碧い空の下で
正保院 左京
第1話
今から一ヶ月前。俺の家に幼女がやってきた。それに伴って生活に幼女が加わった。それと共に、俺の好き勝手グータラ生活は音を立てて崩れて行った。
幼女を引き取ったので、これから二人暮らしします。
それは太陽がジリジリと照りつける、二十歳の夏だった。
俺は高三で大学受験に滑った。好きな女子には振られた。そんな事から全てが嫌になった俺は浪人も就職もせず、只実家に引き籠った。こんな事が許されるだなんて思った事は無いが、そんな生活が実に一年と少し続いてしまっていた。
元々六つ上の姉と二人暮らしだった俺は、姉が高校を出て大学へ行ってからはこの片田舎にある古民家で一人で暮らしている。生まれ育った愛着のあるこの家も、遂には住人が一人となってしまった。
そしてめでたく姉は大学を出て警察官になってからは、月いくらかの仕送りを貰いつつ生活していた。
所謂俺は穀潰し。タダ飯ぐらいの役立たず。そう云われてもおかしくはなかった。
こんなんで来年に控えた成人式に出れるのだろうか。友達は皆働いたり、家業を継いだり、進学したり、中には既に母親になった奴までいる。しかし俺は何処にも当てはまらない。就職もせず、だからと云って進学もしない。お母さんにもならず…いや、それは根本的に有り得ないか。
これで堂々と同級生の前に顔を出せるだろうかと思った時、俺は人生の行き詰まりを感じた。
そんな時だった。
鈴虫の声が心地よい、ある涼しい晩の事。今でも覚えている。平成三十二年七月三十一日金曜日の午後六時ごろだ。
突然携帯が鳴ったかと思うと、画面に表示された僅か七文字が目に飛び込んできた。
『今から帰ります』
「ハァ?姉貴の野郎っ!帰るなら帰るって云っとけよ」
俺は慌てて晩御飯を増量する為に、台所へ降りて行った。
土間へ降りて、突っ掛けを履いた時、もう一度携帯が鳴った。
『三人分追加で宜しく~』
「さっ、三人分?」
俺は首を傾げた。俺の姉は一人しか居ない。あと二人が全く分からない。俺には立った一人の姉以外に家族が居ないので、親類は有り得ない。友達か?仕事の上司?それとも交際相手とその親?
そんな推測をしながら慌てて多めに具材を切り、鍋に投入する。カレーならいくら増えても大丈夫だろう。と俺は思っていた。
カレールゥを入れようとした時、もう一度着信。
『カレーは甘口で』
俺の姉はいったい何者なのだろうか。何故今俺がカレーを作ろうとしている事が分かるのか。隠しカメラでもあるのだろうか。
しかし、どうであろうとこの家にあるカレールゥは辛口しかない。しかし、姉の金で生活している以上、姉の命令には従わなくてはならなかった。俺は家を飛び出し、近所の商店で甘口のカレールゥを買って帰った。
やがて鍋一杯の甘口カレーが出来上がった頃、誰かが玄関の戸を叩いた。
「はいはい。どちら様?」
どうせ姉だろうと思った俺は、自分で開けろよと思いつつ玄関の硝子戸を引いた。
「こんばんは。
目の前には少し年上の綺麗な女性が立っていた。女物のスーツを着込み、長い茶髪はストレートカール。ほんのりと甘い香りを放つ彼女はこちらへ微笑んで来る。
「どっ、どちら様…ですか?」
「私は―」
「セールスなら結構です」
女性は何か話しかけようとしたが、何かのセールスかと思った俺は、ピシャリと玄関の戸を閉じた。
「まっ、待って!話を聞いて!」
女性は戸の向こうでそう訴えかける。もう一度戸を開けようとしてきたので、俺は必死になって戸を抑えた。直ぐに鍵を掛けれれば良いものの、何分古い家だからよくある引き戸錠ではなく、古めかしい
それにしても、力強すぎじゃないか!?あの
「どうせセールスなんだろう?女の色香で騙そうったって、そうは行かねーよ」
「違う!違うよ!私は商社からじゃなくて、児童相談所から来たの」
「え?児童相談所!?」
あまりの驚きでつい手が滑ってしまい、戸は勢い良く開いた。
「はぁっ…はぁっ…児童相談所から来ました。
女性はやけに色っぽく息を切らしながら名刺を差し出した。
「清水寺に清水に、初春の令月にして、氣淑く風和ぎ、梅は鏡前の粉を披き、蘭は
この自己紹介…全くわからん。清水寺はわかる。後半の初春の令月にして、氣淑く風和ぎ、梅は鏡前の粉を披き、蘭は
「それで?何の用ですか?ウチは虐待していませんよ?」
「ふふっ。それ、虐待する親の常套手段なんですよ?」
「はっ、はぁ?うちに子供はいませんよ?てか俺まだ19だし、なったばっかりだし」
俺はあまりの驚きで取り乱してしまったが、全く身に覚えがない。俺は独身どころか彼女すら居ないだから、子供なんているわけがなかった。
「そんな事はわかってるのよ。主税」
そんな聞き慣れた声がしたかと思うと、清水さんの影から一人の女性が顔をだした。
「あっ、姉貴!」
そう。それは俺の実の姉、県警所属の鞍馬薬香婦警、その人だった。
「ん〜いい匂い。カレーはできた?」
「姉貴。これどう云うことだよ。俺は子供を虐待なんかしてないぞ?」
「(。ŏ﹏ŏ)」
「顔文字で示されてもわからんぞ」
「主税。どうやら勘違いをしているみたいね。これは婦警の勘よ!」
「主婦の勘!みたいに云うなよ。事件がおきるだろうが」
こんな閑静な田舎で事件なんて起こされたらたまったもんじゃない。
「あっはははっ。ごめんごめん」
そんなに面白いか?
「それで?この
「
「ああ。ごめんなさい。
「だから、きよみずですって!」
彼女はそう叫んだ。必死さが伺える。
「主税〜。駄目よ?いくら令和が可愛いからって虐めちゃ」
「かっ、可愛い!?」
令和さんはとても恥ずかしげにそう云った。そんな過敏に反応しなくても…
「それで?何の用なんだよ」
すると令和さんはコホンと咳払いした。
「主税くん。君は今日からこの子と暮らしてもらうわ」
「は?」
突然の事に俺は何も云えなかった。
「この子よ」
そう云って前に連れ出されたのは、一人の幼女だった。
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