第42話 「やるよね。曽根さん…」

 〇朝霧沙也伽


「やるよね。曽根さん…」


 あたしが紅茶を飲みながらそう言うと。

 ノンくんはソファーにふんぞり返って唇を尖らせた。


 まあ…そうか。

 自分の親友が、沙都を追って渡米するなんて…

 ちょっと面白くないよね。

 あたしだったら、今度こそ沙都に嫌がらせしちゃうかも。

 動画サイトに泣き虫を暴露したり…


 …バレるか。



「それで、紅美の様子はどうなんだよ。」


 廉斗を抱っこした希世が、あたしとノンくんに問いかけた。


 最近…ノンくんは、よくうちに来る。

 ミーティングと題して来るんだけど、そこに紅美はいない。

 で、ちゃんと希世がいるかどうかを確認して来てくれるという。


 なんか、気を使い過ぎ!!って思いつつも…

 気が付いたら、普段のあたしと希世の会話も増えてて。

 結構…感謝だったりする。



「歌はちゃんとやってるけどな…それ以外はフヌケ。本人気付いてねーみたいだけど。」


「そこが問題なのよね…」


「そ。曽根が向こう行って近況知らせてくれるのはいいけど…」


「いいけど?」


「結局…沙都本人からの連絡はねーわけだし。」


 ノンくんは少しイラついたような顔で、窓の外を見て。


「…じれってーな。」


 つぶやいた。


 それを見た希世が…


「…ノンくんじゃダメなわけ?」


 って…。


 あたしは思わず、目を見開いちゃったよ。

 だって…希世…あんた…

 紅美は、弟の彼女ですよ!?

 それを、いいんですか!?



「は?」


「沙都…今は自分の事で精一杯なんじゃないかな…紅美もそれを解ってるから、何も言わないんだろうけど…」


「それで、何で俺?」


「ノンくん、紅美の事好きだろ?」


 希世の言葉に、ノンくんは動じなかったけど。

 あたしは、のけ反りそうなほど驚いた。

 なんで!?なんで希世分かったの!?



「いやー…ノンくんの紅美に対する鬼具合とか、色々聞いてるんだけどさ。」


 希世!!バカ!!


 案の定、ノンくんは目を細めてあたしを見てる。

 あああああ~…明日が怖いよ…


「それって、結局は全部紅美のためを思ってやってる事ばっかだし、それに俺…見ちゃったんだよね…」


「何を。」


「…言っていいのかな。」


 希世はあたしをチラリと見てそう言ったけど。

 ノンくんは『どうぞ』と言わんばかりに首を傾げた。


「…ノンくん、紅美が置いて帰ってたギターのメンテして…抱きしめてた。」


「……」


「……」


「…俺はギターなら誰のでも抱きしめる。」


「本当に?」


「ああ。あいつは雑に弾くからギターが可哀想だ。」


「……」


「…ちょっとトイレ。」


 そう言って立ち上がったノンくんは。


「いっ…」


 テーブルの角に足をぶつけて。


「てっ…」


 自分で開けたドアにも…足をぶつけた。


「……」


「……」


 あたしと希世は顔を見合わせて、お互い何とも言えない顔をした。


「…ギターを抱きしめるなんて、ノンくん…可愛い所あるね。」


「いやー…すげー大事そうに磨いてたから、ギターバカだなあって見てたんだけどさ…抱きしめる姿はちょっと切なかったな…」


「…何もない時だったら、キモッ!!って笑っちゃうのに…今笑えない状況だよね…」



 ノンくん。

 あたし、思うんだけど…

 今の紅美を救えるのって、ノンくんだけじゃないの?

 そんなに、影にならずにさ…もっと、日なたに出て。

 紅美と向き合って。

 沙都と…真っ向勝負しなよ…。



 …じれってぇのは、こっちだよ‼︎



 〇二階堂紅美


「紅美。」


 事務所を出ると、先に帰ったはずのノンくんがいた。


「あれ…帰ったんじゃ?」


「気が変わった。飯食って帰んねーか?」


「……」


 食欲…ないんだよね…


「久しぶりに『あずき』にでも行ってさ。」


 ノンくんの赤くなった鼻を見て…行く気になった。

 何分ここにいたんだろ。

 中に戻って誘ってくれたらいいのに。



「うん。行こうかな。」


 あたしがそう言うと、ノンくんは…


「……」


 無言。


 何?と思ってノンくんを見上げると。

 ノンくん…あたしの手を握って、コートのポケットに入れた。


「あ…」


「沙都が居たらさ、たぶんこうしてるんだろうな。」


「……」


「あいつだって、好きでほったらかしてるわけじゃないんだ。こうしたくてもできない沙都の気持ちも解ってやれ。」


「……」


 …ノンくんは…あたしを好きって言ったのに…

 いつもこうやって、海くんなり沙都なり…

 自分のライバルと言える人を立てる。

 …って、もうあたしの事好きじゃないかもしれないけど。


 だけど…今のは少し嬉しかった。

 こうしたくてもできない沙都の気持ち…


 うん。

 そうだよね…。

 沙都、寒いといつもこうしてくれてた。

 したくてもできない沙都の気持ち…あたし、考えてなかったかも。

 そう考えると、少し楽になった。



「さ、何食う?」


 ノンくんはお品書きを開いて、あたしに渡した。


「ノンくんは?決めてるの?」


「俺はヒレカツ定食とビール。」


「はやっ。」


「歩きながらメニュー開いてた。」


 本当なんだろうな。

 おかしくて笑ってしまった。


「じゃ、あたしは刺身定食。」


「肉食わねんだ?珍しいな。」


「先週魚食べに行って以来、ちょっと魚にハマってる。」


「へー、どこ行ったんだよ。」


「えーっとね…」


 オーダーを済ませて。

 あたしは、先週ナナちゃんと慎太郎の所へ行った話をした。

 沙都は知ってるけど…ノンくんは慎太郎を知らない。


 あたしは、家出した時の事からを、全部…ノンくんに話した。

 ノンくんは…相槌を打つぐらいで、ずっと穏やかな顔で話を聞いてくれて。

 何だか…久しぶりにたくさん話が出来た気がして…


 食欲ないなって思ってたのに。

 定食頼んだ時点で、笑ったけど。

 結局…残さずきれいに食べた。



「今の時期だと、カワハギやシマアジが美味いんだろうな。」


 何なんだろ?

 今の時期に何の魚が美味しいって言えちゃうバンドマン、そういないと思うんだけど。

 アメリカであたしの栄養管理、バッチリやってくれてたもんな…

 さすが…なのかな。



「ヒラメは絶品だったね。」


「次行く時、俺も誘ってくれ。新鮮な魚が食いたい。」


 ノンくんがビールを飲みながらさらっと言って。


「…うん。」


 ちょっとためらいはあるけど。

 何となく…ノンくんを慎太郎に会わせたい気もした。


 それから…アメリカでの話になった。

 ノンくんは、わざとそうしたのか…珍しく、自分が遊びに行った話ばかりをした。

 そこには、海くんも沙都もあたしもいなくて。

 ただ、ノンくんだけだった。


 すごく新鮮だった。

 音楽もない、ただ…ノンくんは一人で遊びに行ってるのに、笑顔だったんだなあ…って。


 ステージではクールで。

 スタジオでは厳しくて。

 ビールを飲むと、少しお茶目で。

 大人だなー…って思う反面、ガキ!!って頭に来る事もあったり。

 だけど、みんなが驚くほどのおばあちゃん子。

 そのギャップが、あたしは好きだったりする。


 いつも誰かのために何かをしてて。

 だけどそれがすごくさりげなくて。

 当たり前に思われがちで、損してる気がする。


 …実際あたしも…ノンくんは何でも出来て当たり前って思ってしまってた。

 すごく努力家なのにね…。



「あたしもビール。」


 ノンくんが一本空けた頃に。

 あたしも…ビールを頼んだ。


 ノンくんは少しニヤけて。


「潰れんなよ?置いて帰るぜ?」


 抱えてでも帰ってくれるクセに。

 そう言った。




「ねえ、もう一回『ケリーズ』の話して?」


 あたしがそう言うと、ノンくんは嬉しそうに。


「なんだ。ケリーズが気に入ったか?」


 そう言って、首を傾げた。


「うん。あたしも行ってみたい。」


「じゃ、次に渡米した時に連れてってやるよ。」



 ノンくんが遊びに行った話の中で…

 ケリーズという、昔…ばあちゃんが働いてた雑貨店の話があった。

 昔は、お父さんと姉妹三人で経営してたそのお店は。

 今は、三姉妹の長女の息子夫婦が経営してるそうで。

 ノンくんが店内で見つけた写真について話をすると…


「えっ!!この人のお孫さん!?」


 って事になって…

 三姉妹が招集された…と。


「まー!!なんてハンサムなの!!」


「口元がニッキーに似てるわ!!」


「目はサクラ似ね!!」


 それから三姉妹は、ノンくんを囲んでお茶会を開いて。

 ばあちゃんがいた頃のケリーズが、どんなに楽しかったかを話してくれた…と。


 売れ残ったチョコを、ばあちゃんの弾き語りを聞いた高原さんが買い占めたとか。

 ばあちゃんが三姉妹をオードリーヘプバーンに変装させたとか。

 高原さんが、近くの花屋でガーベラを買っては、ばあちゃんちに通ってたとか。



「だけど…事故に遭って…サクラは…」


 事故当時の事を思い出したのか、三姉妹は涙し始めた…と。

 だけど、ノンくんがスマホで写真を見せて。


「今は、こういう家族構成です。」


 って、桐生院家の話をすると。

 その涙は…うれし涙に変わった…と。



「ばあちゃんはケリーズには行かなかったの?」


「ああ…思い出めぐりしてるって言ってたから、どことどこに行ったって話は聞いたんだけどさ。そこだけ行けなかった、って。」


「どうして?」


「…なんでだろうな。アメリカで、最後にいた場所なのにな。」


 ノンくんは何か知ってるのかもしれないけど…あたしはそれ以上聞くのをやめた。

 ばあちゃんが行けなかったから…ノンくんが行ってあげたんだろうな…

 ほんと、どこまでも優しいノンくん。

 でも、それを隠そうとしちゃうんだよね。

 バレバレなのに。



「いつか…行けるといいね。ばあちゃん。」


「…急がねーと、みんな年寄りだからなー。」


「もうっ。」



 気持ち良く飲めた。

 すごく久しぶりに、楽しいって思えた。

 ノンくんには…感謝だな。



「タクシー拾うか?」


「ううん。歩きたい。」


「じゃ、そうするか。」


 ノンくんは当たり前みたいにあたしの手を取ると、それをコートのポケットに入れた。

 ためらいはあったけど…されるがままにした。

 コートの中の手は…ガッチリと…指を組まれてる。



「…紅美。」


「ん?」


「沙都の事で不安になったら、振り向けよ。」


「え?」


「俺も沙也伽も、おまえの事、ちゃんと見てるから。」


「……」


 ノンくんの言葉に、立ち止まってしまった。


「ん?」


「…ごめん…あたし…二人に迷惑と心配ばかり…」


「いいって。」


「良くないよ。」


「……」


 ノンくんは溜息をつきながら…ゆっくりあたしを抱きしめた。


「俺達は、今でも4人でDANGERだ。」


「……」


「おまえが沙都を大事に想うように、俺らだってそうだし…おまえの事も同じように大事だ。」


「ノンくん…」


「辛いなら辛くていい。だけど一人で抱えるな。どうして欲しいか口に出せ。沙都のようには出来ないけど…俺と沙也伽は、いつでもお前のそばにいる。」


 抱きしめられる手に力が入って。

 あたしは…泣いてしまった。

 こんなあたしを…二人は見放すでもなく…見守ってくれるなんて…

 ノンくんはあたしの頭に顎を乗せて。


「泣け泣け。我慢なんかするな。」


 少し…褒めてくれるような口調でそう言った。

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