がかなり前から酔いで苦しんでいるのに、この魔法を出し惜しみしてたのかなぁ~?」
と、なんだか藪蛇になった気がする……。
ただ、オレが中々使わなかった理由は、この魔法が黒属性魔法だという事だ。
どの道、もう話す予定ではあったのだが、言いそびれていたのだ。
「な!? 黒属性だと!?」
「君たちは、いったい何度僕を驚かせたら気が済むんだ……」
思った通り、テグスとゲイルが驚いていた。
「げおぉ……そんな事より、俺にもそれ使ってくれよ……」
こっちも思った通りの反応だったが……。
~
それから徐々に酔いを回復した面々とテグスが、人用の馬車を用意しろよと若干の言い争いはあったが、オレがまだ言い争うなら『
「ずるいわよ……ちょっと自分が酔いに強いからって……」
若干、矛先がオレに変わってしまった気がするが、目の前でうるさく言い争われるよりはマシなので、甘んじて受ける事にしよう。
「それよりもう少しで野営の予定地に着くから、魔眼で周りに危険がないか先に確認しておいてくれ」
そしていつものように、
「魔眼は便利な魔道具じゃないんだからね……」
と少し呆れながらも、素直に魔眼アーキビストで周辺を確認してくれる。
リシルには内心で礼を言っておこう。口に出すと調子に乗るからな。
リシルは、オッドアイの瞳を薄っすらと輝かせ、遠くを見つめるような視点で足元を眺める。
他の魔眼も同じらしいが、魔眼と言うのは片目にだけ宿るものらしく、リシルも左目にだけその力が宿っているらしい。
その事から、普通は宿っていない方の目を閉じて魔眼を使用するのが一般的らしいのだが、リシルは子供の頃から両目を開けたまま使用しているそうだ。
これは両親、特にヒューの教えで、いざと言う時に戦闘中や詠唱中でも魔眼の発動を可能とする為に行っているらしい。
ちなみに、もしオレが聖魔剣レダタンアを抜くときは、あらかじめこの特技ともいえる方法を利用して、魔眼を発動させておく手はずになっている。
これは『魔眼アーキビスト』の特性を利用すれば、全くオレの事を忘れないでいられるのではないか? という試みだ。
と言うのも、アーキビストの特性の一つに、直接魔眼で見た映像は細部まで完璧に記憶すると言うものがあるからだ。
それこそ、映像として直接魔眼で見たものは、服の皺ひとつ、髪の毛一本の向きまで全て記憶する。
忘れたくても絶対に忘れない『絶対記憶』という能力だそうだ。
だから最悪レダタンアを引き抜くときは、絶対に先にリシルに伝える事になっていた。
そんな事を考えていると、魔眼による確認が終わったようで、リシルが話し始める。
「うん。大丈夫みたい。野営予定地付近には強い魔物はいないから、とりあえず暫くは安全そうよ」
「そうか。それなら予定通り野営して、明日は日の出と共に出発だ!」
しかしその予定は、あるトラブルによって変更を余儀なくされたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます