236 幕臣取り立て

 ついに新しい屯所が出来上がり、さっそく十五日に引っ越すことが決まった。

 そして、引っ越しを数日後に控えた今日、六月十日は、何と新選組総員の幕臣取り立てが決定した。

 といっても、正式な通達は後日。ひとまずは内示があり、たった今、広間にて隊士たちにも伝えられたのだった。


 局長の近藤さんは見廻組与頭格みまわりぐみくみがしらかく、副長の土方さんは見廻組肝煎格みまわりぐみきもいりかくと、役職によりそれぞれ格が違うらしく、局長の近藤さんだけはいわゆる旗本という身分で御目見おめみえ以上、つまり将軍に謁見することができるらしい。


 部屋へ戻ってきた土方さんは、文机へ向かうなり詳細が記されているという書状を再び広げ出す。

 そんな背中に向かって声をかけた。


「夢が叶いましたね」

「ああ。これで俺たちも、自他ともに認める武士になるんだな」

「おめでとうございます」


 ふと、会津藩士だった柴さんの葬儀の日を思い出した。


 ――武士よりも武士らしく……あいつに恥じねぇように生きねぇとな――


 悲しみに暮れながらもそんなことを言っていたっけ。

 今の土方さんならきっと、胸を張って言えるんじゃないのかな……と私まで少し嬉しく思うのだった。




 そんな知らせから二日後。

 幕臣になりたくないという理由で十名もの隊士が脱走した。それどころか、伊東さん率いる御陵衛士への合流を図ったらしい。


 新選組は、近藤さんや土方さんのように武士の出ではない人もいるけれど、もともとは武士で、脱藩して浪人となった人も多い。

 そういった人の中には、今さら幕臣となって将軍に仕えるのは己の信念に反する、と考える人もいるのだとか。


 それに、今回脱走した十名の中には、もともと伊東さんの考え方に同調していた人たちもいたらしく、だからこそ御陵衛士へ向かったのだと思うけれど……。

 新選組と御陵衛士の間には、お互いの行き来を禁ずるという取り決めがある。当然、伊東さんが彼らを受け入れることはなく、もちろん、屯所へ帰って来ることもなかった。

 だって……とみなされてしまった時点で、局中法度に則り戻っても切腹になってしまうから。


 結局、彼らは翌日に京都守護職屋敷へ行き、新選組から脱退したいという嘆願書を会津藩に提出したらしい。

 それを受け取った公用人は、新選組へ戻るよう説得を試みたそうだけれど……彼らの意思は固く、ならば新選組内で解決するようにと屋敷に呼び出されたのだった。

 近藤さんと土方さんが自ら足を運ぶことになり、同行したのは山崎さんと尾形さんと吉村さん、そして私だった。




 守護職屋敷へつくと、嘆願書を提出した十名の隊士たちがいた。

 彼らに向き合うなり土方さんは腕を組み、苛立たしさを隠すことなく睨むように見渡した。


「お前ら、会津藩にまで迷惑をかけるとは、いったいどういう了見だ」

「落ちつけ、歳。まずは彼らの話を聞こう」


 そう話す近藤さんに促されるように、今回の幕臣取り立てで見廻組並という、彼らの中では一番高い格を与えられた茨木司いばらき つかささんが話しだす。


「我々は、攘夷のために尽忠報国の志を持ってそれぞれ脱藩したのです。それを、今さら幕臣となっては二君に仕えることにもなってしまう。元の主への面目も立ちません。ゆえに、脱退を認めていただきたいのです」


 お願いします、と一斉に頭を下げた彼らに向かって、土方さんはふんと鼻で笑った。


「認められた脱退となりゃ切腹は免れる。新選組の人間でもねぇとなりゃ、御陵衛士との約束にも反することなく合流できる、か? 誰の入れ知恵なんだかな?」

「歳。我々は説得に来たのだから、そんなに責めないでやってくれ」


 そんな近藤さんの優しい言葉に対して、茨木さんがはっきりと告げる。


「申し訳ありませんが、我々は新選組に戻るつもりはありません」

「君たちの志は良くわかった。……しかしだな、こちらとて、はいそうですか、と簡単に認めることはできん」

「お前らの詭弁がまかり通っちまったら、今後も同じことが起きちまうからな」

「んむ。だが、すでに戻りづらいのも事実だろう。ゆえに、今、新選組へ戻ると言うのであれば、今回のことは水に流すとする」


 つまり、切腹にはしないということだ。

 けれど、局長である近藤さんが自ら発した言葉にもかかわらず、彼らの意思は固く、誰一人頷く者はいなかった。


 そうして両者一歩も譲ることなく、ただ時間だけが過ぎていった。気がつけば、開け放たれた障子の先に見える外は、暗くなってからもだいぶ時間が経っている。

 結局、説得するには至らず、この日はこのまま解散となった。


 屯所へと帰る道すがら、ある約束を思い出し、こんな時に少し不謹慎かもしれないと思いつつも訊いてみた。


「土方さん、明日の祇園御霊会は……」

「ああ……。そういや、せっかく非番にしたってのにどうだろうな」


 明日も今日と同じく説得に当たるだろう、とのこと。

 けれど、早めに終われば少しくらいは行けるかもしれない、とも。


「まぁ、こんな状況だからな。俺のことは気にしねぇで行ってこい」


 すでに諦めたように、そう締めくくられるのだった。




 迎えた翌日。

 茨木さんたちは、やっぱり今日も守護職屋敷を訪ねたらしく、昨日同様、新選組にも呼び出しがかかった。

 お昼頃、再び説得に向かう土方さんたちについていこうと思うも、今回は留守番を言い渡されてしまった。


「せっかくの非番なんだ、お前は祭りにでも行ってこい」

「いえ……。一人で行く気にはなれないので……」

「は? 他の奴らはどうした?」


 少し驚いた様子で訊いてくるけれど、他の人は用事があったり仕事があったりで、結局、土方さん以外に誰も誘っていなかったことを告げれば、突然、大きな手が私の頭に乗っかった。


「そうか。なら、なるべく早く説得して帰ってくる。その間、明日の準備を頼む。そうすりゃ、少しくらいは祭りに行く時間もできるだろ?」

「……はいっ!」


 土方さんたちを見送ると、明日の引っ越しが滞りなく済むよう、土方さんの分もあわせて荷物のまとめに取りかかった。




 引っ越しの支度は着々と進み、部屋に夕日が差し込む頃にはとっくに終えていた。

 簡単な掃除も済んでしまったから、外廊下で風に当たりながら待つことにしたけれど。それまでは交互にやってきていた期待と諦めの感情も、次第に暗さを増す空にあわせるように、諦めの方が強くなっていった。


 今日も説得は難航しているのだろう。

 残り僅かな期待をため息とともに吐き出しかけたところで、ようやく土方さんたちの姿が見えた。

 昨日ほど遅い帰りじゃないから今からでもまだ間に合う。そう思ったら、駆け出していた。


「おかえりなさいっ!」

「……ああ」


 疲れているのか、土方さんの元気がなかった。

 それどころか、ただいま、と返事をしてくれたのは近藤さんだけだった。

 けれど、そんな近藤さんを含めみんな元気がない……というか、帰ってきた人たちは見送った時と同じ顔触れで、茨木さんたちの姿はなかった。


「もしかして、今日もダメでしたか?」

「……いや、それがな……」


 はっきりしない近藤さんの隣で、土方さんが険しい顔で続きを口にする。


「茨木、佐野、中村、富川の四人が自刃した」

「……え?」


 昨日同様、守護職屋敷での話し合いはなかなか決着がつかなかったらしい。

 そんな中、茨木さんをはじめとした、今回の脱退を中心となってすすめていた四人だけで少し話がしたいと、揃って別室へ移動したらしい。

 けれど、待てどもなかなか戻ってこないので様子を見に行けば、すでに四人とも自刃したあとだった……と。

 残る六人は、茨木さんらの死に免じて追放処分という形にしたらしい。


 土方さんをはじめ、無言で部屋へ向かう背中を見送ると、最後まで残った近藤さんが片手で私の肩を叩く。


「歳と祭りへ行く約束をしていたんだろう? まだ間に合う。行ってくるといい」

「でも……」

「歳のことだ。気丈に振舞ってはいるが、内心は相当堪えていると思うんだ」


 すぐに脱退を認めていれば、彼らが死ぬことはなかったかもしれない。

 けれど、それを簡単に認めてしまったら、同じようなことがあとを絶たなくなる。そうしたら、組織として成り立たなくなってしまう。


 近藤さんも土方さんも、武士になりたくてここまでがむしゃらにやってきて、それがようやく認められて喜んだのもつかの間、こんなことになってしまったから……。

 私が想像するより、遥かに胸中は複雑だと思う。


「歳や総司が、俺を持ち上げようとしていたことは知っているんだ」

「……大名にしたいって話ですか?」


 詳しいことは知らないけれど、二人がそんな約束をしたと思わせる会話をしていたのを覚えている。


「そうか、大名かぁ。それはまた大きく出たもんだな」


 そう言って、空の端に残った夕焼けに頬を染めながら苦笑した。

 何の気なしに話してしまったけれど、内緒の話だったのかな? ……そんな若干の心配をよそに、近藤さんは小さな笑窪を作った。


「俺も、旗本で満足してちゃいかんということか」


 一呼吸おいたあと、だからな、とつけ加えて真っすぐに私を見た。


「これからも憎まれ役を買って出ては、己の傷も顧みず前へ突き進むであろう歳に、春の元気を分けてやってくれないか」


 どうやら、気晴らしに外へ連れ出せということらしい。

 そういうことなら、と頷けば、再び肩をポンと叩かれた。


「頼んだぞ」

「……はい!」


 急いで部屋へと向かうのだった。

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