第1話 やってきた家庭教師
私の名前はララ。土、芝生、机、窓など殆どの物がお菓子で出来ている国で生まれ育った女の子で不登校だ。この国には義務教育というものがあり、十五歳になると高校学校と呼ばれる学校に通わなければならない。世の中には小学校と中学校というものもあるが、そちらは義務では無く通うも通わないのも自由だ。もっとも通わない場合は保護者に勉強を教える義務が生じて、教えてないことが国にバレると死刑になるのだが……
それと親はそんな私に愛想を尽かして一人の家庭教師を派遣して昨日出て行った。今の私は大きな家を一人で独占数する身だ。もっとも十分後くらいに家庭教師が来るみたいなので、それまでの話なのだが……
そんな時だった。ピンポンと呼び鈴が鳴った。私は眠い目を擦りながら、その対応をする。こんな朝早くから誰だろうか……
「どちらさまですか?」
「こんにちは。私は君のお父様達から派遣された家庭教師のホームズ・モリアーティ。気軽にホームズ先生と呼んでくれると助かる」
「ああ……あなたが住み込みで家庭教師をすることになった人ですか。少し予定より早くありませんか?」
「さぁ? 運悪く時計が壊れてて時間が分からないんだ」
とりあえず私はホームズ先生を招き入れた。私は何故かホームズ先生がずっと飴を口の中で転がしていたのが異様に気になっていた。
「早速で悪いが授業をしようか」
「いきなりですか?」
「そうだとも。そんな難しいことではない。まず君にこの世界のことを教えてほしいんだ。自分の住む世界をどこまで説明できるか。それが知りたい」
「そんなの知ってどうするんですか?」
「それは君の知ることじゃない。早く説明しなさい」
「全てがお菓子で出来ている……」
「それは何故?」
「何故って……」
お菓子を使うのは当たり前のことだ。一体なんでそんなことを聞く?
「分からないのか。答えは簡単で日曜日に空から大量の菓子が降るからさ。材料的には鉄に木材にレンガを使った方が良いが、それは希少資源だから難しい。そこで人類は空から定期的に降るお菓子を使えないかと考えた。その結果としてお菓子加工技術が発展。飴は金属並みの硬さを誇り、チョコは木材と熱にこそ弱いが、木材と同等まで硬くなるようになった。そんな歴史があって今ではお菓子が資源として使われるのだよ」
「はぁ……」
なに言ってんだこの人。まるっきり意味が分からない。
「歴史というのは知ると面白い。今は職というのは国から与えられるものだが、昔には職を自由に選べる時代もあった。それとありとあらゆることを多数決で決める政治というのも始まったのは五百年前。特にスマホが出来たのは……」
「そんなの知ってどうするんですか?」
「やはりそうくるか。君は平凡な人間だ。やはり選んだのは君で良かった」
「は?」
ダメだ。まったく分からない。こいつもしかして頭おかしいんじゃないか?
私は直感的にそう思った。それと出来る限り関わりたくないと。
「それと最近、政権交代が起こって……まぁ引きこもりの君には関係ない話か」
「そうですね」
政権交代。もっとストレートに言うならば革命。そんなの死にゆく私には関係のないことだ。なにを隠そう、私はこの世界に絶望し、自殺することにした。恐らく明日には死んでるだろう。
「ふむ……君のことは大体わかった」
「この一瞬でなにが……」
「君は愚かだ。目に見えるものだけを信じて哲学を持たないつまらない人間。もっと言うならば死んでも三日後には忘れられてるような人間だろう」
「そんな言い方!」
「ふむ。怒るのか。どうせ君は死ぬんだ。死んだら全てが無に帰る。それなのにどうして怒るのか私には理解不能だな」
「もういいです……」
こいつには言葉が通じない。一般常識というものが欠けている。間違いなく狂っている。もっと言うならば同じ人間なのかすら疑わしい。というよりも人間のクズだ。相手を思いやるという感情があまりに欠けている。同じ人間とは絶対に思いたくない存在だ。
「君が怒ったのは自分という存在価値を否定されたからというのは分かる。三日後に忘れられるというのはそれだけ価値がないと言われたようなものだからな。事実として私もそういう意味を込めて言った」
「……で?」
「つまりそれに怒ったということは君は自分が死んだら誰かが悲しんでくれると潜在的の思っていたのだろう。そこが私は分からないのだ。君如きがどうして自分をそんなにも過大評価出来るのか本気で分からないんだ」
「そんなこと思ってない。私は生きたくないから死ぬの」
「それなら、ここで舌を噛み切って今すぐ死ねば良いと私は思うのだよ。それに私に挑発に怒った理由が説明できない。だから分からないと言っている」
それは……
「つまり君は本気で死にたいなんて思ってないんだろう。いざ死のうとすると怖気づく。だから死ねない……だから私は考えた。私が君を殺せばいいと」
「え?」
その言葉と同時にホームズ先生はナイフを取り出して私に近づいた。私は気付いた時には震えてた。怖い! この人はなにを考えてるの!
「なんで逃げるのかね?」
嫌だ! 死にたくない!
私はまだ生きたい!
「生きたいと思ったり、死にたいと思ったり随分と情緒不安定じゃないか。いや失敬。君は最初から死にたいなんて思っていなかったね。君は死にたいと思うほど思い悩んでる自分に同情してほしい。そういった欲求の塊だ」
「黙れ!」
「人間とは面白い。ほんとのことを言われると怒るんだから。恐らくそれは『私はこんな醜い人じゃない』と思いたいからだろう。つまりもっと言うならば君は同情してほしいと思うことを醜く、恥ずべき感情だと思ってるのだよ」
「……どういうことですか?」
私は足を止める。周りから認められたいなんて欲求のために動くなんて醜いじゃないか。私は自分のことしか考えない人が大嫌いだ。周りにどのくらい迷惑がかかってるか理解してない。そんなモラルの欠片もない人間が……
「人間は本来は利己的な生き物のくせに綺麗でいようとするからおかしいのだと私は思うんだよ。もっと欲望に正直に生きるべきだ」
「そんなの……」
「欲望に忠実。そのなにが悪いことなんだ?」
あれ? そういえばなんで欲望に忠実になるのが悪いことなのだろう。
そんな悩みの中でカランカランとナイフが落ちる音がした。
ホームズ先生がナイフを投げたのだ。
「これで私の最初の授業を終了する。宿題として明日の朝までに利己主義というものについて勉強してくること」
私は尻もちをつく。一気に疲れが襲ってくる。それと同時にあることを思った。この人の考えをもっと知りたいと……
「私を家庭教師として認めてくれるね? ララ君」
「……はい」
「ありがとう。そうだ、それと君にプレゼントがあるんだ」
ホームズ先生はそう言うと、舐めていた飴玉らしきものをペッと吐き出して私に握らせる。生暖かい唾液が気持ち悪いが、私は恐る恐るホームズ先生が私の手に握らせたものを見る。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「それじゃあまた明日。私は空き部屋を借りるから困ったことがあったらそこに来てくれ」
ホームズ先生が私の手に握らせたもの。それは飴玉なんかではなかった。
――人間の目玉だった。
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