第8話 「か…可愛い…」

 〇朝霧沙也伽


「か…可愛い…」


 目の前で…お義父さんがメロメロになってる。

 あたしは、そんなお義父さんにキュンキュンしてしまった。

 お義父さんとお義母さんは、初孫にメロメロ。



「瑠歌、もう一人…」


「もう。冗談でしょ。」


 目の前で惚気られた。

 お義父さんの意外な面を見た感じ…



 8月。

 あたしは…元気な男の子を出産した。

 苦しかったし辛かったけど、産まれてきた我が子を見ると、そんなのは吹っ飛んだ。

 希世は国内ツアーとかもあってすぐには来れなかったけど。

 それでも翌日。


「二時間ぐらいしか居られないんだけど…」


 って言いながら駆け付けてくれて。


「名前なんだけどさ…」


 考えてたの!?ってビックリした。

 …あたし、健康を保つ事と、出産に対する夢と希望と不安と不安と不安で…いっぱいいっぱいになってて。

 ベビー用品は、あたしより張り切ってたコノちゃんがお義母さんやうちの母さんと買いに行ってくれて。

 な…名前…産まれてからでいいかな…ぐらいで…



「廉斗ってどうかな。」


「…れんと?」


「うん。うちのさ…母さん方のじいさんなんだけど。」


「うん…」


「若くして、事故で亡くなったんだけど…」


「あ…もしかして、事務所の4階にあるプレートの人?」


 事務所の4階の壁に、小さなプレートが埋め込んである。


 丹野廉。


 FACEのボーカルで、29歳で亡くなった人。


 そっか…

 いつだったか、沙都が言ってたっけ。

 おじいちゃんなんだー。って。



「色んな理由があったんだと思うんだけどさ…」


 希世は静かに話し始めた。


「ばあちゃんや沙也伽の親父さん…そして、その廉じいさん…すげー楽しい仲間だったのに、卒業してバラバラになって、色んな事があって…もう元には戻れないってぐらいに離れてしまったんだってさ。」


「……」


「だけど、もう一度、どうにかしてみんなで集まりたいって…沙也伽の親父さんもそうだったし、廉じいさんも思ってた。」


 …父さんは…学生時代の話をしない。

 もう、大昔だから忘れたよ。って笑う。

 だけど…小さな頃、見た覚えがある。

 制服を着た父さん。

 その写真には…大勢の仲間がいた。



「ばあちゃんは、もう死んだはずの廉じいさんが、みんなが集まるキッカケを作ってくれたって言ってた。」


『廉じいさん』の話をする希世は…何だか、ちょっと優しい顔。

 会った事なんてないはずなのに、すごく想ってる気がする。



「…うん。廉斗にしよ。」


 あたしは希世にそう答える。


「いいのか?」


「だって…そんなに偉大な人の名前をもらったら、いくらいい加減なあたし達の子供でも、すごく立派になっちゃうかもだし。」


「何だよ、その納得の仕方。」


「ふふっ。」


「…沙也伽。」


「ん?」


「お疲れさん。」


「…うん。」


「ありがと。」


「……」


 希世にそう言われて…涙が出た。

 あたしは基本…前しか向いてないと思う。

 だけど、妊娠中…何度か後ろを向いた。

 すごく辛かった。


「…親父になった事だし…、俺、頑張るから。」


 ベッドの脇に座った希世は、あたしの頭を撫でて。


「おまえも、早く復帰できるといいな。」


 額にキスしてくれた。



 * * *


 〇朝霧光史


 初孫が産まれて、気付いたら毎日病院に顔を出してしまってる。

 父親である希世でさえ、まだ一度しか会ってないのに。



「飲むか?」


「じゃあ、少しだけ。」


 今日は…見舞い帰りに、一人で宇野家に寄った。



「光史、ご飯も食べる?」


「いや、それは帰って食べる。最近家で食べてないから。」


「あら、いい旦那さんね。」


 愛さんの言葉に、少しだけ首をすくめた。



 俺と愛さんは、幼馴染だ。

 うちの向かいにある七生家。

 三代に渡り、ファッションデザイナーとして七生ブランドを盛り上げて来た七生家。

 愛さんは、そこの長女。



 ただ、幼馴染と言っても…

 俺は7歳までアメリカにいたから、愛さんと顔を合わせていたのはほんの三年ぐらいか…。


 六つ年上の愛さんは、高校生になるとイギリスに留学したし。

 帰って来てからも、本宅には戻らずどこかのマンションにいたみたいだし。


 七生家には、愛さんの他に…長男の健くん、次男の真実くん、次女の聖子っていうラインナップ。

 なぜか高校に入る頃になると、みんな留学を決めてしまう七生家で、唯一結婚するまで家に居た聖子が『一人っ子』だと思われていた。


 そして…その愛さんのご主人である誠司さんは。

 うちの母さんの同級生だ。

 高校時代は同じクラスにもなった事があって、よくつるんでいたらしい。

 そして、卒業後は、お兄さんが経営されていたダリアを手伝い…俺と、瑠歌を引き合わせた。


 その誠司さんは…愛さんのお母さん、頼子さんとも同級生で。

 本来、宇野家、七生家、朝霧家は…もっと密な関係にあってもよさそうなもんだが。

 実は、宇野家と七生家は絶縁状態。


 と言うのも…

 愛さんには、婚約者がいた。


 七生ブランドを背負っていくに相応しい人物だと聞いた事がある。

 愛さんもデザイナーとしての将来を約束されていたような物なのに…父親である陽世里さんが、倒れた。

 そして、目を覚ますことなく…今も眠り続けている。


 陽世里さんは、俺が所属しているビートランドの会長の高原さんの弟さんで。

 高原さんは陽世里さんのために、医者を探したりしたが…努力は報われず、陽世里さんは今も眠ったまま。


 その間に、愛さんは婚約を破棄し、畑違いの誠司さんの所へ。

 …表向きは…祝福されての結婚。と言う事になっているが…

 愛さんが宇野家に嫁いだ後、頼子さんが背負った物は大きすぎた。

 今でこそ、健くんと真実くんがそれぞれ服飾と建築のデザイナーとして七生を盛り返したが…

 頼子さんの苦労を思うと、健くんも真実くんも…愛さんの存在は、なかった事にしているようだ。



 だけど、俺としては、切っても切れない縁と思える宇野家だが。

 なぜか…誠司さんも愛さんも。

 あまり、人付き合いをしない。


 店に客として行くには何も言われないが。

 プライベートな話は嫌がられた。


 避けられてる。

 そう思ってからは…俺も自然とダリアに足を運ばなくなった。

 瑠歌も…そうだった。

 だから、俺達が実は近い関係だなんて…子供達は誰も知らない。



 だけど、希世が沙也伽ちゃんと結婚して。

 親戚になったわけだし…ハッキリしたい気がした。

 どうして、避けられてるのか。


 と、意気込んで来たものの…二人はすごく普通だった。

 でも…聞いておこうと思った。



「懐かしいな。光史が瑠歌を連れて帰った日。」


 誠司さんがビールを飲みながら言った。

 …このタイミングしかない。



「…俺は…あれから家族ぐるみの付き合いをって思ってたのに、どうして…俺達を避けたんですか?」


「……」


「……」


 俺の問いかけに、誠司さんと愛さんは、顔を見合せた。



「まあ…もう…時効かな…」


 誠司さんが、ポツリと話し始めた。


「瑠歌の母親は…廉の事をとても愛してたが…自分は愛されてないと思ってた。」


「…それは、瑠歌から聞きました。瑠歌の名前が…おふくろの瑠音って名前から取った物だと…」


「俺もそう思ってた。だから…ずっと、るーを好きだった廉の想いを…どこかで繋げてやりたくて、瑠歌を光史と…って思ってたんだが…」


 そこからの話は…少し、不思議な話だった。


「おまえと瑠歌の結婚が決まった後…店でFACEのCDを流してたらさ…」


 一人の女性客が、じっ…と、その曲を聴いて。


「このバンド…」


「知ってますか?俺の友人のバンドなんですよ。」


 誠司さんは、その客に笑顔で答えた。

 すると…


「あたし…このボーカルの人から、話を聞きました。」


 とんでもない事を言った。

 誠司さんは。


「え?廉の…知り合い?」


 目を丸くして問いかけたそうだが。


「…名前は…思い出せないけど…宝石店で、彼女に指輪を…」


 それは、思い当たり過ぎた。

 丹野さんが、瑠歌の母親であるダイアナに指輪を残した時だ。


「彼女が…この人の声を聞いた時に、『あなたの声は瑠璃色みたい』って言ったから…娘さんの名前は『瑠歌』にした…って。」


「え…き…君は…その話をどこで…?」


「…どこだろう…でも…この声の人に聞きました。それで、誰かに…彼女と娘さんを紹介するって…」



「……」


 俺は、ポカンとしてその話を聞いた。


「女性ですか?」


「ああ。」


「いくつぐらいの?」


「20代後半ぐらいだったかな…」


 …誰だろう…



「それで…?それで、俺達を避けてたんですか?」


 俺が食い下がると。


「…廉は、ちゃんと瑠歌の母親を愛してた。なのに…勝手な思い込みと…自分本位な理由で…光史と瑠歌を引き合わせた。」


 誠司さんは…小さく頭を下げて。


「…すまなかった…。会ったことはないが、ダイアナにも申し訳なくて…」


 つぶやいた。


「何言ってるんですか。キッカケはどうであれ、俺は…俺達は、すごく幸せなんです。」


「……」


「その話…ちゃんと瑠歌にもしておきますから。」


「すまない…」


「むしろ…謝らなきゃいけないのは…俺ですよ。沙也伽ちゃんを…」


「…光史の息子なら、間違いはないだろ。」


「間違いがあったから、こうなったんですよ。希世の奴…。」


 だけど。と、俺は思う。


「…立て続けに三人作ってしまって…おかげで長男の希世には…あまり手を掛けなかったかもしれません。」


 誠司さんは、優しい顔をしてくれてる。


 よく、メンバー達とダリアに集まっていた事や、陸と二人で飲みに来ていたのを思い出した。



「三人立て続けか…意外と節操なしだな。」


「…親父からの遺伝ですね。それがまた希世に…」


「ははっ。朝霧家はヤンチャだなあ。」



 それからは…和やかに話せて。

 俺としては…これから、ちゃんとした親戚付き合いをしていきたいと思った。

 …今までの分も。



 それにしても…


 丹野さんのエピソードを知る人物…



 誰だ?




 * * *


 〇朝霧沙也伽


 廉斗が生まれてからは…

 もう、あたしの気持は廉斗にまっしぐら!!

 廉斗が可愛くて仕方ない~!!

 だけど、仕事も大好き!!

 あたしの生活、本当に充実してる!!



 それからは、紅美がジェシー・エマーソンの最後のアルバムに抜擢されて渡米したり…

 そこでまさかの大恋愛(しかも相手が小田切先生)をして…それに破れて帰って来たり…

 事務所を上げての大イベント第一弾、藤堂周子トリビュートがめっちゃタイトなスケジュールで進められたり…

 夏には、涙涙の感動大大大イベント、BEAT-LAND Live aliveが開催されたり…


 ざっと駆け足で言うと、こんな感じだった。


 あ、あと…

 ノンくんが変なゴシップ記事に叩かれて、ちょっと紅美と盛り上がってたり…

 それを沙都がモヤモヤしながら行くのか行かないのか…みたいな。


 それをまたあたしが、モヤモヤしながら見守ってたりして。

 あたしとしては、義弟頑張れ!!だけど。

 ノンくんもいい男だから…

 結局は、どっちも頑張れ!!って思う。

 そして、負けても恨みっこなしよ!!って。


 ま、紅美がこの二人じゃない人を選べば問題ないんだろうけどなー。


 バンド、楽しいからさ…

 もめてほしくないなー。

 って、本気で心配してるよ?


 軽そうだけど。

 ふふっ。



 そんなあたし達に…

 アメリカデビューの話が持ちあがった。

 もちろん、みんな大盛り上がり!!

 朝霧家は、みんな応援してくれた!!



 ……希世以外は。



「おまえは母親なんだぞ?」


 希世にそう言われて…あたし、かなり落ちた。

 母親だよ!!

 母親だけど…夢持っちゃいけないの!?

 そりゃ、ちょっとやそっとの距離じゃないけどさ!!

 だけど、一年半…帰れる時は帰って来るし!!

 電話も、スカイプだってあるじゃん!!


 Live aliveの前夜に…初めて『愛してる』って言ってくれた。

 あたし…すごく嬉しかった。

 あたしも、希世の事…愛してる…って思えたのに…


 もう、一気に冷める勢い!!

 何なの!!

 応援してくれたっていいじゃない!!


 希世に…

 希世に、一番応援して欲しかったのに!!


 …あたしの事、妬んでんじゃないのー!?


 あたしのせいで、DANGERがアメリカデビューできないなら…

 あたしは、脱退する。

 そう決めてたけど…


 あたし、やっぱり…諦められない。


 これ以上反対されるなら…離婚する。

 そう…覚悟したかったけど…


 やっぱり、希世の事…大事…


 あたしは、毎日泣くしかなかった。

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