083 お座敷遊び
翌日、京での仕事が終わり日野に帰ることになった富澤さんの送別会をしようと、午後から島原にある千紅万紫楼ということろに来ていた。
近藤さんと土方さん、そして沖田さんと井上さんが参加し、私も参加させてもらっている。
昨日は一緒に甘味屋へ行った山南さんも、今回は参加する、と言っていたけれど、夜から再び体調を崩してしまい、朝には熱まで出て来られなくなってしまった。
調子が良い時は敷地内を散歩するようになったとはいえ、今まで部屋に籠っていたのだから、少し無理をしてしまったのかもしれない。
部屋の中には、富澤さんお気に入りの芸妓を含む綺麗なお姉さんたちがいるけれど、やっぱりこういう場所はちょっと苦手だった。
まだお酒も飲めないし、性別を偽って同性とお喋りをするというのは、正直あんまり面白くない。
とはいえ今日は富澤さんの送別会。笑顔を崩さずにいたつもりだけれど、ほろ酔いの富澤さんに、心配そうな顔で訊かれてしまった。
「春君は、こういうところは苦手かい?」
「えーっと……そうですね……あんまり来ないです」
「ふむ。まだ若い健全な男子がそれではいかんだろう。よし、お座敷遊びでもしようか」
「……え」
お座敷遊び……。何だかいかがわしい感じがして遠慮するも、私の心中など露知らず、富澤さんは芸妓を呼び寄せる。
咄嗟に土方さんと井上さんを見たけれど、二人は全く気にもとめていない。
あれよあれよと、私の前には伏せたお碗を一つ乗せたお膳が置かれ、芸妓の一人が対面するように座った。
金比羅船々の歌に合わせて、富澤さんと芸妓が交互にお椀の上に片手を乗せていきながら、時々、お椀を取り再び自分の番で元に戻すというのを繰り返している。
ただし、お膳の上にお椀がある時はパー、ない時はグーを出すという遊びみたいだった。
お座敷遊び……何だか想像していたものと違う!?
「面白そうですね」
富澤さんに促されさっそく私もやってみた。
私が初心者だからか、出だしは富澤さんの時よりもゆっくりとしたテンポだったけれど、徐々に早くなっていく。
それでも何とか続けていると、間違えそうになった芸妓がクスクスと笑いを堪えながら間違えた。
「あっ、勝った!」
お座敷遊び……何これ面白いかもしれない。
思わず両手を上げて喜んでいれば、土方さんが挑発的な笑みを浮かべて割り込んできた。
「ほう。初めての割りにはなかなかやるじゃねぇか」
「想像してたのと違って楽しいですね!」
「俺とも勝負するか?」
「いいですけど、やるからには私だって負けませんよ」
相手が副長と言えど負けたくはない。むしろ、こんな遊びぐらいは勝って優位に立ちたいわけで!
対面に腰を下ろす土方さんを見ながら、深呼吸を一つして落ちつかせていると、富澤さんが楽しそうに口を開いた。
「美男同士の対決とは見物だなぁ。どうだ? 勝った方が負けた方の言うことを何でも一つきくというのは?」
えっ!? いきなりそんな罰ゲーム追加とかあり!?
罰ゲームが課せられた途端、勝てる気がしなくなってきたのだけれど!
「俺は構わねぇぞ。お前相手じゃ負ける気がしねぇからな」
「なっ! いいですよ、やりましょう! その自信満々の鼻をへし折ってやりますよ! 下剋上ですっ!」
「上等だな」
なんだか勢いで啖呵切っちゃったけれど、要は負けなければいいだけだっ!
私たちのやり取りを見ていた人たちも、沖田さんを筆頭に“副長を打ち負かせ!”と、みんなが私の味方についた。
よし、勝てるっ!
「春くん、残念でしたね~」
うなだれる私の頭を、同情にも似た笑顔を浮かべる沖田さんがポンポンと叩いた。
悔しい……完全なホーム試合で負けた気分だ。
ゆっくりと顔を上げれば、勝ち誇った顔で腕を組む土方さんと目が合うけれど……よく考えたら、色男の土方さんならお座敷遊びなんて遊び慣れているんじゃ!?
とはいえ、負けは負けだ……悔しいけれど!
「罰ゲーム……何をご所望ですか?」
「ばつげえむ?」
「あっ、何でも一つ言うことをきくっていうやつです」
腕を組んだままの土方さんは、視線を一度斜め上へ向けて考え込むも、再び私を視界に捉えるなりふっと笑った。
「パッと思いつかねぇな」
「……じゃあ、何もなしということで……」
「おい。今すぐなんて条件はなかったぞ? 思いついたら言うから覚悟して待ってろ」
か、覚悟って何!? 何をさせるつもりなのか!
罰ゲームなんてその場でとっとと終わらせてくれないと、時間をかけたらかけた分だけ、とんでもないことを思いつくんじゃないかと不安になる!
けれども懇願は空しく、罰ゲームは保留ということにされてしまった。
その後もしばらくお座敷遊びで盛り上がっていると、視界の端で、近藤さんがグイッとお酒を飲み干した。
そのまま空になった杯を見つめる近藤さんは、一つ小さなため息をついてから、隣の富澤さんに愚痴をこぼした。
「俺たちは尽忠報国の志を持って上洛したんだ。だが、もう一年以上もたつというのに、やっていることは相も変わらず京の治安維持ばかり……。これで本当に攘夷がなせるのか……」
近藤さんはいつも堂々としていて、迷いなく真っ直ぐに突き進むようなイメージだから、こんな風に愚痴や弱音を吐く姿は珍しいと思った。
富澤さんは、そんな近藤さんの杯にお酒を注ぎながら、ゆっくりと諭すような声音で励ました。
「それでも、与えられた仕事はきちんとやらないといかんだろう?」
確かに……と思わず私まで頷いてしまった。
ところで、時々攘夷をたてに商家へ押し入る不逞な輩を捕まえたりしているけれど……新選組も、目指すところは攘夷なのか?
そんなことを考えていたら、帰るぞ、と土方さんに肩を叩かれた。
山南さんも再び体調を崩してしまったし、局長と副長が、揃いも揃って宴会で長時間屯所を空けるわけにはいかないだろう、ということだった。
近藤さんの護衛には、沖田さんと井上さんがいれば十分だし、富澤さんを宿まで送るのは、後で人を寄越すとも言っていた。
富澤さんは明後日には京を発ってしまうけれど、その時の見送りには私も一緒に行くことになったので、ここでの別れは土方さんと同様簡単に済ませてから、一足先に屯所へと帰ることになった。
西に傾く太陽が、空を綺麗な茜色に染め上げていた。
ゆっくりと隣へ視線を移し、訊いてみる。
「土方さんも、もう少しゆっくりしててもよかったんじゃないですか? 局長、副長が揃って留守にすることなんて、そんなに珍しいことでもないじゃないですか」
「いいんだよ。近藤さんだって、時には局長ってことも忘れて、愚痴の一つもこぼしたりしたいだろうからな」
なるほど。土方さんなりに気を遣ったのかもしれない。
確かに、近藤さんのああいう姿は珍しい気がするし……って、思い出した!
「そういえば、新選組も攘夷を目指してるんですか?」
「目指してるんですか……って、お前なぁ……」
一瞬目を丸くした土方さんは、怒りを通り越したのか、呆れた様子で脱力するように大きなため息をついた。
「俺は、今までお前がどんな生活してたのかと、本当に不思議で仕方ねぇんだが……」
「至って普通の生活です」
「お前の言う普通がわかんねぇよ。ここは普通じゃねぇのか?」
「普通……じゃないですね」
土方さんは、やれやれという感じで苦笑した。
インフラや物に関しては、いずれ発明、発展していく物だから、今は不便であっても仕方がない。
髪型や服装だって、時代の流れの中で流行り廃りがあるものだから、変化するのは当たり前。
けれどね。
こんな風に本物の刀を差して町を歩くとか、ありえないから!
現代でこんなことをした日には、即刻捕まるからねっ!
左手で刀の柄に触れれば、横目で私を見やった土方さんが、呆れながらもざっくりと説明してくれるのだった。
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