祝福師は幸せを呼ぶ

奏 舞音

祝福師は幸せを呼ぶ

 ――“おめでとう”

 この言葉は、幸せを呼ぶ魔法の言葉。



「お二人の未来に神のご加護と精霊の祝福がありますように……」

 アイラは祈るように、歌うように寿ぐ。そうして、精霊たちが集まってきたのを確認して、魔法の言葉を口にする。


《おめでとう》


 次の瞬間、周囲は光に包まれて、きらきらと輝く花びらが舞う。色とりどりの花びらは、触れると光の粒となって消える。

 魔法のフラワーシャワーの中心にいるのは、これからの人生を二人で歩むことを決めた、新郎新婦。

 笑顔のかわいい新婦と、花嫁姿にみとれて頬を緩める新郎。

幸せそうな二人を見て、アイラはほっと安堵の笑みを浮かべる。

 無事に、二人には祝福の魔法がかけられた。



 アイラは、新米の祝福師だ。

 祝福師とは、恵みや愛、花の精霊たちの力を借りて、人々に祝福の魔法を行使する者のこと。その力が強ければ強いほど、祝福を受けた者への加護は強くなる。

 祝福師は、教会に拠点を置いて仕事をする。教会は、人が生まれ、結ばれ、天に還る場所だからだ。

人生の様々な場面で、“祝福”は必要となる。


「おつかれさま、アイラちゃん。今日はうまくいったの?」

 修道女のクレハが優しい笑みで出迎え、ホットミルクを出してくれた。教会の生活スペースに戻り、ようやくアイラは肩の力を抜く。

「はい、なんとか“祝福”できました。でも、なかなか精霊たちが集まってくれなくてちょっと焦りました」

 祝福の魔法を行使するためには、精霊の力が必要だ。そして、精霊を呼ぶために、祝福師は祝詞を紡ぐ。

 アイラはまだ新米で、うまく祝詞に魔力を込められない。だから、精霊が集まるまで、祝詞を紡ぎ続けなければならない。

「それでも、ちゃんと祝福できたんでしょう?」

「それはそうなんですけど。やっぱり、師匠みたいにうまくいかなくて……」

「当たり前よ。フロイ様はブレイス王国一の祝福師だもの!」

 アイラの師匠、フロイ・バルデノン。祝福師としての腕を国王から認められ、伯爵位を賜った。三十歳という若さで王家専属の祝福師となった男である。

 そして、アイラはそんな師匠の背中をずっと追いかけている。

「でも羨ましいなぁ。アイラちゃんはあのフロイ様が師匠なんでしょう? 一度でもいいから、あんな素敵な男性と過ごしてみたいわぁ」

 うっとりと、クレハが頬を染める。

 フロイは、祝福師としての実力はもちろんのこと、容姿も人となりも優れていた。

 さらさらの金色の髪、穏やかな空色の瞳、一年中春のようなあたたかさで人を癒す優しい笑顔。そんな彼の周りには、自然と人も精霊も集まってくる。

 アイラは、師匠が怒ったところなど見たことがない。弟子として鍛えて欲しいといっても、褒めるばかりで怒られたことはなかった。

「師匠が聞いたらきっと喜びます」

 クレハの言葉に、アイラは笑みを返す。



 ――ねぇアイラ。僕はどこにいても、アイラの幸せを願っているからね。

 

 師匠と交わした最後の言葉。

 王家専属となるにあたり、フロイとアイラの旅は終わった。

 そうして、アイラはフロイの紹介でこのミハイエ教会の所属となった。


(師匠に、もう一度会いたい……会って、今度こそ)


 フロイとの出会いは、アイラが十歳の時――両親の葬儀だった。


《おめでとう》


 初めて、祝福師の魔法を見た。ふわりふわりと幻の蝶が舞い、白く美しい光の柱が死者の棺へ差す。

 この地上での生を終え、天へ昇る魂に祝福を。

 神の許へ無事にたどり着けますように。いつまでも、その魂が幸福でありますように。


 祈りを込めて紡がれる祝詞に、幼いアイラは意味も分からず涙が止まらなくなった。


 突然の死だった。奪われた命だった。

 ブレイス王国とモルダン帝国の国境。そこがアイラの生まれ育った町リエート。

 宣戦布告なく、モルダン帝国はリエートの町に攻め入り、戦争の火種を作った。

 父は騎士で、母は看護師だった。二人はアイラを家の地下に隠し、戦場となった町へ出ていった。

 町は焼き払われ、一方的に傷つけられた人々。奪われた命たち。それはもう地獄だった。

 ブレイス王国の精鋭たちが加勢にかけつけた時には、すでにモルダン帝国の兵士の姿はなかった。


 戦死者の葬儀に、祝福師としてフロイがいた。


 ――君は、とても精霊に愛されているみたいだね。僕と一緒に来る?


 葬儀後、一人で途方に暮れていたアイラにフロイは声をかけてきた。

 頼る者がなかったアイラは、フロイの言葉に頷いた。

 きらきらとした優しい魔法を使う人だから大丈夫だ、たったそれだけの理由で。

 その日から、アイラはフロイの仕事について回った。

 一緒に旅をしながら、アイラも精霊へ呼びかける魔力を持っていることが分かり、祝福師としての魔法を教わった。

 人の幸せを願う気持ち、優しく穏やかな心でいることが精霊たちの警戒心を解き、加護を得る秘訣だと、フロイは微笑む。

 フロイに拠点となる教会はなく、気の向くままに旅をして、依頼を受けては“祝福”していく。

 時には、無報酬で“祝福”する場合もあった。リエートの戦死者の葬儀も無報酬だったと知り、驚いたものだ。

 フロイはとても人が良かった。一緒に旅をしていると、詐欺にあうのは日常茶飯事だった。しかしそんなトラブルさえも笑って、それで彼らが幸せになれるなら、と悪人の幸せまで祈っていた。

 フロイによる祝福の加護は強力で、その評判は国王の耳に入るほど。

 そうして、アイラが十四歳になった時、フロイは王家専属となった。たくさんの人の幸せに寄り添い、祝福を捧げたいと願っていたフロイが王家専属となることに違和感は覚えた。

 しかし、フロイが決めたことだ。

 アイラが口を挟める問題ではなかった。

 寂しいとも、一緒に連れて行ってとも言えず、アイラは無理矢理に笑ってフロイに魔法の言葉を言った。


《おめでとう》


 しかし、心が伴わない祝福に、精霊たちは集まらず、アイラは尊敬する師匠であり、人生の道しるべとなってくれた大切な人の門出を祝うことができなかった。


 だから、立派な祝福師になって、この王国一の祝福師を祝う。それが、今のアイラの夢だ。

 そのために、精霊と日々心を通わせる特訓をしているし、心を穏やかに保てるようにリラックス効果のあるラベンダーのポプリを持ち歩いている。

 フロイの弟子ということで、教会に祝福の依頼に来る人たちは若いアイラ相手にもちゃんと仕事を任せてくれる。

 今も、アイラはフロイの存在に支えられている。

 祝福師は、人の幸せを祝う仕事。それは、やりがいも幸福感も得られる素敵な仕事だ。

 もし六年前フロイに出会っていなければ、アイラの人生は暗いものになっていただろう。とても人の幸せを祝う気持ちにはなれなかったはずだ。



「アイラ、君に依頼人だよ」

 神父が、アイラを呼びに来た。

 アイラは祝福師の装束である白いローブを着て、チャペルへと向かう。



「やぁ、アイラ。久しぶりだね」

 チャペルにいたのは、ずっと心を占める師匠フロイだった。

「え、師匠……どうしてここに? お仕事は?」

「もう辞めてきたよ。もともと、期限付きで了承した仕事だしねぇ」

「辞めた!? 王家専属の祝福師を!?」

「うん。だって、もう戦争の危機は去ったからね」

 ほのぼのと、昔と変わらない穏やかな笑みを浮かべて、フロイは言った。何やら物騒な単語が聞こえてきたようだが。

「モルダン帝国との和平交渉が長引いてしまって。まさか六年もかかると思っていなかったよ」

「もしかして、師匠が王家専属になったのって……戦争を終わらせるため?」

 アイラの町がモルダン帝国に攻め入られ、次はブレイス王国が攻め入った。国境沿いの町は戦場となり、今は誰も寄り付かない。時々休戦を挟んでは、モルダン帝国とは度々戦火を交えていた。

「そうだよ。戦争によって理不尽に命を奪われ。傷つけられるような世界では、いくら祝福の加護を願っても、人々の幸福は続かないからね。僕はもう、アイラのように誰かを失って悲しむ人を見たくなかったから」

「……もう、大丈夫なの?」

「あぁ。精霊たちも僕に協力してくれたし、国王も本心では戦争を望んではいなかったからね。少し時間はかかったけど、モルダン帝国との和平は成立したよ」

 目の前でそう語るフロイは、本当に昔と変わらず、のほほんと微笑んでいる。この国の未来に関わる重大な判断を左右したとは思えないほどに。

(師匠らしいなぁ……)

 人々の幸せを願う、優しい人。

 精霊に愛される、純粋な心。

 誰かの幸せのために生きているのでは、と心配になるが、それが師匠に生き方なのだ。

 だから、アイラはにっこりと笑みを浮かべた。

 誰かの幸せばかりを願い、祝福してきた師匠へ。

 弟子から、とびきりの“祝福”を。


「この国のために、多くの人々のために、幸せを願ってくれてありがとう。フロイ・バルデノンの行く先に、幸せが降り注ぎますように。誰かを幸せにした分、あなたにも返ってきますように。どうか、この世界が、あなたの望むように幸福に包まれますように」


 嬉しそうに、師匠の周りで遊んでいた精霊たちが集まってくる。

 フロイへの想いを込めて、幸せを願って、アイラは大切に言葉を紡ぐ。


《おめでとう!》


 ぱあっと大きな花がいくつも咲いた。精霊たちの明るい歌声が聴こえた。光の粒が舞って、師匠にやんわりと降り注ぐ。


「師匠、私は師匠に出会った日からずっと、幸せです。私を弟子にしてくれて、本当に、ありがとうございます!」


 アイラは六年ぶりの師匠に、おもいきり抱きついた。

 よろけることなくしっかりと抱きとめてくれる力強くも優しい腕に、涙が浮かんだ。

「すごいねぇ、アイラ。あたたかい“祝福”をありがとう」

「そうやって、師匠はいつも私を甘やかす」

「だって、僕はアイラの笑顔がみられるだけで幸せだから」

 心からの幸せを知ってこそ、祝福師の力は増す。

 幸せは、幸せを引き寄せる。


《おめでとう》


 祝福師は、幸せを呼ぶ。


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祝福師は幸せを呼ぶ 奏 舞音 @kanade_maine

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