047 偽隊士の捜索

 朝もめっきり寒くなった十一月。

 旧暦なので、現代の暦に直せばおそらく十二月くらいだと思う。


 朝稽古へ行こうと思うものの、文机の横にある火鉢からなかなか離れられずにいれば、土方さんが不機嫌そうに墨をすり始めた。

 もしかして、邪魔だから早く行けアピール!?


「寒いんだから仕方ないじゃないですか!」


 文句を言われる前に先手を打った。別名、開き直りとも言う。


「冬なんだから寒くて当前だろうが。大げさな奴だな」

「大げさじゃないです。寒いのは苦手なんです。こんなんじゃ、冬を越せる気がしません!」


 これからどんどん寒くなるのかと思うと、想像するだけで身震いがする。


「いっそ冬眠したい……」


 そんな呟きを、にやりとする顔が拾い上げた。


「いいぞ。庭に穴でも掘って冬眠しとけ」

「なっ。凍死するじゃないですか! 土方さんの鬼っ!」


 ふんと鼻で笑ったかと思えば、今度は僅かに表情を硬くした。


「ところで、岩崎三郎いわさき さぶろうって知ってるか?」


 ……誰? 有名人?

 思わず首を傾げれば、土方さんが若干苛立たしげに話し出す。


「岩崎三郎とやらが、壬生浪士組の名を騙って大文字屋源蔵宅で金を無心したらしい」


 それってつまり、成りすまし?


「……あれ? 壬生浪士組?」

「ああ。新選組に変わったこと知らねぇんだろ。放っておくわけにもいかねぇんで、さっさと捕まえてぇとこなんだがな……」


 今は山南さんも怪我で動けず、人手が足ないとぶつぶつ言いだした。


「あのー……私、探しに行きましょうか?」

「そういや今日の巡察は新八だったか。確かに人探しは人手が多い方がいいしな。よし、新八について行け」

「はい! あ、でもその人勝手に金策したってことは……」


 局中法度に、金策を禁ずるという文言があった気がする。


「お前なぁ、万が一自分が捕まえちまって、そいつが切腹になんてなったらどうしようって思ってんだろ。顔に書いてあるぞ」

「う……」

「安心しろ。うちの隊士じゃねぇから切腹はねぇな。捕まえたら奉行所へ連れて行け。沙汰は奉行所に任せればいい」

「はい!」






「寒い……」


 もう何回呟いただろう。

 浅葱色の羽織を着て永倉さんたちの巡察に同行したはいいけれど、あのまま火鉢に張りついておけばよかったと、後悔したくなるほど寒い。

 空へ向かってはぁ~と息を吐き出せば、白い気体が体感温度を軽く二度は下げた。


「春は寒いの駄目か?」


 隣を歩く永倉さんが、俺は寒くないとでも言いたげに訊いてきた。


「苦手です。冬眠したいくらいに」

「ぶはは。春だけに春まで冬眠! ……なんちって」


 こ、これ以上体感温度下げるのやめて!




 気を取り直して、まずは話を訊くため被害に合った家へ行った。


「新選組です。少しお話を訊かせていただきたいのですが……」


 出てきた人に声をかけるも、もの凄く嫌そうな顔をされた。


「誰や?」

「え……えっと、新選組です」

「知らん。金ならあらへんよ! ほら、帰った帰った」


 しっしと追い払う仕草までされたけれど、まさか押し借りか何かと勘違いしている!?

 困惑していると、永倉さんが横に来てくれた。


「壬生浪士組だ」

「ああ、なんや壬生狼みぶろか。なんとか組なんて言うさかいわからへんかったわ」


 いや、そこはこの目立つ浅葱色の羽織で気がついてよ!

 同じことを思ったのか、永倉さんが苦笑しながら説明するけれど、どうやら壬生浪士組から新選組に変わったことを知らなかったらしい。

 まぁ、知っていたら、岩崎三郎とやらが壬生浪士組だと名乗った時点で嘘だと気づくだろうしね。


 その時の話や男の背格好、人相は訊けたけれど……それだけ?

 たったそれだけの情報を頼りに、この広い町中から一人の人間を探せと!?

 せめて顔写真くらい欲しい……。


 足取りを掴むには、とにかく聞き込みをするしかないようで、永倉さんたちの巡察に同行しつつ、一日かけて色々なお店や家を訪ねて回った。




 結局、夕方になっても大した手がかりは得られないまま、そろそろ屯所へ戻ることになった。

 最後の店の暖簾をくぐり、本日何度目かもわからない質問を口にする。


「壬生浪士組の岩崎三郎が来ませんでしたか?」

「ああ、そこにおるよ」

「そうですか、お邪魔しました」


 ……って、今、何て? そこにいるって言った!?


 もう一度番頭の顔を見れば、店内の隅を指さしている。その指の先を辿れば、体格のいい浪士風の男が店の主人にお金を要求しているところだった。

 まさか……と思いつつも男の横に並び、一応の確認をする。


「あのー、壬生浪士組の岩崎三郎さんですか?」

「ああ、壬生浪士組の岩崎三郎だ」


 なっ! 見つけちゃったよ!?

 このまま逃走されても困るし、暴れられても困る。

 ……よし、ここは永倉さんに報告しよう!


「そうですか。失礼しましたー」


 ひとまず笑顔で後ずさった。

 けれど、後ずさったのがいけなかったのか、浅葱色の羽織を見るなり男の顔つきが変わった。


「み、壬生狼か!?」


 ええい、バレたもんはしょうがない!


「残念ながら、壬生浪士組ではないですね。新選組に名前が変わったんです。知りませんでしたか?」


 せっかくだから、極上の笑顔で教えてあげた。

 わかりやすいほど一気に青ざめた男が、一目散に外へ逃げようとしたので咄嗟にしがみついた。刀を抜きそうな雰囲気はなく、とにかく逃げ出そうと必死だから、こっちもこっちで必死にしがみつき、叫ぶように永倉さんを呼んだ。


 とはいえ体格差ばかりはどうしようもなく、蹴り飛ばされて壁に頬をぶつけた。

 それでも追いすがったところで、ちょうど駆けつけてくれた永倉さんたちが捕まえてくれた。


「大丈夫だったか?」


 隊士たちが男に縄をかけるのを見ながら、永倉さんが心配そうに訊いてきた。


「はい。まさか見つかるとは思わなかったので、正直驚きましたけど」

「よくやったな」


 そう言って頭をわしゃわしゃとされれば、お店の周りにできていた人だかりから、一人の男性が歩み出た。

 よく見ると斎藤さんで、目が合った瞬間、もの凄く不機嫌そうな顔になった。


「終わったのか?」


 声まで不機嫌だった。


「は、はい! 無事に捕えました! あとは奉行所へ連れて行くだけです」

「おう、斎藤。春が大活躍だったんだぞ。あー、奉行所へは俺らが連れて行くから、春は先に帰ってていいぞ」

「でも――」


 突然、斎藤さんに腕を引かれたせいで、出かかった言葉が引っ込んだ。


「俺が屯所まで連れて帰る」

「おう、頼んだぞ」


 そう言って、奉行所へ向かって歩き出す背中にお礼を告げれば、行くぞ、と斎藤さんが私の腕を解放して歩き出す。

 慌てて追いかければ、不機嫌そうなその顔を覗き込むようにして見上げてみた。


「斎藤さん? 何かあったんですか?」

「何がだ?」


 こちらを一瞥する斎藤さんの目が、すっと細められた。


「何だかもの凄く機嫌が良くないように見えるんですが……」

「ああ、良くないな」


 そう言うと、より一層不機嫌の色を濃くした。


「無事に捕まえたと言っていたな?」

「え? あ、はい!」

「これのどこが無事なんだ?」


 急に立ち止まったかと思えば、伸ばした手が私の左の頬に触れ、親指の腹で頬骨の横を軽く撫でる。

 同時に、ヒリヒリとした痛みが走った。

 もしかして、壁にぶつけた時にすりむいたのかな?


「前に言ったことをもう忘れたのか?」


 抜刀しようとした新見さんを止めようと、飛びついて額に怪我をした時のことだろうか。


「ええと、無茶をするなってやつですか? でも、今回も抜刀されたりしてません。そんな雰囲気もなかったですし」

「それだけじゃない。顔に傷など作るなとも言ったはずだが?」

「え……いや、すりむいただけですよ? こんなのすぐ治っちゃいます」


 この程度のすり傷なんて、子供の頃はしょっちゅうだったし、今だって言われなければ気づかなかった。

 第一ここへ来てからというもの、稽古で身体中に痣をいくつも作っている。


「髪を切っても、顔に傷を作っても平気でいるとは……。このままでは嫁のもらい手もつかないぞ?」

「嫁も何も、まだそういう年じゃないですし!」

「行き遅れたら……俺がもらってやろうか?」


 斎藤さんの唇は弧を描いていて、いつものからかいだとすぐにわかる。

 とはいえ、掌で頬に触れたままそんな台詞を吐かれては、余計に恥ずかしいじゃないか!


「か、からかわないで下さいってば! って、え……あ、あれ!?」


 行き遅れたら、俺が貰う……?

 やっぱり、斎藤さんは私が女だと気がついているの!?


 早まる鼓動を悟られないようにと、握りしめた片手で心臓を押さえながら、さ迷う視線を恐る恐る斎藤さんへ向けた。


「斎藤さん? あの、その……」

「隠しているつもりなのだろうが、お前が女だということは随分前から気が付いているぞ?」


 や、やっぱりバレてた! しかも随分前って、いったいいつからバレていたんだ!?

 とはいえ、はい、そうですなんて言えるわけがない!


「お、女じゃないですよ!」

「ほう?」


 斎藤さんはニヤリと不適な笑みを浮かべると、突然、私の両腕を横に上げた。そして両方の手首を掴むとそのまま肘を通り二の腕へ、脇腹から腰へと滑るようにむぎゅっむぎゅっと掴んでいく。

 これ、斎藤さんに屯所を案内してもらった日にされたことと同じだっ!

 もしかして、あの時点ですでにバレていたのか!?

 だとしたら……確かに随分前じゃないか! ……というか、恥ずかしいんだってば、これっ!


「真面目に稽古に励んでるようだしな。少しは身体もしっかりしたんじゃないか?」


 私を見下ろしたまま口の端をつり上げる斎藤さんは、絶対にこの状況を楽しんでいる!


「さ、斎藤さんっ!」


 案の定、くくっと喉を鳴らして笑い出す斎藤さんが、私の身体から手を離しながら言う。


「少しだけ寄り道して帰るか」


 そう言って歩き出すその背中は、どこか楽しげに見えるのだった。

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