ランウェイ(ピカード艦長と同じように、私の目にも見えた5つ目のライト)

モデル事務所に所属していた頃、ランウェイを歩いたことがある。

仕事の依頼ではなく、オーディションでもなく、ただの求人のアルバイトだった。

誰でもできるというわけではなかったけど、採用された。

私がランウェイを歩いたのは、生涯で、この1回だけだった。


正直、バイト感覚で軽い気持ちでいたけど、いざ、フタを開けてみたら、ガチだった。

責任者の演出家が拷問官みたいな奴だった。

当時、こんな奴はゴロゴロいたけど、今はどうなんだろうか……。

別に、私だけが被害者だったわけではないけど、怒鳴られたり、蹴られたり……、まぁ、当時の社会人の上下関係なんて、どこでもこんな感じなんだろうけど……、とにかく酷かった。

本当は、すぐに辞めたかったけど、当時の時代背景では『逃げる』という選択肢は取りづらかった。

『最後までやり遂げなければならない』という妙な空気感があった。


ウォーキングはそれほどでもなかったけど、ポージングはアホみたいに怒られた。

ランウェイの先端では、4方向からの巨大な4つのライトに照らされる。

そのとき、ある海外ドラマのワンシーンに似た、奇妙な感覚に襲われた。

ドラマのタイトルは『スタートレック』だ。

随分昔から続く、人気ドラマシリーズの2作目だったと思う。

私が似たような経験をしたのは、そのシリーズの第137話 "Chain of Command, Part II" 「戦闘種族カーデシア星人(後編)」のワンシーンだ。


『異星人の秘密基地に潜入したピカード艦長。しかし、見つかって捕らえられてしまう。拷問装置に身体を固定され、そこで激しい拷問を受ける。ピカード艦長に対して、拷問官が4つのライトを点灯させ、「ライトは幾つだ?」と聞く。ピカード艦長が「4つだ!」と答えると拷問官は「5つだ!」と言って拷問装置のスイッチを入れて身体に激痛を与える。それがただ長期間、繰り返されるという内容だった。最後は「ライトの数さえ正直に言えば解放してやる」みたいな前置きがあって拷問をしていたが、ピカード艦長は最後の最後まで「ライトは4つだ!」と言い続けた。救出後、「もう少しでライトが5つあると言ってしまうところだった。そのとき、私の目には本当に見えたのだよ、5つ目のライトが……」というセリフを残してその回は終わっている』


私も当時、ランウェイの舞台裏で、似たような精神状態にあった。

そもそも、根暗、無口、真面目、臆病、対人恐怖、優柔不断、性悪……の性格を変えるために、出たトコ勝負を繰り返していた頃だったので、本来の性格とは真逆の仕事ばかりをやっていた。

当然、付いていけないし、精神的なストレスもとんでもないレベルだった。

外見を手術で整形、性格を大量の薬を使って整形……、それプラス、こういう仕事をしていたので、もともと不安定だった。

ランウェイでは爽やかな笑顔を作り、舞台裏では拷問(捕虜というか、奴隷というか……)をされる感じだったので、繰り返しているうちに、奇妙な精神状態になっていた。

本番当日、私にも見えたんだよ。

ランウェイの先端で、ハッキリと見えたんだ……、存在するはずのない5つ目のライトが……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る