第20話 見学のお約束


『じゃあ今日はそろそろ寝るね。また明日一緒にゲームやってくれる?』


「おうもちろ――あぁ、ごめん。明日用事があるんだ」


『……そっか、残念だなぁ』


 うん、めちゃくちゃ残念そうな声を出してるね。

 後ろ髪をかなり引かれるんですけど。


『ねぇ、玲音くん。明日のご用事ってどんなの?』


「ん? そんな大した事じゃないんだけど、明日ジムに行くんだ」


『事務……? 何か事務系のお仕事してるの?』


「いや、ジムだよ。仕事とかじゃないって」


『えっ、事務でしょ?』


「……何だろう、話がかなり食い違っている気がする。俺が言っているのは体を鍛える方のジムだよ」


『……ああ! そういう事だね! 理解したよっ!」


 やっぱり日本語って難しい。

 似ている言葉が沢山あるから、言い方を間違えると別の意味に取られてしまう。

 まぁ今回は大ケガをするような間違えではないからよかったけど。


『でも玲音くん、もう鍛える必要がない位ダイエットに成功してるよね?』


「いやぁ、俺の体質ってちょっとサボるとすぐに太るみたいで。だから定期的に身体を絞りに通っているんだ。明日に関しては試合の最終調整する先輩がいてね、俺がその練習の付き合いをちょっと遅くまでやるんだ」


 高校生三年生でプロを目指しているゴリゴリのインファイターな先輩。

 今回はインターハイがかかった大事な試合で、その相手が全てのステータスが高水準っていうバランスファイターなんだ。

 俺もどちらかと言ったらバランスファイターなので、シュミレーションを兼ねて練習相手に選ばれた訳だ。

 だが俺はバランスファイターだけど動体視力に関しては相当ずば抜けている。

 兎に角攻撃を回避して、大きな隙があったらビッグパンチを当ててほしいとお願いされている。

 俺がデブだった頃、色々と率先して協力をしてくれた先輩だ。そんな大恩がある先輩のお願いは断れない。

 両親にも理由を伝えて帰りが遅くなる事は伝えているし、了承も得ている。

 正直絵理奈と楽しくゲームをしたいって思うが、こればっかりは先輩のお願いを優先するつもりだ。


「本当は俺も絵理奈と一緒にゲームしたいけど、明日はどうしてもダメなんだ。ごめんね?」


『ううん、大丈夫だよ! 謝らなくて全然いいよっ』


「ならよかった」


 よかった、機嫌を悪くしていないようだ。

 心から安堵した。


『ねぇ、玲音くん』


「どうした、絵理奈?」


『明日私も、一緒にジムに行っていい?』


「……えっ?」


 どういう事?

 思わず変な声が出てしまった。

 だって理由がわからないじゃないか。

 絵理奈は男が苦手だった筈だ。

 うちのジムは男の密林、加えて上半身裸の肌色ジャングルなんだ。

 男嫌いな絵理奈がわざわざそんな危険地帯に自ら飛び込む理由が全く思い付かなかった。

 いや、待てよ?


(……まさか、ちょっとしか話題に出さなかった先輩の事が、気になっているのか!?)


 そんなバカな!?

 容姿とかだって一切伝えていないんだぞ!?

 それだけで興味が出てくるものなのか?

 でもなぁ、先輩は普段・・はとても優しくて後輩思いな人なんだ。

 しかも結構モテると聞く。

 ヤバイ、会わせたら絵理奈が先輩に惚れるかもしれない!

 それだけは阻止したい。

 よし、ここは心を鬼にして断ろう!

 と思っていたのだが、絵理奈の次の一言で決意が一瞬で崩された。


『玲音くんが頑張ってる姿を見てみたいの』


「いいよ、好きなだけ見学してくれ!」


 俺を見たいんだって!

 だったら断る理由なんてないさ。

 思う存分、俺が頑張っている姿を見てくれ!

 でも、何故急に俺の頑張ってる姿を見たくなったんだろうか?

 なら聞いてみるか。


「えり――――」


『じゃあ私、寝るね! お休み!』


「えっ、ちょっ――――」


 ……通話が切れた。

 まるで逃げるかのように。

 何でそんなに急いで通話を切ったんだろうか?

 絵理奈の謎の行動が謎を読んで頭を悩ませる結果となり、俺は寝る時間が少し遅れてしまった。

















 ――絵理奈視点――


 通話を切った後、私は頭を抱えていた。


「あああああああっ! 私、何突然あんな事言っちゃってるの!? 流石に優しい玲音くんでも、引かれちゃってるよきっと!!」


 あの一言、完全に私の意思から離れていた。

 本当は「じゃあ明後日ゲームしよ?」って誘おうと思ってたの。

 でも、確かキックボクシングをやっているって言っていた事を思い出した瞬間、見学したいと言ってしまっていた。

 自分でも言った後に「何いってるの!?」なんて思ったけど、もう引っ込みはつかなかったから勢いでそのまま押し切ってしまった。


「強引だったよね、本当強引だった私っ!」


 まさか、ここまで自分で理性を失うなんて思わなかった。

 玲音くんの事を好きと自覚した瞬間から、何か歯止めが効かなくなっている気がする。

 好きという大氾濫を、理性というダムで抑えていたけど決壊し始めているような、そんな感じ。

 男性嫌いな私が、男性である玲音くんにここまで惹かれるなんて思わなかったよ。

 

 早速私はスマホを持ってメッセージアプリのとあるグループにメッセージを送信した。


『明日、好きな人がジムで頑張ってる姿を見学しに行ってくる!』


 このグループはクラスの女子数名で組んでいる《乙女同盟》で、何かいつの間にか人数が増えていて私を含めて八人になっていた。

 何人かは顔を知らない――いや、正確には覚える必要がないと思って、覚えなかっただけ――人もいる。

 でも恋バナで盛り上がりたい女子で集まっているから、常にトーク通知は寝ている時間以外は大忙しな状態だったりする。


『あのイケメン中学生でしょ!? いいなぁ、私も見たいなぁ』


『本当、川原さんって学校と全然キャラ違うね。未だに慣れない』


『まぁ事情を聞いたら私でもそうなっちゃうよねぇ~。男子が絡んだ時の女子ってめんどくさいじゃん?』


『わかる』


『わかりみ』


『(頷くアニメーションのスタンプ)』


 彼女達には、私が学校で無表情を貫いている理由を話した。

 この容姿でいい思いをした事がないし、男性にも迫られて女子からもその事で疎まれて、人間関係が面倒になっていた。

 だから学校では一切の感情を出さないようにしていたんだけど、玲音くんと知り合って見事にそれすら崩されたの。

 でもおかげでこうして学校でも楽しく話せそうな友達が出来たし、事情も理解してくれたから変に疑われる事はない。

 これも恋のおかげかもしれない。

 

 さて、私もそろそろ寝ようかな。

 皆に寝る宣言をしようと文字を入力し始めると、私より先に友達がメッセージを飛ばしてきた。


『私も一緒に行っていい? 川原さんの好きぴに会ってみたい☆』


 ……好きぴ?

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