SSRI

その日、たまたま、その放送を見ていた。

1996年放送のNHKスペシャル『脳内薬品が心を操る』である。

私の人生の中で、これほどまでに衝撃を受けた番組はない。

今まで、人が残忍に殺される動画は山のように見たけど、あれを超える衝撃とはまだ出会っていない。

当時の時代背景も、それを後押ししたと思う。

まだ、パソコンや携帯電話は、それほど出回っていなかった。

メール機能のある携帯なんて、まだ発売すらされていなかったと記憶している。

初めて携帯電話を買ったのが1997年だから、その前となると、もう本当に昭和の延長戦みたいな時代だったと思う。

情報は、新聞・雑誌・テレビ・ラジオでしか手に入らなかった。

そんな時代に、それを見たから衝撃だったのだろう。


あれから何十年が経過しただろうか……、私が覚えているキーワードで動画検索をかけてみた。

『NHKスペシャル』『SSRI』『キャスパー』『薬』

なんと、当時の放送がそのまま動画サイトにアップされていて、びっくり……。

私はこの放送と出会ってなかったら、21世紀を迎える前にこの世を去っていた可能性があったので、いろいろと想うことがある。

それほどまでに大きな衝撃だった。


『薬で性格を変えられる』


そんなことが可能なのか?と、当時、強烈すぎるインパクトだった。

あの時代、まだ海外情報は乏しかった。

放送後、すぐにアメリカからSSRIプロザックを個人輸入した。

SSRIプロザックを飲んだ人ならわかると思うけど、薬を飲んだあと、頭の中が焼けているような感覚、または、熱くなっているような感覚が得られた。

飲み始めてから数か月で、性格が激変したのがわかった。

社会に出るのは厳しいと思っていたけど、気がついたらモデル事務所と契約して、人前に出る仕事をしている。

いったい誰だ?こいつは誰だ?と、自分が自分じゃないみたいだった。

これは単なる出たトコ勝負とは違う。

空元気からげんきのように作った自分・演じた自分では長続きしないし、負荷が一定の水準を超えると、精神がクラッシュしてしまう。

もし、作った自分・演じた自分が継続できて、自分の性格を変えられたと思っている奴がいるのなら、それは、もともとそういう人間だったというだけ……。

そうでなければ、必ず、私と同じように途中でぶっ壊れる。


アメリカの薬は、本当に、違う自分に自分を変えてしまった。

効果が得られる分、突然死する人が多いのも実感としてわかった気がする。

この手の薬は、飲み続けないと効果が得られないし、飲むのを止めてしまうと元に戻ってしまう。

私の場合も、キャスパーさん同様、元に戻ってしまった。

SSRIプロザックは10年以上使った。

やがて、私は、本当の自分と、薬で作り上げた自分との境界線が崩れてしまい、多重人格障害を引き起こしてしまう。

顔も、性格も整形したのに、根っこから違う自分に生まれ変わることはできなかった。

終わってみれば、当初の予定通り、家族なし、友人なし、恋人なし、結婚なし、子供なしの、1回きりの人生だった。

私の中で、『人の一生は、生まれる前に全て決まる』という定義が出来上がった。

日本の薬は、睡眠薬以外、全く効果がないので、無意味である。

『性格を変える』『違う自分になる』という強い想いは、私の人生では大きな賭けだった。

結局、それは幻でしかなかったけど……。

何十年ぶりにあの放送を見て、あのとき感じた希望を思い出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る