第38話 勘当されたって言ってたし。

 〇二階堂紅美


 勘当されたって言ってたし。

 うちに泊まれば?って言ったけど。

 沙都は、ちょっと僕なりに考えたいから。と言って、事務所を出た。


 あたし自身…

 どうするの?

 沙都と…結婚…するの?しないの?


 結婚…したいの?



「紅美。」


 重い足取りで家に帰ると、リビングに父さんがいて。


「話せるか?」


 あたしを手招きした。


「うん…」


 あたしの事、待ってたのかな…



「飲むか。」


「え?」


「正月だ。ちょっといい酒でも飲もうぜ。」


「……そうだね。」


 父さんの言葉に、あたしは笑って答える。

 すると、『早乙女家でもらった』なんて言いながら、父さんは食品庫から桐の箱に入ったお酒を持って来た。


 あたしと父さんはグラスを合わせて。


「明けましておめでとう。」


「あ…まだだったよね。うん。明けましておめでとう。」


 笑い合った。



「沙都の話、義兄さんから聞いたぞ。」


「…うん。」


 やっぱ…この話だよね。


「沙都に…ついて行くのか?」


「…迷ってる。」


 あたしは…海くんやノンくんの事は置いといて…

 沙都との事だけを話した。

 正直に。

 色々回り道をしたけど、ちゃんと沙都を好きという気持ちがある事。

 できれば…沙都を応援したい事。

 だけど、バンドはやめたくない事。



「…紅美が家出した時…」


 父さんは、ポツリと話し始めた。


「沙都は…そりゃあ必死で探してくれた。」


「…うん…」


「生い立ちを隠し続けて、それで紅美を傷付けてしまった。その結果、紅美に…ここに居辛くしてしまって、出て行く事を望ませたようなもんだ。俺達は、探さないと決めた。」


 あたしには…今となってはだけど。

 父さんは、一生…この事を苦しむのかもしれない。



「だけど沙都は…毎日毎日、おまえを探してくれた。」


「…そうだよね…」


 幼稚舎の頃から、あたしの写真は沙都とのツーショットが多い。

 あたしが初等部に上がった時、制服が変わったのと違う場所へ行き始めた事で、沙都は自分も初等部へ行くって大泣きしたんだっけ…

 当然それは叶わなくて。

 週末、泊まりに来るようになった。


 沙都は学と双子みたいで。

 周りからも…うちは三人兄弟だって思われてたかもしれない。

 父さんは、沙都の事を学と変わりなく、息子みたいに思ってたし…

 それでなくてもSHE'S-HE'Sの面々は、自分の子供とメンバーの子供、分け隔てなく…みたいな所があるから。

 あたし達は、いつも大家族みたいな気持ちもあったと思う。



「紅美がいないとダメだった自分から、卒業したいのかもな。」


 父さんは、小さく笑って言った。


「…あたしから、離れたいって事?」


「反対。紅美にくっついてた自分じゃなくて、紅美にくっついて来てもらえる自分になりたいんじゃないか?」


「……」


 いつもあたしの後を追って来てた沙都。

 それが…

 反対になったとして。


 あたしは…沙都を追って行ける?


 だけど…自分の夢は…


 その時。


 どうしたらいいの…?




 〇朝霧沙都


「おー、久しぶり!!」


「…一週間ぶりぐらいのもんだけど…」


 僕が訪ねると、曽根さんはすごく普通で…

 もしかしたら、ノンくんから何か聞いてるんじゃないかなって思ったけど…

 この様子だと、何も知らないようだった。


 曽根酒店…

 噂には聞いてたけど、意外と大きなお店でビックリした。

 店内には試飲コーナーもあって、神さんと紅美ちゃんのお父さんだったら一日中いちゃうかも?なんて思った。



「上がんなよ。」


「…まだ仕事中じゃ?」


「俺は二号店から帰って来た所だから。もう今日はいいんだ。」


 なるほど…ここは本店で、住居も兼ねているらしい。

 お店の奥に入ると、曽根さんのお母さんが。


「あ!!うちの子がアメリカでお世話になりました~!!」


 僕を見るなりそう言って、握手された。

 面食らってると、曽根さんが。


「ほら、あそこ。もう、みんなに見せびらかしまくり。」


 曽根さんの指先を追うと、デビューライヴの写真や、クリスマスパーティーの写真が飾ってあった。


「……」


 ほんの二ヶ月以内の出来事なのに…もう、遠い昔みたいだ。


 僕は…こんなに笑い合った仲間を捨てて…

 自分の事だけを考えて生きようとしてる。


 …最低…だよね…



「で?なんだなんだ?嬉しいなあ。沙都くんが会いに来てくれるなんてさ。電話もらった時は、ちょっとちびりそうになったよ。」


 曽根さんは、相変わらずな感じで。

 それが僕をホッとさせてくれた。


「僕さ…」


「うん。」


「…今週末、またアメリカに行くんだ。」


「えっ?何しに?」


「…ソロデビュー…する事になって…」


「はあ!?」


 曽根さんの驚きは…予想以上だった。


「…ノンくんに、何も聞いてない?」


「大晦日に酒買いに来たけど…別に何も言わなかったぜ?ってかさ…ソロデビューって…事は、一人…だよな?え?もしかして、あの歌で?」


「うん…」


「……」


 そうだよね…

 誰だって、こんな話…喜ばないよね。

 だって、みんなを裏切って行くんだからさ…



「それで、向こうに行ったらどうなるわけ?」


「え…?」


「ニカんとこに住むのか?」


「あ…全然…何も考えてないけど、あそこには…無理かな…」


「え?何で?」


「…みんなを裏切って行くんだよ?海くんだって…たぶんいい気はしないと思う…」


「……」


 曽根さんは少しキョトンとした後、んーって天井を見て唸って。


「でもさ、デビューだろ?めでたい話じゃん。おめでとう!!」


 笑顔になった。


「…あ…ありがと…」


 …ビックリした。

 おめでとうって…言われるなんて…


「そりゃさ、DANGERの事思うと胸は痛いけど、それとこれは別だぜ?沙都くんの隠れてた才能とか実力が認められたわけだろ?」


「そ…うなのかな…」


「すげーよ!!バンドデビューでもすげーのに、ソロもなんてさ!!よし、飲むぞ。祝うぞ!!」


「え?」


 曽根さんはそう言って階段を駆け下りると、少ししてグラスと日本酒とつまみを持って上がって来た。


「売り物じゃ?」


「ちゃんと給料から引くさ。さ、飲もう飲もう。今夜は帰さないぜ~。」


 曽根さんの心遣いに、泣きそうになった。

 僕はまだ…誰からもソロデビューを祝福されてない。


 曽根さんは、グラスにお酒を注いで僕に渡すと。


「おめでとう!!沙都くん!!」


 その声に…


「…ありがとう…曽根さん…」


 僕は…

 泣いてしまった。



「紅美ちゃんに…結婚して…ついて来て欲しいって言ったんだ…」


「うんうん。離れるのは嫌だよなあ。」


「だけど…紅美ちゃんは、悩んでる…」


「うんうん。彼女も歌うのが天性だからなあ。」


「もし離れたら…僕の事、好きでいてくれるのかなって不安でさ…」


「うんうん。紅美ちゃんモテるから心配だしな。」


「紅美ちゃんがモテるから心配って言うより…僕が自分に自信を持てないのがいけないんだよね…」


「うんうん。そうか。仕方ないよな。向こうでニカやキリを間近で見てたら、あいつらの男前っぷりには脱帽って感じだったもんな。」


「……」


 曽根さんは、僕の意見に『うんうん』って同意してくれて。

 だから…つい僕も次々と本音が言えたけど…

 海くんとノンくんの男前っぷりには脱帽…って言葉に。

 僕は…やっぱ、そこなんだろうな…って自分の器の小ささにうんざりした。



「でもさー。」


 曽根さんはグラスにお酒を注ぎながら。


「俺から言わせると、そこにはちゃんと沙都くんも入ってたけどなあ。」


 そう言ってニッと笑った。


「え?」


「三人ともタイプの違う男前だよ。沙都くん、二人に全然引けを取ってなかったと思うぜ。」


「僕なんか…全然…」


「そうかなあ。沙都くんと付き合い始めてからの紅美ちゃん、顔付が柔らかくなったと思う。癒されて安心したんじゃないかな。」


「……」


「彼女、俺らの知らない所でずっと闘ってきた感じするじゃん?沙都くんの前だと、そういうのから解放されるんじゃないかな。」


 曽根さんの言葉は、すごく嬉しくて…

 僕は、ここに来てもう…何度泣いちゃってるだろ。

 …弱いな…



「…紅美ちゃんを連れて行くのは…紅美ちゃんにも、ノンくん達にも残酷かな…」


 ちびりちびりと飲みながら、僕はDANGERでの楽しかった日々を思い出した。


 恋のライバルでもあったはずのノンくんは…全然そういう顔をせず、僕に花を持たせてくれたり…

 なんで?って思ってたけど…ノンくんは、解ってたのかもしれない。

 ノンくんがそうするより、僕がそうした方が。

 紅美ちゃんにとっては癒しだ。って。



 僕と紅美ちゃんには歴史がある。

 それだけ…紅美ちゃんは僕に心を開いてくれる。


 …歴史…


 今、何か少し…引っかかった。

 紅美ちゃんと僕には…歴史があって。

 常にそこにいたから…紅美ちゃんが僕に癒されるのは、当然かもしれない。

 僕だって、紅美ちゃんがいてくれるのが当たり前みたいな生活をしてたから…視界に紅美ちゃんがいないと、不安だ。


 …それは、愛?

 愛なのかな…?


 …習慣…


 じゃない…よね…?




 〇桐生院華音


「…ちわ。」


「よお。」


 俺は椅子に座ってすぐ。

 ベッドの脇に頭を乗せた。


「ははっ。まいってるっぽいな。」


「まいってるって分かるんなら笑うなよ。」


 たぶん…ここ三日ぐらいはたくさん人が来るだろうと思って。

 少し日を開けて…来た。

 俺のじーさん…高原さんは、俺の頭に手を置いてポンポンとすると。


「千里も光史もマノンも、陸も紅美も沙都も沙也伽も、みんな時間差で来た。いっぺんに来てくれたら楽なのにな。」


「…しかも、かぶってねーとこがすげーな。」


「まったくだ。」


 そのまま俺は、しばらくベッドに頭を乗せたまま無言でいた。

 そんな俺の頭を撫でるでもなく。

 じーさんは…頭の上に手を置いたままだった。



「…親父に聞いたんだけどさ…」


「ああ…グレイスの事か。」


「うん…グレイスに…沙都の事、ゴーサイン出したって…」


「ああ、出した。グレイスが言うなら、沙都の歌はホンモノだろう。」


「その時…俺らの事は?」


「ビジネスだからな。」


「……」


「DANGERのベーシストは、沙都じゃなくてもいける。」


「…そう来たか…」


 俺は溜息をつきながら体を起こす。


「…沙都は…紅美を連れて行きたがってる。」


「みたいだな。おまえは、どうしたい?」


「え?」


「あいつらを、どうしてやりたいと思う?」


「……」


 じーさんの言葉に、即答は出来なかった。

 即答出来ないと言う事は…

 今から口に出す言葉は、力は持たないって事だ。



「…きれいごとで言えば…応援してやりたいよ。沙都のデビューも、二人の仲も。」


「本音は?」


「…沙都には…本当にそれが沙都の夢になってるなら、追って欲しいと思うけど…」


「けど?」


「…紅美には行かせたくない。」


 俺がじーさんの目を見て言うと。


「それを紅美に言ったか?」


 じーさんは少し笑いながら言った。


「…言わねーよ。」


「なんで。」


「決めるのは紅美だ。」


「一人で決めさせるのか?」


「仕方ねーだろ?あいつらの問題に…」


「おまえは沙都をDANGERの問題として見てるのに、どうして紅美の事は個人の問題にする?」


「……」


「本音を言って、去られるのが怖いのか?」


「……」


 な…

 なんなんだよ、このじーさんは。


「決めるのは紅美だ?おまえが言ってるのは、自分を守るための言葉だ。」


「……」


「もっと貪欲になれ。欲しいものはちゃんと欲しがれ。」


 じーさんの言葉と、目の力が…

 今の俺には強すぎた。

 確かに俺は、ずっと自分を守って来たのかもしれない。

 栞の自殺から…人の気持ちに対して臆病になってしまった。

 最終的に、何もかも…決めるのは自分だ。

 そうだろ?



「紅美が沙都を選ぼうが、DANGERを選ぼうが、それについて俺には…何も言う権利はない。」


「ないか?同じバンドなのに?」


「……」


「さくらが、誰も何も教えてくれないって、ぶーたれてたぜ。」


「…ばーちゃんに話したら、動かれるからゴメンだ。」


「ふっ。さくらに動かれたくないなら、まず自分で動け。それか…素直に全部打ち明けて、さくらの企みに乗っかってみる事だな。」


 ふいに…シェアハウスを思い出した。

 ばーちゃんの発想は、俺にはないものばかりだ。


「恐ろしいぐらいのババコンで、自分じゃ何もできねーって思われるのは嫌だから、乗っからない。」


 俺が首をすくめながら言うと。


「あははは。ほんとおまえは可愛い奴だ。」


 じーさんはそう言って、俺の頭を抱き寄せた。

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