物語は終着点へ
「…どうして、ここが分かった…。アイラ・レイン」
「ヨヒラさんです。バロン先輩の友達、私の護衛をしてくれていた人」
アイラは鋭い視線のまま、拳銃を構えたまま、ゆっくりとゴードンとカノンへ近付いて行く。
「メメットさんに頼みました。もう後少しで警察が来ます。先輩と撮った音声レコーダーもミリアムさんの話していた内容を録音したレコーダーも渡してあります。…これで、言い逃れは出来ないでしょう?」
ゴードンは目を見開いて、「ど、どこから…っ」と上擦った声を出した。
「どこから?当然でしょう?…複製なんて」
アイラはにっと口角を上げて、それからまた一歩近付いた。
「出入口は二つ。エルとイレブンが入って来た方と、私の背中にある方。天井に穴でも開けて脱出してみますか?それでも上には警察が待ち構えているわけですが」
挑戦的なアイラの笑みにゴードンはグッと眉を寄せてから、ズボンのポケットからまた別のボタンの付いた装置を取り出した。
「こうなったら…!」
そのボタンが何であるのか、アイラもエルリックもイレブンも理解した。
ゴードンの指がボタンの上に置かれていく。アイラはすぐに狙いを定めて引き金を引き、イレブンがエルリックがとんっと地面を蹴って跳んだのをサポートするように、腕で思い切り振って彼を上へ飛ばす。
だが、アイラの弾丸はゴードンの頭の上を通って行き、エルリックはギャラリーの手すりに乗ってナイフを一閃したが意味をなさなかった。
カノンがゴードンの身体を突き飛ばし、床に押し倒したからだ。彼の手からはその衝撃でボタンが零れ落ち、遠いところへ転がってしまった。
「っカノ」
「す、すみません、ゴードン。勝手に身体が動いて…。貴方を守らなくては、と。いえ、違う。あのボタンを押してはいけないと思ってしまった…」
カノンはゴードンの身体から勢いよく離れ、明らかに狼狽した様子で両頬に手を当てて首を左右に振っている。
その様子を見て、ゴードンの瞳に影が差す。
「あぁ…、お前は――違うんだな」
静かな低い声が響き、据わったゴードンの目がカノンへ向く。
「カノンは、そんな挙動でそんな事を言わない。怯えたような素振りで、迷ったような行動なんて取らない。お前は、お前も偽物だったのか」
アイラよりも先に動いたのはエルリックだった。
ゴードンが振り下ろそうとした手にナイフを突き刺し、そのまま床に押し倒して縫い付ける。アイラはカノンに駆け寄って、彼女の身体を抱いた。
「っがァァァ!!?」
突然の痛みに、ゴードンは目を丸くしてその場で悶える。
アイラもエルリックも、カノンを助ける義理はないのだが、それでも生み出された彼女そのものには罪は無い。
二人の意見が一致しての行動だった。
「っが、腕、手、がァ?!いた、痛いッ!!?」
もがき続ける彼の姿は滑稽に感じて、アイラはそっとカノンから離れてゴードンに近付いた。
「貴方は、所詮お人形遊びをしているに過ぎない子どもなんですよ。ゴードンさん。現実を受け入れずに、妄想と空想の世界で物語を紡ぎ続ける、子ども。創作物の中ならば──作家や画家ならまだ許されていたのに…」
ヴァイオレット・ローにも言った言葉をアイラは送り、それから片膝を付いて首から下げている万年筆を掴んだ。
それをゴードンの目の前へと持っていく。
「私は、記者です。だから、貴方を殺しはしない。この
冷ややかで静かな怒りを持つ瞳に、ゴードンはただただ息を飲んでいた。どくどく流れていく血の事はもう、頭の中から完全に消し去られていた。
「許したわけじゃない。私は貴方に先輩にした事を認めて欲しいんです。先輩が確かに勇敢に私を守って死んだ事実を、このままにしたくないから」
アイラは懸命にゴードンへ訴える。だが、彼の目はアイラの向こう側─カノンだけを見つめていた。
これ以上彼へ何かを言っても無駄だ、と悟ったアイラは、ゆっくりと立ち上がる。
「…カノン、救世主プログラムだ」
その時、ぼそりとゴードンの口が動く。
「救世主プログラムを、起動させる事を命じる」
カノンの目が大きく見開かれる。
アイラは予想外の事態に陥りかけている事に気付き、すぐにカノンの方を向いた。
ゴードンが手にしていたボタンのみだとばかり思っていた。しかし、カノンの中に内蔵されてしまっているのなら、彼女を解体しなければそのプログラムを解除する事は出来ない。それはイレブンが今居る下の設備を使わなければ意味がない。最悪壊すという手があるが、それはカノンを殺す事になる。
しかしそれをしなければ、恐らくイレブンの身体の中に内蔵されているプログラムが発動して、アイラとエルリックの自由意思がかき消される事は明白だ。そしてそれは、アリステラ市の富裕層が完全にカノンの支配下に置かれる事になる。
アリステラ市の全ては今、カノンの手に委ねられていた。
彼女は少し震えていたものの、すぐに気を取り直すとカノンはゆっくりと腰を上げた。
「私…は、ゴードン…。それは……」
「早くするんだ。理想郷を、作るんだ…!」
カノンは瞼を閉じて、それからゆっくりと目を開けると下に居るイレブンの方へ目を向けた。
「エメラルド067!アンドロイド・カノン079たる私からの命令です。私達の下にある扉は昇降機の扉です。そこからここまで上がってきなさい」
イレブンは目を大きく見開き、それからその指示に従って下の扉の方へイレブンは駆け出した。
「ッおい!!どういうつもりだ」
「ゴードン、私は救世主プログラムを始動しません」
カノンのはっきりとした裏切りに、ゴードンの目が大きく見開かれた。
「貴方には感謝しています。私を作り出してくれた、私を大切に扱ってくれた。それでも、罪は認め償うべきです。そう教えてくれたのは、貴方です。…だからこのプログラムは始動してはいけない、と判断しました」
カノンの淡々とした答えに、ゴードンは絶望した顔をしていた。
「この…、この裏切者…!」
「……裏切りではありません、ゴードン。これは反逆です」
反逆。国家や支配者から背く事を表す言葉。
彼女は今、自己学習を行なって、ゴードンから背いた行動を行なったのだ。
「…アイラ、アイラ・レインさん」
「……はい」
カノンはアイラの目の前で片膝をつき、礼をした。
「私の事を、壊してもらえませんか」
カノンの申し出にアイラは目を丸くした。彼女は本気だった。
「私の救世主プログラムは、解体しないと取れませんから。ですから、壊していただいた方が街の為になると思うのです」
アイラは少しだけ考えて、小さく笑ってカノンの頭を優しく撫でた。
「壊さないよ、私は。貴方がそれを実行しないのならば、貴方は一人のアンドロイドでしょう?それで、いいんじゃないかな?」
アイラの言葉にカノンは大きく目を見開いて、それから「ありがとう」と呟くように言った。
「おい、てめぇ」
エルリックがゴードンへ荒々しく声を掛ける。
「俺は、お前を今すぐ殺してえ。知ってるだろ、俺は〈
「あたしもよ、ゴードン・エルイート。エミィとサフィを間接的に殺す事をした貴方を、あたしは許さないわ」
昇降機によって辿り着いたイレブンは、ゴードンを見下ろす。
「エル」
イレブンはエルリックの腰からナイフを抜き取り、ぎゅっとその柄を握り刃を撫でる。それからそのナイフをエルリックの手へ持たせた。
「これで、よろしく頼むわ」
「おー」
エルリックはそれをぐっと掴んで、そのナイフの切っ先をゴードンの喉元へ狙いを定めた。
エルリックはにっと歪に口角を上げて、それからシュッとナイフが空気を切り裂いて、
「死んでくれよ」
ゴードンの首に落ちる。
ゴードンは声にもなっていないような叫び声を上げ続け、エルリックのナイフがピタリと喉元で止まった時には口から涎を垂らして失神していた。
「──まぁまだ、アイラとの話が残ってるからな、今は殺さねえ」
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