第10話 「着いた。」

 〇朝霧沙也伽


「着いた。」


 それまで無言だった希世。

 車を停めると、あたしの手を引いて…建物の中に入っていって…


「…えっ?」


「さ、どうぞ。」


 いきなり…あたしは女の人達に手を引かれて…


「え?え?希世?」


 振り向くと、希世は静かに笑いながら手を振ってる。


 えー!?


 広い部屋につれて行かれて、服を脱がされて…

 ……白いドレスを…着せられた。


「…えと……これって…」


 あたしは放心状態。

 これって…これって…



 髪の毛も手早くセットされて、頭の上に花の冠が飾られた時は…ちょっと涙が出そうだった。


 可愛い…

 あたし…本当は、こういうの好きなのかも…って。



 初めて紅美に会った時。

 紅美のカッコよさに魅かれた。

 それであたしも…可愛い物を着るのはやめた。

 だけど、カッコいい紅美にはカッコいい物が似合ってるけど。

 あたしには…とうてい似合わない。


 心の奥底で、可愛い物が好きなのに蓋をして。

 紅美の隣に居るために、無理してたのかな。



 希世…今日、あたしと結婚式しようって思ってたの?

 こんなの、ずるいよ。

 ちゃんと言ってくれてたら、あたしだって…何か…色々…


 ……廉斗の名前さえ考えてなかったあたしが。

 結婚式だからって、何か考えるはずもないか…。

 希世、あたしをよく分かってる…。



「さ、式場に行きましょう。」


 付き添いの人に言われて部屋を出ると。


「…沙也伽…」


 えっ!?


「と…父さん!!母さんも!?」


 廊下に、親がいるし!!


「…きれいだよ…すごく…可愛い…」


 もう、お父さんはダム決壊。

 これ…号泣ってやつだよ…


「ちょ…ちょっと、そんなに…」


「うっうっ…」


「沙也伽、すごくきれいよ…母さん、胸がいっぱい。」


「……」


 希世…親まで呼んでくれたなんて…

 ちくしょー…

 泣きそうじゃんか!!



 付き添いの人に促されて。

 あたしは…父さんと腕を組んで式場の入り口に立つ。

 母さんは、一足先に中へ、って連れて行かれた。



 バージンロードを歩いて、神父さんの前に行く。って簡単な説明。

 中で、希世はどんな顔して待ってるんだろ…

 そう思うだけで、ちょっと笑えた。


 …緊張しなきゃダメ?

 でも…何だか笑えた。



「さ、行きますよ。」


 そう言って大きな木のドアが開いて…


「………え…」


 中には…


「おめでとう!!」


「沙也伽、きれいよ!!」


 な…何これ…

 紅美に沙都にノンくんに…

 DEEBEEの面々もいて、朝霧家のみんなもいて…

 それだけじゃない…

 F'sの人や…SHE'S-HE'Sのみなさんもいるし…

 世界のDeep Redもいるし…



 あたしは、目を丸くしたまま…父さんとバージンロードを歩いて。

 母さんの隣に…聖子さんの姿が見えて。

 ちょっと涙ぐんだ。


 その先に…

 白いタキシード姿の希世がいる…。


 …何よ。

 カッコいいじゃないのよ…。



 ……バカ…。



「…希世くん…改めて、沙也伽を…よろしく頼むよ。」


 父さんがそう言って、あたしの手を希世に託した。


「はい。任せて下さい。」


 希世のその言葉に…あたしの涙腺は崩壊。

 バカじゃない…?

 こんなの…反則じゃんか!!



「…馬子にも衣装だな。」


 希世が、ハンカチであたしの涙を拭いながら、小さくつぶやく。


「…るさい…」



 誓いの言葉なんて…耳に入らなかった。

 ただ、誓いますって繰り返し言ったのしか覚えてない。

 希世…

 いつ、こんなの思いついたの?

 あたしを、アメリカに行かせなかったから?

 ずるいよ…


 こんなのされたら…

 まあいっか…って言っちゃいそうじゃない…



「新婦沙也伽はアメリカに行っても、新郎希世の事、息子廉斗を変わらず愛し、毎日連絡する事を誓いますか?」


「…は?」


「は?じゃねーよ。そこは誓います。だろ?」


「…ち…誓います…」


 え?

 何…?

 どういう事…?



「新郎希世は、新婦沙也伽がアメリカに行っても、浮気をせず、毎日沙也伽を想い続け、廉斗の育児に励む事を誓いますか?」


「……」


「…何で黙るのよ。」


「誓います。」


 アメリカ…って…


「では、誓いのキスを。」


 あたしのパニックになった頭に、それは…またパニックを呼んだ。

 ……こんな、公衆の面前で!?



 やだよ!!


 いーじゃん。やろうぜ。


 やだ!!


 一生に一回だって。


 やだー!!



 あたし達が体を押したり引いたりしながら、目で会話してると。



「早くやれ。」


 後ろから、お義父さんの声。

 それを聞いた希世は…


「ほら。」


 満面の笑みで…

 あたしの腰に手を回したかと思うと。


「んっ…」


 かなり強引に…唇を奪った。



 そのまま…パーティーが始まった。

 あたしはいまだに…夢を見てるようなって言うか…

 騙されてる感じって言うか…



「いいだろ、それ。俺が作ったんだぜ?」


 あたしの頭に乗ってる花の冠を指差して、ノンくんが言った。


「えっ!!ノンくん、こういうの作れちゃうの!?」


「お花のお家の子ですから~。」


 紅美がからかうようにそう言って。


「うるさい。」


「あたっ。」


 ノンくんに額を叩かれた。



「沙也伽ちゃん、本当…すごくきれいだよ。僕、泣いちゃった。」


 そう言って、可愛い義弟の沙都はあたしの手を握った。


「沙都…色々ありがと…」



 今日の計画は…マッハの速さで行われたそうで。

 朝霧家の向かいにある、七生家。

 そこが…母さんの実家だなんて。

 あたしは、知らなかった。


 母さん、里帰りなんて一度もしなかったし、親の話も聞いた事がない。

 それこそ…

 聖子さんと疎遠な事ぐらいしか知らなかった。


 彰に、何で教えてくれなかったのって聞いたら。


「母親同士が険悪なの分かってたし、それに普通知ってるって思うだろ。」


 …ごもっとも。



 だけど今日は…おばあちゃんも来てる。

 七生頼子さん。


「…向かいにお嫁に来てるのに、祖母だと名乗らなくてごめんなさいね。」


 それには…色々理由があったのだと聞かされた。

 その全てが、あたしにとっては…まあ…関係ないって言っちゃ悪いけど…

 大人には色々あるんだな。って、ひとまとめした。


 でも、あたしと希世の結婚で…わだかまりが、ゼロとは言わなくても…

 歩み寄れるぐらいになれたなら…いいのかな。


 そして、今日あたしが着てるドレスは…昔、母さんがデザインした物だと聞いた。

 母さんがデザイナーの卵だったなんて、ビックリ!!



「ひでーな。俺、モデルやってんのに知らなかった。ちゃんと孫を上手く使えよ。」


 兄貴は…たぶん初対面であろうおばあちゃんに、そう言って突っかかった。

 確かにね。

 …身内なんだから。



「希世、やるね。」


 紅美があたしの隣に来て言った。


「…夢みたい。」


「アメリカ、楽しみだね。」


「…みんな知ってたの?」


「うん。」


「だから…ダメになったって言われても、ヘラヘラしてたの?」


「あれっ、ヘラヘラしてた?必死で隠してたつもりなんだけどな~。嬉し過ぎて隠しきれてなかったか。」


 紅美が笑う。



 …父さんから聞いた。

 希世が。


「この店、少しの間誰かに任せて、沙也伽と一緒にアメリカに行きませんか?」


 って。

 まさか、そんな事は無理だ。って思ったみたいだけど…

 ビートランド所属のアーティストの身内は…結構な器用人揃いで。

 そして、希世曰く、暇人揃いで。


「カフェのバイト?やるやる。」


 お義母さんまでが名乗り出てくれて。

 伯父さんとこの身内も総出でフォローするって事になって。


「一カ月、お言葉に甘えてみようかなと思って。」


 父さんと母さんは、少し落ち着いたら。

 あたし達DANGERを追って、渡米することになった。



 …あたし、幸せだな…。

 あたしだけじゃなくて、あたしの家族までも大事にしてくれる希世。

 学生の頃は、こんな事になるなんて思いもよらなかった。



 一年半。

 ほんっとに…

 浮気すんなよ?


 そして…希世も。

 五カ月連続リリースと…ミリオン達成に向けて。

 頑張れ。



 あたし達は、夫婦で、ライバルで…最強の家族だね。



 希世。



 ありがと。



 行って来ます。




 …愛してる…。




 31st 完

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いつか出逢ったあなた 31st ヒカリ @gogohikari

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