第22話 人殺しっていうのは
目を覚ますとグツグツとなにかを煮込む音と鼻歌が聞こえる。そして少しの美味しそうな匂いが……
「目を覚ましたのね。もうちょっとしたらシチューが出来るから待ってて」
お腹を見ると丁寧に包帯が巻かれて、血が止まってる。たしか私はロジャーに撃たれて……それから、どうなった? 思い出せない。
「さて、そろそろ頃合いかしら。とりあえずお腹空いてるだろうからシチューでも食べなさい」
そうしてミディアムボブの黒髪美少女が私の目の前にビーフシチューをよそったお皿を置く。それは物凄く美味しそうな匂いを放っていて……
「さて、とりあえずもう一度今回の事件について洗おうかしら。ララちゃん。あなたがしたことを全て話してくれる?」
思い出した。このお美少女がリコだ。たしか最後はリコが現れて……それから何故か助けられた。もしもリコがいなければ私は……
「……リコさん。なんで私を助けたんですか?」
「あなたが生きたいって言ったからでしょ。どんな犯罪者だろうが、生きたいと望むなら生きるべきよ」
わからない。この女の考えてることが分からない。リコにとって私が死んだ方が色々と都合の良いはず……
「……死んだらなにも残らないのよ。死んで罪を償うなんて出来るわけがない。誰かを殺したなら、生きて罪を償うしかないのよ。しかないのよ殺人の罪の償い方っていうのは自分が殺した人以上の人を助けるしかないのよ」
「随分と聖人なんですね」
「人が死ぬのが嫌いなだけよ……それに私だって誰かを殺したいと思うことは普通にあるのよ?」
「え?」
「映画館で上映中にスマホを弄るやつとか何度も殺したいと思ったわよ。そんな私が聖人なわけないでしょ。それより今は食べなさい。食事をしないと治るもの傷も直らなくなるわ」
「……いただきます」
私はシチューを軽く飲む。それはとってもコクがあって暖かくて、美味しかった。それこそ今まで食べたどんなものよりも……
「美味しい?」
「はい! とっても!」
「そう。それじゃあ本題に入りましょう。あなたがロジャーとの戦闘中に言った『人を殺したのは0人』ってどういう意味かしら? こちら
掴んでる情報だと、あなたのお父さんとお母さん。そしてガブリエル、ファニー、その彼氏のアーサーの五人を殺したことになってる。ロジャーは狂言だと判断したみたいだけど、私はそうは思えないのよ」
「はい。言葉通りです。そもそもガブリエルは生きてる。お母さんとお父さんを殺したのは別の人。そしてファニーは金属バットで叩いただけで息の根までは奪っていない。そして、その彼氏はファニーに殺させましたから」
「なるほどね。あなたは直接的に手を下したわけじゃないのね。先程、ガブリエルから聞いた話と照らし合わせて考えるとファニーは貴方が殺したようなものね。アーサーはガブリエルが殺したと言った方が適切かしら?」
「あの……そういえばガブリエルはどこに?」
「消えたわよ。窓を割って逃げ出したわ。まぁ男性を家に上げるのも気が引けるものがあったから好都合ね。一言で言うならどうでもいいかしら?」
どうでもいいって……
ほんとにこの人の考えてることは分からない。
「そんなに警戒しなくてもいいわよ。ファニー殺しの件なら喫茶店の蹴りでチャラにしてあげるから。もっとも逮捕しようにも証拠はないから逮捕出来ないのが現実だけどね」
「……え?」
「ただし、しっかりと反省はすることね。人殺しっていうのは等しく悪なのよ」
リコはそれだけ言うと、私のベッドに座って体を伸ばす。それこそまるで猫のようだ。それと同時に思った。今なら確実にリコを殺せると。
「さて、それよりも私が聞きたいのは金髪長髪の男ね。恐らくあの男が全ての現況。そして、あなたと関わりがあったのも調べはついてる。全て話してくれないかしら?」
「それは嫌です」
「そう……それなら深くは聞かないわ。気が変わったら教えてね。それより今夜の晩飯だけど、ピザとかどうかしら?」
「ん?」
「あなた。どうせ全焼したから帰る家もないんでしょ? だったら当分はこの家で寝泊まりしていいわよ。もっとも今は学校に行ってるもう一人の同居人がいるのだけど……彼女に関しては帰ってきたら紹介するわ」
しかし、こうしてみると本当にリコは可愛いな。それこそ女の私でも押し倒して犯したくなるほどに。ほんとにどんな生活をしてたら、こんな美少女になるのだろうか?
「……そういえばララちゃん」
「なんですか?」
「人を殺すことってどうして悪いことか分かる?」
「法律で禁止されているから」
「……それなら法律で禁止されていなかったら人を殺してもいいのかしら?」
「はい。私はそう思いますよ。そもそも人殺しが悪っていうのも納得していませんし」
「なるほどね。私は人殺しは法律で禁止されていなくてもダメだと思うわ」
殺人は呼吸と同じだ。牛や魚を食べるために殺すのとなにが違う?
人だけ特別なんてことはありえないだろ。
「世の中っていうのは不思議なものでね。人にした行為は、いつか自分に返ってくるの。虐めれば、誰かに虐められる。優しくすれば、優しくされる。人を殺せばいつか自分が殺される。だから人殺しという行為は自分の寿命を縮める行為だから悪なのよ」
「……分からない。動物の命となにが違うの?」
「自分に返ってくるかどうかよ。魚を食べたから魚に殺されたなんて話は聞いたことないわ。だから魚とかは殺してもいいのよ」
「なんて、身勝手な人……それでも正義ですか?」
「正義を名乗った覚えは一度もないわよ? だって私は悪役だもの。自分勝手で利己主義な人間。それは紛れもない悪でしょ?」
悪役を自称する彼女。しかし、その姿は何故か分からないが、私の目には正義に見えた。それが何故か分からない。だからこそ私は自分が正義だと一度も言ってないのにリコを正義だと思ってしまった。そして、リコよりも正義の味方という言葉がしっくりくる人は生涯見つけることはないだろう。
「でもね、人を殺した人間は最後には人に殺されて終わるの。少なくとも私は人を殺しといて、生きている人を知らないわ。人を殺したら必ず自分が死ぬ。だから人殺しっていうのは悪なのよ」
ああ、なんでこの人が正義に見えるか分かった。自分が正しいと思った行動を貫いているからだ。その行動には迷いがない。自分の魂に従って生きている。だからこそ正義に見えるのだろう。そして彼女もそれを理解している。裏を返せば自分が正しいと思った行動しかしない身勝手な人。だから自分の事を悪役だと自称する。彼女は自分が正しいと思ったことが周りにとっても正しいことだと一ミリも思っていないのだ。
リコは人が死ぬのが嫌いだと言った。しかし、殺人をしないとは一言も言っていない。もしも彼女の価値観が変わり、人殺しを善だと思えば彼女は容赦なく人を殺すだろう。リコというのはそういう人間であり、そういう決断の出来る強さがある。そしてホームズ先生の望みはリコの価値観を歪めて、人殺しをすることなのだろう。もっというなリコみたいな強い信念の持ち主の価値観を歪めることだ。
「少しお説教くさい話になってごめんなさい」
「謝ることはありませんよ。とっても参考になりましたから」
「それなら良かったわ」
リコには感謝している。しかし私もホームズ先生と同じで見たい。この完璧正義の存在が悪に変わる瞬間が。それはどんな絵画よりも美しく、どんな小説よりも面白くて、最高の体験となるだろう。
体も心も美しい彼女。それを汚したい。悪というペンキで塗り染めてみた。ガブリエルが感じたものを私は魂で理解した。私はリコ汚すためなら、なんだってする。彼女にはそれだけの価値があるのだ。
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