049 二十日鼠と子犬

 岩崎三郎を捕縛した翌日、原田さんと藤堂さんと一緒に巡察に出た。

 昨日と同じく寒いけれど、遠くまで日差しを遮るような高層ビルはないから、長く続く日向に少し救われる。


 原田さんを挟んで三人並んで歩いていれば、突然、原田さんの手が私と藤堂さんの頭を同時にポンポンと叩いた。

 何事かと揃って見上げたその顔は、何やらニヤニヤとしている。


「何だか、子守りしてるみてえだな」

「ちょっと、左之さん。それどういう意味?」


 わかりやすくムッとした藤堂さんが、荒っぽく原田さんの手を払いのけた。


「さあな?」


 余裕の笑みを返す原田さんを見て、相変わらずの仲のよさにほっこりと温かい気持ちになる。どうやら頬まで緩んでいたらしく、藤堂さんの矛先がこちらに向けられた。


「春? いつもそうやって笑って見てるけど、アンタも何か言い返したら?」


 うーん、言い返したらと言われても……。


「私、これ以上大きくなれなくてもいいですし……」

『えー』


 二人は声を揃えて驚いた。

 私の身長は百五十一センチ。小さいとはよく言われるけれど、特に気にはしていない。

 日本人女性の平均身長は確か百五十八センチくらいだけれど、あくまでも平均は平均。高い人もいれば低い人もいるのだから、いいじゃない!


 ちなみに、この時代の女性の多くは私よりもやや低めなので、ここでの私の背は高め!

 けれど、男性として見ると少し低いうえに普段は男装しているので、結局、こっちでも周りからの扱いは変わらない……。


 だから、私とたいして変わらない藤堂さんは、確かに高いとは言えないし、周りが比較的高めなせいか、余計に小さく感じてしまう……というのはあるかもしれない。

 きっと、複雑な男心ってやつなのだろう。


 そんな藤堂さんが驚くのは、まぁ何となく理解できる。

 けれど……どうして原田さんまで?

 理由を探るようにその顔を見上げれば、目が合った瞬間しれっと言い放つ。


「からかいがいがねえじゃねーか」

「なっ! 結構ですっ!」


 からかおうとしなくていいっ!


「ぷっ。そうふくれるなって」


 吹き出す原田さんが、私の頬をツンツンと指でつついてくる。


「お前、ほんと小動物みてえで可愛いな」


 今度は小動物扱いとな!?


「あー、確かに。大福食べてる姿なんて二十日鼠みたいだったし」


 藤堂さんにまで納得された!?

 って、その例えはどうなのさっ!


「そこはせめて、ハムスターでお願いしたいです!」

『はむすたあ?』


 仲良く二人揃って訊き返された。

 この時代、まだハムスターはいないのだろうか。ペットとしてはかなり定番だと思うのに。


「えーっと、鼠の一種です。頬に食べ物をたくさん詰め込んで、こーんな顔になるんですよ」


 実演した方がわかりやすいかもと、ハムスターを真似て頬を膨らませて見せた。


『ぶっ』


 またしても二人揃って吹き出した。

 本当に仲がいいなぁと見ていれば、何がそんなにおかしいのか、藤堂さんが爆笑し始める。


「あはは。やっぱり、アンタ面白い」


 片手でお腹を押さえながら、目尻の涙を指で拭っている。泣くほど面白いことをした覚えはないのだけれど!


「そんなに笑わないでください! そういう藤堂さんだって、子犬みたいで可愛いですよ?」


 藤堂さんの第一印象は子犬だった。ついでに言えば、毛づやもよくて品のありそうな焦げ茶色の子犬。

 誉めたつもりだったのに、なぜか原田さんが含んだように笑い出す。


「あはは。平助、言われてるぞ~? ただの犬じゃねーぞ。子犬だぞ? こ、い、ぬ!」

「は、原田さん!?」


 そんなにを強調しなくてもっ!


「あ、あの、そういうつもりで言ったわけじゃないですからね!?」


 慌てて弁解をするも、案の定、藤堂さんの幼くも綺麗な顔は不適な笑みで満ちている。


「そういうつもりって、どういうつもり?」

「え? えーっと、どういうつもりですかね? ……ね!? 原田さん!」

「…………」

「は、原田さんっ!?」


 原田さんに助けを求めるも、無言の笑顔で突き放された。原田さんが変に煽るから、こうなったというのに!


「春。アンタが言いたいことはよ~くわかった。こうなったら、晩飯の互いのおかず一品賭けて勝負ね」

「ええっ!?」


 どうすればそんな展開に!?

 私の返事も待たず、藤堂さんは袂から一文銭を取り出すなりいつものようにどちらにするか訊いてくる。

 ただでさえ質素な食事からおかずが無くなったら、死活問題なのだけれど!

 とはいえ、勝てばおかずが増えるかも!?


「……う、裏でっ!」


 藤堂さんのいつもの強引なノリと、自らの食欲に負けた……。

 けれど、勝負はまだこれからだもんねっ!


「じゃあ、オレは表ね」


 藤堂さんは、いつものように空へ向かって一直線に一文銭を弾く。

 けれど、それが藤堂さんの手に落ちて来ることはなかった。どういうつもりか、背の高い原田さんが空中で掴んでしまったのだ。


「ちょっと、左之さん!?」


 思わぬ介入を受けて藤堂さんが原田さんに詰め寄るも、原田さんは全く動じることもなく、藤堂さんをニヤリと見下ろした。


「俺はどっちにも大きくなって欲しいからな。この勝負は公平に俺が弾いてやる」


 そう言うなり、今度は原田さんが一文銭を弾く。

 公平も何も、誰がやろうが表か裏の二択しかなく、完全に運任せだと思うのだけれど。

 藤堂さんが悔しそうに舌打ちをした直後、原田さんの投げた一文銭は……裏だった。


「やった! 私の当たりですね!」


 思わず飛び跳ねるようにガッツポーズをすれば、隣の藤堂さんは、まるで耳を垂らしてしゅんとした子犬のようにしか見えない。

 あまりにも心が痛むので、涙を飲んで褒美のおかず一品は辞退を申し出た。


「いいよ……男に二言はない……」


 そんな子犬のようなうるうるとした目で言われても、全く説得力がないからね!?


「いいんだよ。平助の自業自得だ」


 そう言って、原田さんは困惑する私の頭をポンポンと撫でるのだった。




 巡察も、半ばに差しかかった頃。

 大通りの賑わいも遠くなる狭い路地裏を歩いていると、空き家らしき家の前で足を止めた原田さんが、先頭を歩くいわゆる死番の隊士に声をかけた。


「おい、ここ調べるぞ」


 原田さんが、指で空き家を指し示す。


「……はい」

「ん、どうかしたか?」

「いえ……行きます」


 何だか隊士の様子がおかしかった。さっきまでは普通だったので、危険な死番に恐怖で尻込みしているというわけではないと思う。

 家の扉に手をかけ一つ深呼吸をする隊士。この寒空の下、顔を赤らめうっすらと汗まで浮かんでい……る?

 ……って、もしかして!


「あのっ! ちょっと待ってください!」


 隊士に駆け寄ると、失礼します、と声をかけてから手の甲で隊士の首の横に触れる。


「っ! やっぱり……」

「おい、春? 何してんだ?」


 後ろから原田さんの訝しむ声が聞こえて、振り返りながら説明をする。


「熱があります。かなり高そうなので、相当辛いと思います」

「何っ!? おい、本当か? 何で黙ってたんだよ!」


 原田さんが隊士に詰め寄るも、同時に、凄く心配しているのがわかる。

 隊士曰く、死番の自分が休んでしまっては迷惑をかけるから、というものだった。

 確かに穴が開けば、急遽、誰かがやらなければいけなくなる。真面目な人ほど、迷惑をかけたくないと思うのかもしれないけれど。


 体調不良を指摘されたことでさらに悪化してしまい、他の隊士に支えられ、立っているのもやっとという状態になってしまった。

 いくら迷惑をかけたくないと言っても、もしも戦闘になんてなったら、こんな状態でまともに戦えるとは思えない。


 原田さんと藤堂さんも、屯所へ帰って休むように促すけれど、なかなか首を縦に振ろうとしない……ううん、振れない、と言う方が正しかった。

 残される隊士たちが、誰が死番やるんだ……とヒソヒソと話始めてしまったから。


 死番の人は、朝起きた時から覚悟をしているというくらいだ。当番でもないのに突然やれと言われたら、動揺してしまうのも無理ないのかもしれない。

 死番は、真っ先に斬られてしまう可能性が高い、一番死に近い役割だから……。


「あっ!」


 いい解決策を思いついた! むしろ、どうして今まで気づかなかったのか!

 そんな自分に少し呆れながらも支えられる隊士に向き直ると、一つの提案と説得を試みるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る