辿り着く
「エル……」
エルリックは小さく鼻を鳴らしてから、ゆっくりとゴードンの手からナイフの引き抜いてのろりと立ち上がる。血で汚れている顔を腕で拭いながら、アイラの方へ顔を向ける。
「アイラ、お前に聞きてぇ事、山ほどあるんだけど」
「……うん、そう、だよね」
アイラは寂しそうな笑みを口元に見せて、「とりあえずは、」と前置きをしてから頭を下げた。
「ありがとう、最後まで手伝ってくれて」
それはアイラの本音だった。
彼女がいなくなった時点で、エルリックとイレブンにアイラを手助けするという契約は無効になっている。アイラからいなくなったのだ、当然だ。しかし、二人は仲間と共にここへまで導いてくれた。それは礼に値すると思っていた。
「いい。気にすんな」「そうよ」
エルリックとイレブンはそれぞれそう言った。
「なぁ、……どうして一人で行ったんだよ」
エルリックはアイラを睨みながらそう言った。アイラはギュッと拳を握った。
その質問をされる覚悟はしていたが、いざ面と言われるとアイラはどういった顔をすればいいのか少し分からなくなってしまった。
「…また、お前、って言われるかもしれないけどさ…。その…、怖かったの。私は先輩の復讐があって、でもエルやイレブンにはそういうのないでしょ。だから付き合わせているだけに感じて。私がどんなに危険な目に遭っても、それは私の責任だから問題ないけど…。だからレコーダーを手にした時、間違いなくゴードンさんやレッドさんが何らかの人間を私達に遣わせると思った。その手を私一人に向くようにしたかったの」
だからあの夜、アイラは隠れ家から一人逃げ出したのだ。
逃げ出す前にきちんとファイルのバックアップを他の音声レコーダーに取っておき、何らかの事件――最悪死んだときにメメットが手にしてくれるかもしれないという保険を作っておいた。そうすれば仮にオリジナルが向こう側に壊されても、五人がゴードンとレッドから関わらなくなった後にでも、メメットは隠れ家を調べる筈で、そしてその手に必ず渡る。
だが、エルリックやイレブンが自分の意思を引き継いで隠れ家を守ってくれた。
彼らが引っ掻き回してくれたお陰で、オリジナルを壊す為の人間を大量に送るという事がゴードン側には出来ず、結果としてオリジナルの音声レコーダーが残る事になった。
全て、アイラ一人の功績ではない。彼らが居たからこそ、ここまで上手く事が運んで行ったのだ。
エルリックは眉を寄せて、それからアイラにずかずかと近付いて行く。
殴られるかナイフで軽く切りつけられるか予想していたアイラは、ただエルリックの顔を見つめていた。
エルリックはぬっと利き手を持って行くと、アイラの額を思い切りデコピンした。脳を揺するような衝撃とジンとした痛みにアイラは思わず後ろへ下がり、それから驚いて目を丸くする。
「これで、許してやる」
「……ありがと」
アイラは痛む額を擦りながら、小さく笑った。
イレブンもほっと息を吐いた。そのイレブンへ今度はアイラが近付いて、身長の高くなったイレブンの白髪を撫でる。
「凄いね、イレブン。大きくなってる」
「前の身体、乗っ取られたから。…一目でよく分かったわね」
「分かるよ。外見がどれだけ違っても、イレブンはイレブンだしね」
アイラがよしよしと撫でる手をイレブンはゆっくりと外し、ふいと顔を背けた。少々子ども扱いし過ぎたかな、とアイラは残念に思っていたが、イレブンは照れた顔をアイラに見せない様に必死に表情の変化を耐えていた。
「…アイラさん、エルリックさん、イレブンさん」
カノンはそっと声を出した。
「私は、ここを破壊します」
「え」
アイラは耳を疑った。だが、聞き間違えではないようで、彼女はしっかりとした表情でギャラリー下の機器に目を向ける。
「これ以上、
「それが、貴方の意志?」
意志、という言葉にカノンは少し不思議そうな顔をしていたが、それでもカノンは頷いた。
「なら、良いと思うよ。ゴードンさんは私達が上に運ぶよ」
「私達じゃなくて俺が、」
「あたしが出来るわよ」
イレブンはそう言って、倒れているゴードンをひょいと抱えて背に背負う。
アンドロイドは基本的に人間の補佐が役割なので、人間を抱えるだけの能力は有している。どれだけデザイン的に女性でも小さい人でも、アンドロイドであるならば抱える事は可能である。
エルリックが目を丸くしているのを、イレブンは心底面白そうに見ていた。
カノンはアイラの前へ一歩近付く。
「よろしくお願いします」
カノンは頭を下げる。
「…うん」
カノンは三人の横をすっと通って行き、それから昇降機を使って下へ降りると、階下にある機器を触り始めた。
エルリックはアイラへ問いかける。
「で、どうやってここから逃げるんだ?」
「私とヨヒラさんが使った通路を使おう。ヨヒラさんにはキナンくん達を任せているから、私達だけで行くよ。ついて来て」
アイラは肩掛け鞄から懐中電灯を取り出して、先程アイラが出て来た通路の方へ彼女は彼らを呼んだ。
そうして四人で通路を進んで行く。
中はアイラの懐中電灯の光以外に、足元を照らしている小さな灯りしかなかった。こういった場所を使って、ゴードンとレッドは秘密裏に協力し合っていたのだろう。
ただ皆無言で、先へ先へと進んで行く。
その時だった。唐突に耳を劈くようなサイレンが鳴り始める。じりじりと警鐘もその場に響いた。
「な、なになに!?」
「ッ、早く逃げるぞ!」
アイラはエルリックの言葉にすぐに頷いて、それからはたと気付いた。
カノンは自分を作る機械を壊すといった。だが、本当は彼女自身も壊れるつもりなのではないか。
それを考えたら、アイラは思わず振り返ってしまった。
「ッアイラ!?」
「カノンが!カノンは死のうとしてる!爆発に巻き込まれて、死ぬつもりなんだよ!」
アイラの焦った表情に、エルリックは舌打ちをする。それからアイラの身体をひょいと担ぎ上げた。
「ッエル?!」
「道なり、なんだよな。おい、イレブン」
「えぇ」
「ちょっと!」
アイラが暴れるのを軽くいなしながら、エルリックとイレブンの二人は駆けて行く。
「いいか、あいつは全部これを覚悟してたんだろ?俺達は、それになんか言ったらいけねぇんだよ。…あいつが決めた事なんだ」
アイラはエルリックの言葉を耳近くで聞きながら、何も出来ない手をただ伸ばして――、ゆっくりと下ろして抵抗を止めた。
「カノン……!」
熱気の強い部屋。
機械は既にごうごうと燃え盛り、高温によってどんどん鉄は溶けて地に落ちていく。
エルリックが開けた壁の穴から隣の部屋へ炎が移ってしまわないかと確認した。隣の部屋にいる
痛覚機能をオフにした。これで肌がどれだけ溶けようとも、足が使い物にならなくなっても、呼吸機能に炎が入って焼かれようとも、痛みを感じる事は無い。
カノンは手を見た。
すっかり汚れている。溶けている。
今までゴードンに過保護に育てられていたカノンにとって、初めて見る汚れだった。
運動回路が、
もし、ゴードンに反抗しなければ、別の未来があったのだろうか。
それでも、この選択をカノンは後悔していなかった。ゴードンに背いた事を、反逆者になった事を。
反逆者のカノンは、小さく笑ったまま溶けていった。
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