第23話 バッドエンドのカギ
「あーーーーーー! ったく、こんな嘘で騙しやがって!」
リコさんがぬいぐるみを壁に叩きつける。彼女の使っていたパソコンの画面にはLOSEの文字。なんでもオンラインでボードゲームをしてたところ、対戦相手にブラフで騙されたらしい。
「詐欺罪と窃盗罪で逮捕したあげようようかしら? 理由はもちろん分かってるわよね? こんな汚いブラフで私を騙して勝利を盗んだからよ! 覚悟の準備をしておくことね。裁判所にも問答無用で来てもらうわ!慰謝料の準備もしておくのね。あなたは犯罪者よ! 刑務所にぶち込まれる楽しみにしてなさい! いいですね!」
そしてブチっとパソコンの画面を切る。もちろん通話とかしてないので今の酷い罵倒が対戦相手に聞こえることは無い。ただの独り言だ。しかしこんなゲームによくマジになれるものね……
「ほんとにふざけやがって……」
「ていうか『ぶち込まれる楽しみに』ってなんですか? 『ぶち込まれるのを楽しみに』では?」
「ララちゃん。人の揚げ足取りはあまりしない方がいいわよ?」
「どうやったらそんな言い間違いするんですか……ていうか言ってて違和感無いの?」
ここに来てから約二時間。
気付いたらすっかり馴染んでいた。傷口は完全に治ったわけではないので、今はベットで安静にしてる状態だ。
そして、そんな私の傍で呑気にネットゲームをしているのがリコ。彼女は先程から美少女としてあるまじき暴言を何度も繰り返していた。
「ていうか、こんな汚い手で勝って楽しいのかしら……」
「ブラフは普通でしょ」
「嘘を吐いてはいけないって小学校でも習うわよ。それを平然と行うなんて外道も良いところだわ。一度、首を跳ねられるべきよ」
小学校がなんなのか知らないが、まぁ嘘を吐いてはいけないというのはよく言われることだ。もっとも騙し合いに重きを置いたボードゲームで嘘を吐くなというのはおかしな話だが……
そして、なによりもこの女。人殺しはよくないと言いつつ、ネットゲームになると平気で殺すやホルマリン漬けにするなどの言葉を乱発している、もっとも言うだけで、実際にはやらないのだろうが……
まぁ間違いなく言えるのはリコは正義ではない。この女を正義の体現だと思ってた少し前の私をぶん殴りたい……
少なくとも正義っていうのは殺すなどの暴言を吐く生き物ではないだろう。
「そういえば同居人っていつ来るんですか?」
「今日は帰ってこないわよ。夜遊びしてくるってメールあったし」
「え?」
「そんなに驚くことでもないでしょ……。それと少しだけお風呂に入ってくるわ。あと、このノートパソコンは遊び用でパスワードは設定されてないから自由に使っていいわよ」
そう言って扉が閉まり、この場には私が一人だけになる。少しだけ体を動かそうとするが、ズキズキと痛む。やっぱり傷は完治していないようだ。
とりあえず暇なので私はノートパソコンを広げて、軽くボードゲームをする。
中にFPSとかMMORPGとかそういうネットゲームは一切入っていない。しかしチェスとかオセロみたいな古き良きボードゲームが入ってるわけではない。パソコンに入ってるのは人狼とかそういうTRPG系のゲームがメインだ。
「そういう傾向のゲームは苦手だから、特にすることはないなぁ」
仕方ないので、特にゲームをやることなく、いつも通りネット掲示板に潜ってくだらない記事を読んでいく。犯罪者の9割がパンを食べているとかいうふざけた記事もあれば、私の殺人事件を深く考察した真面目な記事もある。
「……そうだ。検索経歴からリコさんがどんなことを調べてるのか見えないかしら」
私はそう思って少しだけ履歴を見てみる。
『有給申請 1ヶ月 入社してすぐ』
『仕事 サボる バレない』
『ブラット・ロール・ディ 感想』
『異世界 チート』
『悪の哲学』
『ドラゴン祭 美味しいもの』
『クトゥルフ神話』
『頭の固い上司 説得』
『騎士団 不祥事』
『チョコレートウツボ 異常成長』
『魔法少女 殺し合い』
なんだろうか。この一貫性のないような感じの検索履歴は。映画の感想を調べてたり、創作論を調べていたり、ホントにあの人はなにがしたい……
ていうか、クトゥルフ神話ってなんだ……
いや、そもそもこれは遊び用のノートパソコンって言ってたくらいだから別のパソコンがあるはずだ。そっちならもっと面白いものが載ってるはずだ。もっともそんな簡単に見せて貰えるとも思えないが。そんなことを考えているとあっという間に時間が経っていく。
「あがったわよ。ララちゃんもお風呂入る?」
そしてリコがお風呂から出てバスタオルを巻いて部屋に入ってくる。なんとなく胸に目をやるが思ったよりない。良くてBと言ったところだろうか?
それよりもポニーテールに整えられた髪が凄い色気を放ってる……
「……って、この傷じゃ動くのも辛いわね。ごめんなさい」
「随分と長風呂でしたね」
「そうかしら?」
それからリコが私の近くに寄ってくる。すると甘い匂いが一気に鼻腔をくすぐる。まさか容姿だけでなく、匂いまで完璧とは……
「ごめんなさい。少しシャンプーの匂いがキツかったかしら? 一応、リンゴの匂いのシャンプーにしてるから花とかよりはキツくないと思うのだけど、自分の匂いというのは自分では分からないものね」
「あの、匂いがキツイとは一言も言ってませんが……それにとっても良い匂いですよ。私は好きです」
「微妙に鼻が揺れたわ。人はなんかしらの匂いを感じたら無意識に鼻が揺れる生き物なのよ。それとキツイ匂いになってなくて良かったわ」
なんて観察眼。まさか私の微妙な動きからそこまで察するとは……
あまりに凄すぎる。
(嘘よ。敢えて匂いがキツイシャンプー使ったのよ。そうすれば嫌でもなんかしらの感情は抱くから、それであとは嘘でもいいから適当なことを言って私は凄い観察眼を持っていると思わせれば、この家で変なことはしないでしょう)
「リコさん」
「ん? どうしたの?」
「なんで貴方はこんなにも凄いんですか?」
私はリコに気になっていたことを聞く。周りへの気配りに、ホームズ先生の存在に自力で辿り着く推理力、そして蹴りから分かる戦闘能力。あまりに人外過ぎる。なんでリコはそこまで完璧超人なのだろうか……
「私は凄くないわよ」
「そんなこと……」
「だって私が出来ることをしてるだけだもの。ほんとに凄い人っていうのは自分に出来ないことを出来てしまう人。つまり常に成長してる人よ」
そんなことない。リコさんの場合は『出来ること』の幅があまりに広すぎる。それが凄いと思ったのだ。どうしたら私もリコみたいに……
「ただ、一つ言えるのはミスが許されないからかしら。私が一瞬でも判断をミスれば人が死ぬ。私は騎士団の第三部隊隊長よ? それには大きな責任があるわけ。それに、そんな人物が無能なんて大問題じゃない」
ああ。そうか。
リコは恐らく常に完璧を求められて生きてきたんだ。そして不幸にもリコは完璧を求められても、それに応えられるスキルがある。だからこそ周りはリコに期待しかしないし、リコもそれに応える以外の生き方を知らない。
リコは無意識のうちに完璧でなければならないと自分を追い込んでいて、そして完璧でいるのが当たり前になっている。完璧だからこそ最高の結末を求める。だから犯罪者だろうが助けてしまう。それがリコという生き物の強さであり、弱さでもある。
もしもリコが完璧ではなくなった時。
リコはどうやって生きていくのだろうか? リコには完璧でいる以外の生き方が無いのだ。つまりリコが完璧では無くなるようなナニカ。それさえあればリコをバッドエンドへと誘える。
『完璧』
それがカギだ。私達の見たいものを見るためのカギだ。
「さてと。これからララちゃんはどうするのか。それを考えなきゃね」
「どうするって……」
「もう戸籍所は死んだ人間扱いになってるから学校にも通えない。それどころか就職すら難しい。この国は知っての通り、国から仕事が与えられる。だから国に死んだって思われてる人間は裏社会とかで生きるしかないわけよ」
そういうことか。
しまった。そこら辺に関しては一切考えてなかった……
さて、どうするか……
「そこで一つ提案があるのだけど、ララちゃんは自首する気はないかしら?」
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