【第17話:鵺の塔】
「ワイバーン!? どうしてこんなところに!?」
驚くリシルの言葉に一瞬また『世界の揺らぎ』が何かしたのかと疑ってしまったが、ワイバーンは魔物ではなく魔獣だ。
先日のトーマスで起きた事件とはまた別物だろう。
「とりあえず理由は後回しだ! ワイバーンを捕まえるのは無理だが倒すぐらいなら何とかなるだろう」
オレもリシルも
本心を言えば捕まえて騎獣に出来たら最高なのだが、
「そうね! 逃げ回るのを倒すのは難しいけど、向かってきてくれるなら問題ないわ!」
リシルは、そう言うと同時に走りながらも澱みなく詠唱を開始する。
≪緑を司る解放の力よ、我が魔力を糧に空を切り裂き罪を裁け≫
≪
緑の魔法陣から放たれたのは
雷鳴と共に閃光が走り、馬車と並走する冒険者と思われる護衛の魔法使いを抜けてワイバーンに直撃する。
リシルはさすがといった腕前でワイバーンを撃ち落とすと、
「私が前に出るわ! 商人たちをお願い!」
もう一段階速度を上げる。
「え……わ、わかった!」
一瞬オレが前に出ると言おうと思ったのだが、情けない事に剣を抜かない状態での純粋な戦闘力ならリシルの方が高いと思いなおして任せることにする。
そう返事をかえすと、もう目前まで迫った馬車を守る為に走る速度を緩めたので、リシルが抜き出る形となった。
「あなた達、大丈夫!? ここは引き受けるから後ろの私の仲間と合流して!」
リシルはレイピアと呼ばれる細剣を抜剣すると、商人たちとすれ違いざまに声を掛け、撃ち落としたワイバーンに迷いなく戦いを挑む。
「あ、ありがとうございます!!」
冒険者と思われる女性が慌てて礼を言って、立ち止まったオレの方に馬車を誘導して近づけてきた。
「オレの後ろに!」
「す、すまない! でも、あ、あんた達どうするつもりだ!?」
とりあえずオレの指示通りに馬車を移動させてきた商人風の男だったが、不安そうにどうするつもりなのかと尋ねてくる。
「
リシルがBランクだと言うその言葉に驚きながらも、信じてくれたようで指示した位置についてくれた。
馬車と女性冒険者の乗る馬が魔法の範囲内に入った事を確認したオレはすぐさま詠唱を始める。
≪黒を司る穢れの力よ、我が魔力を贄に干渉を拒絶する絶対の意志となれ≫
≪不干渉の
オレの紡いだ言葉に従って、数メートルの大きな魔法陣が足元に現れる。
その魔法陣から現れたのは、薄暗い
「黒属性!?」
冒険者の女性が足元に出現した黒色の魔法陣を目にして驚きの声をあげる。
この世界での一般的な魔法は属性魔法と呼ばれている。
魔法の扱いそのものに属性による大きな差異はないと言われているのだが、魔法を発動する時に出現する魔法陣の色が違うことから色で区別されており、世界的な魔法結社『
そして人には個々に色への適性があり、赤属性に適性があれば火や熱を操る魔法が、緑属性に適性があれば風や雷を操る魔法などが扱える
そう。適性があっても即扱えるわけではなく、魔法を扱うのには各色の属性適正以外にも個々の魔法ごとの適性を持っている必要がある。さらに、色や個々の魔法適正をクリアしても、一つの魔法を使えるようになるためには修練が必要なため、一人で扱える魔法はせいぜい数種類程度と言うのが一般的だ。
そのような属性魔法であるが、その属性の中でも光と黒は特殊な色と言われおり、さらに一つの魔法を習得するためには普通の属性魔法より非常に厳しい修練が求められる。
そういう事情から、初めて目にしたであろう黒い魔法陣に冒険者の女性は驚いたのだろう。
「その煙霧の中で大人しくしていてくれ! 遠隔攻撃はある程度散らしてくれるはずだ! あと、出来れば黒属性の魔法を扱ったことは内密に頼む!」
この発動させた『不干渉の煙霧』と言う魔法は一種の結界魔法で、あらゆる遠隔攻撃を逸らす効果を持つ。
ワイバーンはブレスは扱えないのだが、尻尾に猛毒を持っていて、その毒の針を時折飛ばしてくるので念のために張っておいたのだ。
「わ、わかりました! アキドさんにも絶対に内密にするように、しっかりお願いしておきます!」
アキドと言うのは御者をやっている商人風の男のことだろう。
この女性冒険者は中々気が利くし頭の回転も良さそうだ。
光や黒属性は扱える者が非常に少ないため、魔法結社『
この『鵺の塔』は魔法の研究成果を世や国の為に役立ててくれており、そのことに関しては皆非常に感謝しているし良い組織なのだが……変わった奴が多くてオレは凄く苦手だ……。
勇者の時にこの変人どもに追い回されて散々な目にあっている。
世界に忘れられて唯一嬉しかったのは、こいつらにもう追い回されなくて済む事ぐらいじゃないだろうか……。
魔法結社に変わった人たちが非常に多いというそのあたりの事情を知っているので、この女性はすぐにオレの頼みを理解してくれたのだろう。
「ありがたい! 絶対に内密に頼む!!」
しかし、オレはこの時気付けなかった。
商人の目がオレの首からさげている冒険者タグに釘付けになっているという事に……。
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