第40話 ちょっとしたパーティーも終えて…

 〇朝霧沙都


 ちょっとしたパーティーも終えて…

 僕と紅美ちゃんは、プライベートルームで二人きりになった。


 ちゃんと…話さなきゃ。

 そう思って、僕から誘った。



「…紅美ちゃん。」


「ん?」


 隣に座った紅美ちゃんは、首を傾げて僕を見る。


 …可愛いな。


 今まで、紅美ちゃんはずっと綺麗でカッコ良かったけど…

 こういう可愛い面も…随分増えた。



「…結婚の話…なんだけどさ。」


「うん。」


「…プロポーズ、撤回していいかな。」


「……」


 僕の言葉に、紅美ちゃんは無言で…だけど、表情は変わらなかった。

 その表情に…僕は…半分ガッカリして、半分安心した。


 …勝手だな…。



「僕…自分に自信がなくて、紅美ちゃんの事…ないがしろにしてしまう所だった。」


「……」


 紅美ちゃんの手を握る。


「紅美ちゃんの事…大好きだよ。離れたくないよ。だけど…離れた場所で…僕なりに頑張る。」


「…うん。」


「待ってて…っていうのとは、ちょっと違うって思うから…待っててとは言わない。」


「……」


「だけど、僕の気持ちは…ずっと変わらないから。」


 紅美ちゃんの目が。

 ずっと僕を見てた目が、初めて…下を向いた。

 そんな紅美ちゃんを、僕は抱きしめる。

 抱きしめて…頬に、額に…そして、唇にキスをした。


「愛してる…」


 僕がそう言うと…

 紅美ちゃんは伏し目がちなままで。

 言葉を…探してるような気がした。


「…愛してない?」


 つい、問いかけてしまった。

 すると紅美ちゃんは小さく笑って。


「そんな事ないよ。たぶん…沙都が思ってるより、意外とあたしの方が沙都を好きだと思う…」


 驚くような事を…言ってくれた。


「……ヤバい。」


「何が?」


「…ここで、押し倒しちゃいそう…」


「それはダメ。」


「…だよね…でも…」


「……一度だけだよ。」


 紅美ちゃんはそう言って僕の膝に乗ると。


「いつもみたいに…可愛い声出しちゃダメよ。」


 僕の耳を噛んだ。


「…可愛い声なんて…出してないよ…」


「ほら…出してる…」


 しばらく…抱けなくなると思ったら…

 もっと、ちゃんとしたいと思ったけど…


「…紅美ちゃん…」


 どこでも…関係なかったかな…


 紅美ちゃんの体は…変わりなく最高で…

 むしろ、こんなシチュエーションに、僕は…盛り上がってしまって。


「…は……っ…あ…」


 声を押し殺す紅美ちゃんが…

 たまらなくセクシーで…


 …まさか。

 …まさか紅美ちゃんが…



 泣いてるなんて。


 気付かなかったんだ…。




 〇朝霧沙也伽


「あー…行っちゃったね。」


 空港で…みんなで沙都を見送った。


 夕べは沙都のDANGER卒業ライヴであり、ソロでのスタートライヴ。

 沙都がソロデビューするって聞いて…しかも寝耳に水で。

 あたしは、かなり狼狽えた。

 希世に泣きついたりもした。


 だけど…


 高原さんに相談に行って。

 そしたら、ノンくんから『沙都の事と、俺らのこれからを考えよう』って電話があって…

 二人でミーティングをした。


 紅美は…沙都について行くのかなあ。

 って、つぶやいたあたしに。

 ノンくんは。


「行かねえよ。」


 一言…自信満々に言った。

 つい、目を丸くしてノンくんを見ると。


「あ、別に確認したわけじゃねーけど。」


 ノンくんは首をすくめて言葉を付け足した。


 それから…ノンくんは。


「沙都のためにさ、何かしてやれる事ねーかな。」


 お人好しな事を言った。

 あたしなんて、何なら嫌がらせをしてやりたいなんて思ってたのに。

 何なの、このノンくんのいい人ぶり。

 あたしはちょっと、嫌な顔すらしたと思う。

 一人でいい子ぶってんじゃねーよ!!な心境だったし。


 だけどなー…

 見事に、諭された。

 ノンくんは…口は悪いしドSだけど…

 ほんと…あたしが知ってる人間の中で、誰よりも純粋で素直で優しい人だなって思った。

 純粋で素直で優しい、なんて…沙都の代名詞だけどさ。

 それって、実はノンくんのためにある言葉だよ。って思った。



 こうしてあたし達は…沙都のためにライヴを決行する事にした。

 で…

 それを紅美に話しに家に行くと…

 紅美は…

 沙都のためのライヴの提案に…

 泣いた。


 ああ…紅美。

 あんた、本当に沙都の事好きなんだね…って。

 なんか、あたしも泣けた。


「ついてくの…?」


 怖かったけど、聞いてみた。

 すると、紅美は…


「…あたしは、沙也伽とノンくん置いて…DANGERやめてまで、自分の幸せを掴みに行きたいって思ってないんだ…」


 少し寂しそうな顔をして…そう言った。



 沙都、ごめん。

 あたし、その紅美の言葉が…すごく嬉しかった。



 夕べ、ライヴの後に、ちょっとしたパーティーもして。

 その後は…紅美と沙都は、二人でどこかに消えた。

 ちゃんと話し合えたのかな…


 深夜に帰って来たらしい沙都は。

 今朝は、みんなとちゃんと一緒に食卓について。

 笑いながら…朝ごはんを食べた。

 顔付も…スッキリしてるように見えた。



「…紅美?」


 沙都を見送って。

 あたしの隣にいる紅美が…


「どしたの?」


「……」


「紅美…」


 紅美が、手すりを持った手に頭を乗せたまま…動かない。


「…そうだよね…寂しいよね…」


 紅美の背中に手を当てる。


 …あたし…バカだったな…

 紅美はバンドメンバーである前に…親友だ。

 紅美に…一言、かければ良かった。

 …結婚、してもいいんじゃないの?って…




 〇二階堂紅美


「プロポーズ、撤回するよ。」


 沙都にそう言われた時…

 あたしは、軽く眩暈がした。


 アメリカには…ついて行けない。

 だけど…

 プロポーズは、受ける。


 そう…答えようとしてた。


 あたし自身、沙都と離れたくないけど…離れなくちゃならない現実。

 だったら…と思った。

 だったら、結婚だけでもして…お互い、離れてても平気。って、自信を持っていれば…と。


 だけど…

 沙都は一人で何かに納得したのか…結婚の話はなかったことに…って。


 ずるいよ。

 一人だけ…平気になるとかさ。

 夢が待ってるから?

 あたしの事なんて…考えるだけ時間の無駄なの?

 …あたしが、さっさと返事しなかったから…?

 その間に、沙都…

 色々自分で考えて、そう決めたの?


 そう思うと、今更自分の気持ちなんて言えない気がした。

 待っててって言うのも違う気がする…なんて。


 どうして?

 待ってて。って。

 浮気しないでよ。って。

 会いに来てね。って。

 なんで…

 言ってくれないの…?



 プライベートルームで抱き合って。

 しばらく会えなくなる沙都の事…強く抱きしめて…

 …沙都は、夢を掴みに行くんだ…

 それならせめて…やっぱり…沙都の思うように…って。

 自分を納得させようとした。


 結婚は…沙都が成功してからでもいい。

 うん…そうだよ…



「行って来ます。」


 翌日、みんなで空港に行った。


「頑張れよ。」


「応援してるぜ。」


「さっさと売れて帰って来い。」


「設けて向こうに別荘を…」


「それなら海の近くがいいわ。」


「みんな無茶言うなあ。」


 みんなで笑って。

 沙都も笑顔で。


「紅美ちゃん、メールも電話もするから。」


「…うん。行ってらっしゃい。」


 ギュッとされて。

 あたしは…かろうじて、笑顔で見送れた。



「あー…行っちゃったね。」


 飛び立った飛行機を見て、沙也伽が言った。

 あたしの右隣では、ノンくんが無言で空を見て。


「…バカだな。おまえ。」


 小さくそう言って…あたしの頭をポンポンとして…歩いて行った。


 …なんで?

 ノンくん…何か気付いてたの?

 あたし、誰にも何も…言ってないのに…


 手すりを掴んだ手の上に、頭を乗せると…涙が出た。


「…紅美?」


 沙也伽が気付いて背中を摩ってくれたけど。

 あたしは…しばらく顔が上げられないままだった。


 沙都…

 あたし達…大丈夫だよね…?

 離れても…

 繋がっていられるよね…?



 あたしは…

 自分でも思ってるよりずっと。

 そばに沙都がいないとダメなんだって事に…気付いた。


 そして、その事は。

 これからの自分の生活に…


 大きく影響していった。

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