前世で犬だった俺は、元飼い主に恋をする
ふぁいぶ
第1話 犬としての生を謳歌しました
俺は、もうじき死ぬ。
俺自身でもびっくりする位、しぶとく長生きしたと思う。
どれ位生きたか、それを表す便利な言葉を、俺は知らない。
気が付いた時には茶色い柔らかい何かに入れられていて、必死に生き抜くしかなかった。
それからとにかく色んな物を食べて、空腹を凌いだ。
時には透明な中身が見える不思議な物に包まれた奴を破り、中の物を漁った。
猛烈に腹が痛くなって、吐いたり下から出たりと大変だった事もあった。
時には縄張りを荒らされそうになったから、戦った。
敵の首を噛みついたり引っ掻いたり、俺も逆をやられて怪我をした事もあった。
そんなこんなでいつの間にか群れが出来上がって、俺はボスとまで崇められるようになった。
何も楽しくなかった。ただただ、生き抜く事に必死だったんだ。
雌だってそうだ。自分の子供が欲しいから、俺に懇願をして尻を向けてくる。
俺はただ、本能的に子種を放ち、子を与えた。
そんな俺に転機があった。
子分に裏切られ、ボロボロにやられてしまい群れを追い出されたんだ。
血が止まらず流れていく。俺は死を覚悟した。
だけどそんな俺を助けてくれる存在がいた。
何を言っているかさっぱりわからないけど、俺より大きな”それ”は俺を抱き上げてそのまま何処かへ連れていく。
その時は意識を失ってしまったが、次に目を覚ました時は身体中に白くて伸びる物を巻き付けられていた
どうやら俺の怪我を治してくれたようだった。
それでも俺はこの大きい生き物を敵としてしか判断できず、最初はずっと威嚇していたなぁ。全然効いてなかったけど。
この大きい生き物は、どうやらニンゲンというらしい。
こいつらは俺にご飯をくれたり構ってくれたりしてくれて、いつの間にか俺もニンゲン達に気を許してしまっていたんだ。
特にニンゲン達の中で一番小さい奴は俺にベッタリで、俺も居心地が良くて傍を離れなかった。
「れお」
よく小さいニンゲンがそう呼ぶ。
きっと俺の事なんだろうと何となく思った程度だが、そう叫んだらそいつに近付くようにしておいた。
飯や縄張りを巡って争う事は一切なく、俺は初めて穏やかな日々を送っていた。
だけど、俺も歳のようでそろそろ死ぬ。
視線もぼやけているし、あんなにはっきり聞こえていた小さいニンゲンの声もかすれて聞こえる。
しかし不思議と苦しくない。身体中が暖かいんだ。
それはきっと、小さいニンゲンに抱かれているからだろう。
「れお、れお!!」
必死に呼んでいるから、俺は小さく吠えて応えた。
今の俺にはそれが精一杯だ。
何でだろうなぁ、これから死ぬのに俺は、こんなにも満たされている。
うん、満足しているんだ。
こんなに穏やかな生活をくれたニンゲン達、俺は本当に幸せだったんだ。
一緒にいて楽しかったし、飯も美味かったし、とても安心できて本当に幸せだった。
「えりな、れおはもうおじいちゃんでてんごくにたびだつんだ。しっかりとみおくってあげよう」
「ううううう、れおぉぉ」
相変わらず何を話しているかはわからない。
でも、俺の死を見届けてくれるんだろうな。
こいつらに見送られるのも悪くないな。
「れお……いままで、ありがとう」
何でだろうな、お礼を言われた気がする。
お礼を言いたいのは俺の方なんだ。
きっと俺の思いは通じないだろうけど。
ああ、もう一度ニンゲン達の姿を一目見たかった。
そんな祈りは、一瞬叶った。
ぼやけていた視界は一瞬はっきり見えた。
やったぞ、小さいニンゲンの、あのくしゃっと歯を見せた顔が見れる。俺が好きな顔だ。
だが、小さいニンゲンの顔は、俺が好きな顔じゃなかった。
目から水を絶え間なく流していて、目が真っ赤になっている。
何なんだ、こんな顔知らないぞ。
そして、胸が締め付けられる。
「……やっぱり、しんじゃやだよぉ、れお!」
やっぱり言葉はわからない。
まぁいいや。
俺はずっと流れている水を、力が入らない体に鞭を入れて、小さいニンゲンの頬を舐めた。
……しょっぱかった。
さて、そろそろ限界のようだ。
俺はお礼の気持ちを込めて「わんっ」と一鳴きした後、意識を手放した。
次に目を覚ました時、白い空間に座っていた。
俺は、死んだ筈じゃなかったのか?
「はい、あなたは死にました。老衰ですね」
急に声がした。
俺は声がした方向へ向くと、今まで見た事がない美しい雌がいた。
金の毛並みがとてもそそる。
お前、俺と交尾して子を成さないか?
「残念ながら私は犬ではありません」
犬?
犬って何だ?
「あなた達の事ですよ。人間の言葉でそのように分類分けしているのです」
へぇ、そうなのか。
まぁどうでもいい。それで、強い子供を成さないか?
こちらは準備完了だ、いつでも挿れられる。
「だから私は犬ではありません」
俺達と同じじゃないか、どう見ても」
「それは私があなた達に近い容姿に変化させただけです」
なら、お前は何者だ?
「私は、死を司る女神です」
め、がみ?
さっきから訳分からない言葉ばかり言うな。
「……動物との会話は、いつも疲れますね」
それはわるぅ御座いましたね。
それで、俺に何のようだ?
「私は全ての生物に対して、次の生を与える役割があります」
次の生?
「その通りです。あなた方の生前を評価し、ポイント化。そのポイントで住みたい世界や才能等を購入して、そして反映させて生まれ変わらせます」
ポイントねぇ。
それは美味いのか?
「……話を進めます。さて、今回のあなたのポイントですが――」
女神め、勝手に話を進めやがった。
まぁ貰えるものは貰おう。
俺はニンゲン達のおかげで相当味にうるさくなってるぞ?
「食べ物でしか話は出来ないのでしょうか」
えっ、食い物は重要だろ。
食わないと死ぬからな。
「……疲れる。まだ人間の相手をしていた方が楽です」
ほら、ポイントとやらをくれ。
「わかりました。あなたに差し上げるポイントは何と、十万ポイントです!」
おお。
……それは凄いのか?
そもそもじゅうまんぽいんとって何だ?
「……数字の概念ないんですよねぇ。何て説明したらいいのでしょう」
まぁそのポイントって奴で次の生が決まるんだよな?
「その通りです」
なら俺が要望を出す。それをあんたが適当に決めてくれ。
「それで宜しいのでしょうか?」
ああ。構わない。
「では、あなたの要望を聞きましょう」
俺の要望は、前と同じ世界でニンゲンとして生まれたい。
「……人間を希望されるのですね?」
ああ、出来れば記憶はそのまま持っていきたいんだが、可能か?
「ええ、あなたのポイントならまだポイントが余っている位に余裕です」
なら余ったのはあんたが適当に決めてくれ。俺はニンゲンになりたい。
「……言っておきますが、人間の生活はあなたが思っているほど良いものではありませんよ?」
かもな。
でも、俺はあのニンゲン達を見ている内に憧れたんだ。
俺もあいつらみたいな生活をしてみたいってな。
「決意は固いようですね。では、向こうでも強く生きられるように、私からサービスをさせていただきましょう」
サービス?
それはうま――
「はい、ポイント設定は完了しました。それでは、良い”人”生を」
待て、待て待て!
そのサービスって美味いのか、それだけでもいいから教えて!!
また、俺の意識は飛んだ。
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