いつか出逢ったあなた 32nd
ヒカリ
第1話 「おはよー。」
〇二階堂紅美
「おはよー。」
ドアを開けると、ニコニコした沙都が立ってた。
「…何?」
「え?朝ごはん食べようよ。」
沙都は満面の笑みで、手に持ってる食糧らしき物が入ってる紙袋を見せる。
「自分とこで作んなよ…ふぁ…」
あたしはあくびをしながら、頭をガシガシと掻いた。
「えー。だって、ノンくんまだ寝てるし…」
「…あたしも寝てた。」
「沙也伽ちゃんは?」
「走りに行ってるんじゃない?」
「そっか。お邪魔しまーす。」
沙都はあたしについて入って来ると、テーブルに食材を並べて。
楽しそうにキッチンで料理を始めた。
あたし達DANGERは、このたび…四人そろって渡米した。
アメリカデビュー。
これが…あたし達に課せられた難題。
でも、絶対叶えてみせる。
渡米にあたって、あたし達には男女二人ずつに分かれての部屋が用意されてた。
これ、昔テレビで見た事あるなー。って思った。
『フレンズ』って海外ドラマ。
あれみたいな感じ。
ドア開けると、もういきなりキッチンとリビングが広がってて。
その奥に、あたしと沙也伽の個室がある。
お風呂とトイレもあって、日当たりのいいベランダもある。
階段を上がって、通路を挟んだお向かいの、同じ間取りに住んでる沙都とノンくんは。
なんだかんだと理由をつけては、寝る時以外はうちのリビングにいる。
…うっかり裸で歩けやしない…
「あたし、もうちょっと寝る。」
「えーっ!!一緒に食べようよ!!」
「…睡眠欲の勝ち。じゃ。」
パタン
沙都の可愛い声を無視して。
あたしはベッドに沈み込んだ。
ほぼ共同生活をする事になったわけだし。
約束事を作った。
『個室には、人を入れない、入らない』
標語みたいだ。
忘れ物を取りに行くとか、寝込んだ時の様子見とか、そういう特例以外では絶対守るって事で。
まあ…重要なのは、それぐらいかな。
渡米して二週間。
今の所…ドアの前で拗ねたような顔をするものの…沙都は我慢しまくっている。
アメリカ…
海くんのいる…アメリカ。
それだけで…あたしの気持ちは浮足立ってる気がする。
わっちゃんに…伝えてもらったから、あたしが渡米した事は知ってるはずだけど…きっと、海くんはあたしを避ける。
だから、偶然会うなんて事もあり得ないと思う。
…あたしから、動かない限りは。
「それにしても、きれいだったよね。沙也伽ちゃん。」
「沙都、欲しい物があっても自分で買うのよ?」
「もー…そんなんじゃないのに…」
「だったら、もうやめて。結婚式から二ヶ月は経ってんのに。」
ジョギングから帰って来た沙也伽に起こされて。
まだ30分は寝れるのに…なんて思いながら、テーブルについた。
沙都は、ちゃんと四人分の朝食を用意してくれてて。
あたし同様、寝てたはずのノンくんは…
「うん。美味い。沙都、腕あげたな。」
寝起きとは思えない、スッキリした顔で食べながら…沙都を褒めた。
「え?ほんと?」
「ああ。オムレツの焼き加減、サイコー。」
「嬉しいな~。もっとレシピ増やせるよう、頑張ろっと。」
そんな沙都とノンくんを見て。
「……」
あれ、おだててやらせちゃうやつだよね。
「……」
ノンくん、策略家。てか、鬼。
「……」
沙都単純過ぎ。
「……」
間違いない。
沙也伽と、目でそんな会話を…してるのかどうか分からないけど。
とにかく、顔を見合わせた。
「ごちそうさま。沙都、ありがと。美味しかった。」
そう言いながら立ち上がって、食器をシンクに運ぶ。
料理は当番制なはずなのに…気が付いたら沙都が一番頑張ってて、次が…やっぱ沙也伽かな。
あたしとノンくんは、のらりくらりと二人がしてくれるのを待ってる感じ…
その分、洗い物はするけどね…。
「さ、今日も張り切って行こー。」
アメリカに来て…沙都は、やたら元気だ。
それはまるで、あたしに、海くんの事を考えさせまいとしているのかと思うほど。
あたしのそばにいて、音楽以外の事も話して。
常に…あたしを笑顔にさせたがる。
沙都は可愛い。
本当に。
癒される。
「紅美、ソロの所のバッキング、パターン変えてくんないか。」
「うん。分かった。」
ノンくんは…常に音楽の話をする。
プライベートな事は、ほぼ話さない。
特に…こっちに来てからは。
このバンドの中で、ノンくんだけが何も知らない。
だから、あたしにとっては…それが反対にホッとできたりもする。
多少なりとも…沙也伽と沙都は過敏になってるけど。
ノンくんには、それがない。
以前、海くんとバッタリ出会ってしまってたような場所へも、平気でランチに誘う。
…楽だ。
「紅美、今日の帰りさ、ちょっと女子だけでお茶しない?」
「え?ああ…いいよ。」
沙也伽は…感動の結婚式からこっち。
本当に毎日、家に電話をしている。
その幸せそうな顔を見てると…本当、こっちも温かい気持ちになる。
希世と怪しいとは思ってたけど、まさか結婚に至るとは思わなかった。
あ、その前に妊娠か。
…妊娠…か。
海くんは、あたしの妊娠を知らなかった。
伝える前に…朝子ちゃんが海くんをかばって怪我をして。
海くんは…朝子ちゃんを選ぶ決断をした。
あたしは別れるのが嫌で…ヘヴンで知り合ったマキちゃんちに逃げて…
流産。
…隠してたつもりなのに…海くんにバレて…
手を握って泣かれた…。
胸が痛かった。
あの時…海くん、すごく葛藤したと思う。
責任だって…感じたと思う。
だけど、あの時一番ショックだったのは…
『朝子には…一人で立ち直れるほどの強さがない』
海くんに、あたしは強い女だって思われてた事かもしれない。
* * *
こっちに来て紹介されたプロデューサーは、グレイスという36歳の女性だった。
若いし女性だし…って、ちょっと面食らったけど…
彼女が手掛けたアーティストの名前を聞いて、納得した。
…全部、成功してる。
あたし達のデビューは…この、グレイスにかかってる。
一応、ちさ兄がビートランド一押しって事で紹介してくれてたから、グレイスも音源を聴いて…納得してからの…あたし達の渡米となった。
これから、こっちでも地味に知名度を上げるべく、あたし達はいくつかのライヴや、地元のローカルなラジオ番組に出演しなくてはならない。
「Deep Redもこういうのしてたのかな。」
ノンくんがスケジュール表を見ながら言った。
「じいちゃんが言うには、スカウトされて来たから、あまり下積みっぽい事はしてないって。」
「…本当に、世界のDeep Redだね…」
「ま、あたし達はあたし達のやり方で頑張ろ。」
まさか…
こんな夢を見るなんて思わなかった。
みんなとの楽しい時間が続けばいいなって。
あたしの夢は、そんな漠然とした物でしかなくて。
だけど…自分の生い立ちを知って苦しんだり。
慎太郎や、海くん…それに…沙都にもノンくんにも…恋と、恋じゃない何かと。
…あたし、自分で首絞めてるよね。
しっかりしなきゃ。
これは…みんなでなきゃ叶えられない夢。
…うん。
「もうクリスマスだねー。」
事務所の帰り。
約束通り、沙也伽とカフェに寄った。
当然、沙都はついて来たそうだったけど。
「女子トークに普通の顔して入ろうとするな。」
って、ノンくんに首根っこ掴まれて、引きずられて帰って行った。
「プレゼント送ったの?」
「うん。希世はいいって言ったけど、気持ちだからね。」
「確かに。」
街のあちこちにイルミネーション。
…海くんの部屋から、眺めた事があったっけ…
朝子ちゃんから、婚約解消を聞いて。
そして…温泉で海くんに会ってしまって…気持ちが膨らんだ。
海くんはあたしを拒絶したけど…あの時の別れに比べたら、苦しくもなんともなかった。
無理矢理気持ちを押し殺したあの時。
今は…想うぐらい自由だよね。
「あのさ。」
沙也伽がカプチーノの泡を口につけたまま顔を上げて、つい小さく笑ってしまう。
「笑った。」
「だって。」
「わざとよ。」
「……」
沙也伽はペロリと泡を舐めると。
「こっち来て…なんか、中途半端じゃない?」
真顔で言った。
「…え?」
「心ここに非ずって感じ。」
「どういう事?あたし、集中してやってるけど。」
少しムッとして答えると。
「ほんとに?小田切先生の事ばっか考えてない?」
沙也伽は…今までになく、厳しい声。
「……そりゃ…少しは考えるけど…ばっかって事はないよ。」
ドキドキした。
あたし…そんなに…態度にも出てる…?
「一年半しかないんだよ?」
沙也伽は指を組んで、あたしに顔を近付けた。
「…分かってる。」
「紅美は分かってないよ。」
「分かってるよ。」
「……」
つい、乱暴な口調になってしまった。
「…ごめん…」
小さく謝ると。
「…一年半しかないんだよ。毎日、そうやって考えてるだけなら、一日も早く会って進めば?」
沙也伽は、相変わらず真顔で言った。
「……は?」
「せっかく同じ街に来てるんだから、早いとこ決着つけなよ。」
「……」
「あんた、ただ好きで、それだけでいいって顔してない。」
「……」
「沙都のためにも、ノンくんのためにも、あんたが動いて…あんたが決めなきゃ。」
あたしは…この沙也伽の言葉に、電流が走ったみたいな気がした。
ただ好きで、それだけでいいって顔してない。
…そう…そうなのかもしれない…
朝子ちゃんとは終わった。
でも、海くんはだからってあたしを選ばない。
分かってる。
…そう、言い聞かせて…
だけど。
振り向かせるほどの愛を…あたし、持ってるんじゃないの…?
まだ、あの日の事、あの夜の事を思い出すだけで…海くんの事、愛しくてたまらないよね…?
あの浜辺で、海くんは…すごく冷たい声だった。
彼自身…もう、恋だの愛だの結婚だの…そんなのにはうんざりしてるかもしれない。
だけど、その気持ち…あたし、とかしてあげられないかな…
「そうだよね…あたし、二人に普通にしてても…それだけで思わせぶりになる事あるもんね…」
「あたしにも普通に見えるけど、沙都はどんな小さなことも見落とさないし、ノンくんはいいように解釈しちゃうからさー…」
「……」
沙也伽、よく見てるな…
「あたしさ…あんたが家出してる時に妊娠したじゃん?」
「うん…」
「身内以外で、初めて妊娠を話したのって…小田切先生…海くんだったんだよね。」
「え?」
それは…初めて聞く話だった。
希世のファンにいじめられて、学と沙都に助けられてたってのは聞いたけど…
「保健室で吐いてたあたしに『つわりか?』って、真顔で聞いてくるしさ。察しのいい男なのに…あんたの話聞いた時、なんで紅美の時には気付かなかったんだよ。って、ちょっとムカついた。」
「あー…あたし、まだつわりとかの段階じゃなかったしね…」
「…すごく、いい人だと思う。」
「……」
「だから…先生にも、自分の気持に正直になって欲しいって思う。」
海くん。って呼び方に、どうしても慣れないのか。
沙也伽は『先生』に戻した。
「…でさ。」
「ん?」
「前から気になってたんだけど。」
「うん。」
「先生、ヤクザなのにこっちで仕事って、何してんの?」
「……」
そ…そうか。
表向き、ヤクザ。
沙都は…知ってるけど…
「ごめん…これ、あたしからは言えないから…」
あたしがそう言うと。
「…ま、そうか。人の事だしね。」
沙也伽は首をすくめて…一応は納得してくれた。
いつかは…表向きヤクザって事も無くしていきたいって聞いたけど。
どうなんだろう。
「クリスマス、オフだよね。どうすんの?」
あたしが聞くと。
「ジャンクな物買って、部屋でスカイプ三昧。」
沙也伽は楽しそうにそう言った。
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