第20話 バーで飲んだ時から思ってたが…
〇桐生院華音
バーで飲んだ時から思ってたが…
本家様は、悪い奴じゃない。
ただ、まあ…不器用だとは思った。
だが、その不器用も生まれ育った環境のせいだと気付いた。
二階堂ならではの教育。
それは外の世界を知らずに育った本家様に、窮屈な考えの恋愛事情を植え付けた。
それと…複雑な生い立ち。
本当の父親が、そう遠くない位置関係にある。
複雑だろーな。そりゃ。
でも、俺なら自慢するけどな。
あの早乙女千寿が父親なんて…羨まし過ぎる。
…あ、いや…俺の親父、神千里もサイコーだけどな。
だから余計。
出来る父親が二人いたら、自慢以外の何物でもない。
ばーちゃんの話だと、本家様の早乙女さんへの意識が、両親や妹達への裏切りに思えて罪悪感に繋がってる…と。
…アホか。
意識したぐらいで罪になるようじゃ、俺なんか年中犯罪者だ。
何とも繊細で気の小さい野郎だ。と、多少イライラもしたが。
…紅美の愛した男だ。
そして、ばーちゃんが変えたいと思っている男だ。
…なんで俺が!!
と叫びたい気持ちもなくはないが…
まあ。
本家様が、俺をダチにしたい。なんて言うとは思えねーけど。
思えば面白いかなー。とも思う。
「ノンくん、聞いてる?」
「聞いてるぜ。ライヴのリハでやる曲は全曲
「なんだ。ちゃんと聞いてたのか。上の空に見えたから…」
頭の中の、バンドフォルダの10月分にインプット。
「あと、沙都が時差ボケで寝言がひどくて…」
「あーっ!!ノンくん!!」
沙都は立ち上がって俺の隣に来ると。
「それ言わないでって言ったのに!!」
ポカスカと俺を殴った。
「それこそ言ってねーよ。」
「えー?何々?気になるなあ。沙都、何の寝言言ったの?」
沙也伽がニヤニヤして頬杖をついた。
「実は沙都の…ふがっ」
言いかけた所で、沙都に口を塞がれて。
「ノンくん、言ったら…アレ、バラすよ?」
低い声で言われた。
「……」
コクコク。と頷くと、手が離れた。
「こいつ、パンツ穿くの嫌なんだってさ。」
「あーーー!!もう!!何で言うんだよー!!」
「あははははは!!沙都、ノーパン!?」
沙也伽と紅美が笑う。
「違う!!寝言だったんだから!!」
「願望じゃないの~?ま、ノーパン健康法ってのもあるみたいだし、いいんじゃない?」
「…紅美ちゃ~ん…」
「よしよし。」
…まったく。
いつまでたってもガキだ。
「あーあ、言っちゃったね。沙都、ノンくんのアレ、バラしたら?」
沙也伽はそう言ったけど。
「そんなの最初からあるかよ。ハッタリだよな。」
俺は背もたれに深く沈んで言う。
「…ノンくん…」
沙都は恨めしそうな顔で俺を見ると。
「…さくらばあちゃんと、カプリ行って…」
あ。
「待て。その話は…」
立ち上がってしまった。
「カプリに行って…」
「沙都ーーーー!!」
口を塞ごうと、逃げる沙都を追いかけると。
「カニが美味しいって三人分も食べて、お腹壊したんだよね!!」
ガクッ。
「あははははは!!ノンくん、バーカ!!」
沙也伽は大笑いしたけど。
そっちなら、いい。
「ちくしょー。」
心のこもってない悔しがり方をして座る。
「お茶入れるね。」
沙也伽が立ち上がって。
「あ、手伝う。」
沙都が続いた。
すると、正面にいた紅美が…
「本当は…」
手帳に視線を落としたまま言った。
「…あ?」
「本当は、ばーちゃんと歌って、感動して泣いちゃったんだよね♡」
「……」
く…
クソばばあーーーー!!
* * *
ミーティングを終えて家に帰ると、
予定通り。
本家様は、何やら神妙な顔…て言うか、まあちょっと泣いた的な顔。
ふむ…
男前は目が潤んだだけでも、色気があるもんだな。
あまり褒めたくはないが、見たままそう思えるから仕方がない。
それにしても…
本家様は母親似だからか、早乙女さんと並んでも親子な要素は見当たらないが…
見事なまでに声がソックリだ。
四人で同時に喋らせて、回答ボタンを早押しして答えるクイズでも開催してみたい。
たぶん、
特に…
耳のいい奴なら、二度見レベルだな。
早乙女さんが予定外で泊まると言い始めて。
それじゃあ…と、四人で買い物に出かけた。
せっかく二人きりにしてたのに、本家様はまだどこか固い。
早乙女さんは元々柔らかい雰囲気の持ち主だから、一緒に居るだけで癒されるんだよなー。
やっぱ羨ましいぜ…本家様。
うちの親父ときたら、カッコいいけど…家では、おふくろにベタベタ。
事務所ではみんなをピリピリさせるオーラ。
とにかく…みんなが口を揃えて『yes』と言うだろうが…
癒し系ではない。
「あ。」
助手席の沙都が、家の前を見て声を出した。
何が『あ』だ。と思ってると。
「ノンくん…あの人…」
「……」
沙都の指差したそこには。
…曽根。
「…ったく…」
ばーちゃん。
何の差し金だ?
俺にはリハビリはいらねーぜ?
車から降りて曽根に近付くと…自然と笑いが出た。
「よお!!キリ!!デビューおめでとう!!」
「何しに来やがった!!てめぇ!!」
お互い、そんな事を言って…殴り合った。
「いてっ!!」
「あたっ!!」
「何しやがる!!」
「おまえが先にやったんだろ!!」
「いってぇな!!ちきしょー!!」
「うわっ!!やめっ…キリ!!バカ!!くそーっ!!」
ばーちゃん。
なんで、こいつ呼ぶかな。
俺、曽根がいると…
カッコ良くなっちまうんだよなー…。
って、自画自賛。
ふっ。
「なあ、華音。何か歌ってくれよ。」
俺がパイナップルを食ってると、早乙女さんが言った。
ぶっちゃけ…
「歌いたくないから、やです。」
と答えたかった。
なぜなら…晩飯のカレーに、早乙女さんがわさびを入れた。
…俺のだけ!!
早乙女さんの風貌は、普通のオッサンだとしたら怪しい。と、俺は正直に言っただけなのに!!
でもなー。
この雰囲気。
早乙女さんがいるだけで、超穏やかな空気。
なんだろな。
歩くマイナスイオン。
…そう言っても、わさびは入れられただろうか…
若干Sっ気のある人だ。
「…じゃ、大サービスで。」
部屋からギターを持って来て。
「Deep Redの名曲『Thank you for loving me』でも。」
Deep Redの曲の中で、一番好きなラヴソングを選んだ。
と言うのも。
この前、カプリで…ばーちゃんが言った。
「あっ、もうすぐ、なっちゃんと出会った日だ。」
「え?いつ。」
「22日よ。」
「10月22日か…どんな出会い方だったんだ?」
「よそ見してて、ぶつかっちゃったの。」
「…すぐ想像できる。」
「あ、そうそう。それとね…」
ばーちゃんの目は、いつもに増してキラキラして見えた。
「Deep Redのベストに『Thank you for loving me』って曲があるでしょ?」
「ああ…俺の一番好きな歌だ。」
「ほんと?嬉しい。あれ…私の誕生日にツアーでいなかったなっちゃんが、地元のラジオ局に投稿して流してくれたの。」
「…マジかよ…世界のDeep Redのフロントマンが、そんな事してたなんて…ちょっとすげーな。」
「…世界一の幸せ者よね…」
高原さん…俺のじーちゃんが…
ばーちゃんと出会ってくれて、今…俺がここに存在してる。
しかも、14歳だったのに21だって嘘ついて、恋が始まって年齢詐称で若干もめた、と。
笑った。
13歳の俺だって…
8歳の紅美を好きとは、人に言えなかった。
そりゃ、当時27の男が14の女を…って…
…でも。
じーちゃん。
ずっと、ばーちゃんの事…
愛してくれて、サンキュ。
ほんと…心から感謝するよ。
歌い終わってギターを下ろそうとすると…
「アンコール。」
早乙女さんがそう言って。
「え。」
「アンコール。アンコール。」
…マジかよ。
結構わさび…きいてるんだけどなー…
でも、なぜか早乙女さん真顔だし。
…断りにくい。
「…もう一曲だけっすよ。」
一応、早乙女さんに釘を刺した。
うんうん。と頷いてはくれてるけど…酔っ払いだからな…
さて。
何歌おう。
まあ…
この流れだと…あれか。
コホン。と咳払いをして…
「If It's love」
朝起きたらさ、おまえが隣に居る
おかしいな…これはリアルなのか?って
毎朝そんな気持ちになるなんて…夢みたいな幸せって事だよな
もしおまえに悲しみが訪れたら、俺がおまえを殺してやる
おまえを悲しませない
俺が苦しむとしても
それは愛なのか?って、誰もが言うんだ
俺は笑顔で、全力で言うさ
愛だ
いや
愛以上だ
愛以上なんだ
もしおまえに苦しみが訪れたら、俺がおまえを殺してやる
おまえを苦しませない
俺に罰が与えられるとしても
それは愛なのか?って、誰もが言うんだ
俺は笑顔で、全力で言うさ
愛だ
いや
愛以上だ
愛以上なんだ
…歌いながら、泣きそうになった。
選曲ミスった。と思ったが、時すでに遅し。
感情移入するフリして、目を閉じた。
歌い終わって目を開けると…
Live aliveを見てる、早乙女さんと沙都と曽根が泣くのは想定内だったが…
本家様が、流れる涙を拭いもせず…俺を見てる。
「……」
つい、丸い目をして見てしまった。
「あ…」
それに気付いた本家様は、手の甲で涙を拭う。
「あー…おまえ…さすがの遺伝子だな…泣かされた…」
早乙女さんがそう言って、ティッシュボックスを手にした。
「…俺はシャワーしてくる。」
泣いてる野郎ばっかの中にいるのが居心地悪くて、俺はギターを部屋に持って行こうと…
「ただいまー。」
ドアが開いて。
この場に似合わない明るい声で、ばーちゃんが入って来た。
「ばーちゃん…まだこっちいたのかよ。」
「まっ。冷たいわね。」
「いい加減帰れよ。みんな心配してるぜ?」
「大丈夫大丈夫。明後日帰るから。」
ほんとかよ。
ばーちゃん、ほんっとに気分で色々決めちゃうからな。
「あら、
「お邪魔してます。」
「あっ、華音のお友達の…えーと…曽根さん!!」
「当たり。お邪魔してます。」
「わー、楽しい♡やっぱり、もっと居ようかなあ。」
…ほらな。
「ばーちゃん。」
俺が低い声で言うと。
「…分かったわよぅ…」
ばーちゃんは、唇を尖らせて首をすくめた。
可愛く言っても、ダメだ!!
ばーちゃんの登場で賑やかになったリビング。
俺はちゃっちゃとシャワーを浴びて。
「次、誰か入れよ。」
頭にタオルを乗せたまま言うと。
「あ、僕入るー。」
沙都が満足そうな顔をして手を上げた。
「…何食った?」
「ん?おはぎ。美味しくて二個も食べちゃった。」
沙都…
おまえ、カレーもおかわりしてたよな…
デブるぞ?
「これ作ったのよ?食べて食べて。」
ばーちゃんが、おはぎを箸で小さくして。
「華音、はい。あーん。」
「……」
家では…よく、こんな事をされる。
だが…外ではやるな。と言ってるのに…
マザコンならぬ、ババコンな俺。
当然、早乙女さんをはじめ…みんなが注目している。
「…外ではするなっつってんじゃん。」
目を細めて言うと。
「あっ。ごめーん♡」
「……」
仕方ない。
パクッ
うん。
美味いのは知ってたが、やっぱ美味い。
「どう?」
「美味いに決まってんじゃん。」
「もー♡可愛い孫♡」
「ははっ。恋人同士に見えてきた。」
曽根がそう言って笑って。
「ほんと?華音の隣に居ても大丈夫なぐらい若く見えちゃう?」
ばーちゃんが調子に乗る。
「おい…」
「いやー…噂に勝るおばあちゃん子だな。そう思うと、華音がむちゃくちゃ可愛く見えてきた。」
そう言って、早乙女さんが俺に抱きついて来た。
「いっ…な…何の嫌がらせですか。」
「俺、おばあちゃん子に弱いんだよ。」
「なんすか、それ。」
「さくらばあちゃん、僕、もう一つもらってもいい?」
「あらっ、まだ食べれるの?お腹大丈夫?」
「美味しかったから、明日の楽しみに…」
「おまえ、太っても知らねーぞ?」
わちゃわちゃと、テーブル周りが賑わってると…
「…華音。」
誰かに、呼ばれた。
この中で、俺を『華音』と呼ぶのは、ばーちゃんと早乙女さん。
だが、ばーちゃんの声じゃなかったし、早乙女さんはおはぎを口に入れて、俺の隣に居る。
「華音、俺にも一つ。」
ソファーに座ったままの本家様が。
俺の目を見て言った。
「……」
周りがみんな、少しだけ笑顔になった気がした。
…華音…な。
「あんたでもおはぎなんて食うんだな。海さん。」
俺は箸を手にして、おはぎを一つ取る。
「…呼び捨てでいい。」
「は?年上なのに?」
「おまえには、そうされたい。」
「……」
ばーちゃんが、肘で突いて来た。
まるで…
ほらね。
海さん、華音と友達になりたくなるって言ったでしょ?と言わんばかりだ。
「…ま、ダチに年は関係ねーか。」
俺は首をすくめてそう言うと。
「ほらよ、海。」
海の口元におはぎを持って行った。
「お…おい、大きいだろ。」
「口開けてねーからだよ。入るって。」
俺は海の膝にまたがって、体を固定して。
「いや、待て。そのサイズはむぁっ…!!」
左手で顔を固定して、おはぎを口に押し込んだ。
「あははは!!海くんが変な顔してるー。」
沙都が手を叩いて笑う。
「こっちの方が色男だ。」
早乙女さんが優しく笑った。
曽根はなぜかヤキモチをやいて、隣に来て口を開けて。
「キリ!!俺にも!!」
「バカか!!」
俺に、殴られた。
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