この日の為に

「ッこの!」

 キナンは、先程壊したアンドロイドの腕を思い切り振るって、同じ型番であろうアンドロイドの中心へぶつける。同じ金属同士、当たって砕けて動いていた方のアンドロイドは地面に沈黙した。

「もう…!ゴキブリみたいに沸いて出てくる…!」

 シャルティエは弾丸を弾倉へ詰めて、またアンドロイドの頭に発砲する。エミィやサフィ、イレブンによく似た顔を見つける度に顔を顰めて、しかし己が死なぬように撃ち続ける。

「キナンッ!」

 フラウはそこまで攻撃力が高いわけでも、戦闘におけるスキルがあるわけでもないので、固い己の左腕を使って懸命にアンドロイドの攻撃を受けている。


 アンドロイドの数は、減っていく一方である。しかし、明らかに三人の体力もまた磨り減っているのは事実であった。

 どれだけ倒しても無限に湧いて出てくるように感じられる。

 骨が痛む。血が滲む。それでも手を、足を、頭を動かすのを止めてしまえば、このまま死ぬのは見えた事実である。


「くっそ……」

 シャルティエは息の上がり始めたのを押さえるように胸に手を当て、しかし動くのを止める事はない。

「シャル!」

 シャルティエの様子がおかしいのに気付いたフラウが、急いで彼女の側へ駆け寄ろうと走る。しかし、その行く手は数体のアンドロイドによって阻止されてしまった。その内の一体のアンドロイドの腕がフラウの顔面へと迫る。

「フラウ、下手に動くなッ」

 キナンが持ち前の足の速さで距離を詰め、フラウの身体を思い切り仰け反らせ、その攻撃を躱させる。そのアンドロイドの眉間の間にナイフを突き立て、再起不能状態へ持って行って蹴り飛ばして、ドミノ状態にして起き上がるのに時間がかかるように事を運ぶ。

「怪我」

「ない!」

 フラウの返答を聞き、シャルティエの方へキナンは顔を向ける。

 シャルティエは明らかに消耗しているようだった。

「シャル!こっちに来いッ」

 キナンが手を伸ばす。

 しかし、シャルティエはそれを無視して、片手で銀のネックレスのチャームの蓋を開けた。そこから薬を取り出すと、一気に口の中へ放り込み、水も使わずに飲み込んだ。

「っけほ、大丈夫ッ!私の事は気にしないで!」

 シャルティエはキナンとフラウへそう言い、またアンドロイドの眉間を撃ち抜いていく。

「あんなの…、身体に良くない」

 薬はあくまでも身体を騙しているだけに過ぎない。

 一般的な薬ではないのだ。北アリステラの闇医者のような人間から買い取っている品物で、一時的な発作を抑制するもの。身体への負担は大きいが、それでも確実に発作による身体の震えや動悸を抑えてくれる。しかし、彼女は口には出さないが、身体には相当な負担である。

「キナン!」

「分かってる!」

 フラウがシャルティエの援護に行こうとしているのは、フラウの事を見なくても分かった。キナンだって行きたい。だが、そのまま行ってしまうとキナンもフラウも背中から殴り殺される。

 キナンの足の速さであれば、何とかなるかもしれないが、フラウがその間一人で持ちこたえられるとは思えなかった。


 あんなに嫌いな大人だったら。そうすれば、力があっただろうか。

 この状況を打破する事が出来たのだろうか。


「ッ」

 キナンは悩む頭を振り払うように、近くのアンドロイドを思い切り蹴り飛ばす。びし、と嫌な音が身体全体に渡り、思わず顔を顰めた。

「っキナン!」

 様子がおかしい事に気付いたフラウが、急いでキナンの肩へ手を回す。

「足が…っ」

「くっそ……」

 同じ質量のものをずっとずっとぶつけていたのだ。定期的なメンテナンスをしたところで、硬度が上がるわけではない。壊れるのは至って普通の事である。

 だが、今壊れられるのは詰みである。

 戦力がシャルティエの拳銃しかない。

「フラウ、離れろ」

「っでも、キナン」

「お前等は俺が守る。あそこから出た時にそう決めたんだ」

 キナンはギシギシとなり、歩行が安定しない足で一人で立つ。そしてフラウへしっしっと手を振った。

「シャルの援護に回れ。お前等守って死ぬくらい、問題ねぇよ」

「ッキナン、そんなの…駄目、駄目だよ!俺達、全員で生き残って――また父さんと一緒に、エレーノ劇場を」

「悪い。お前やシャルから、謝っておいてくれよな」

 キナンはにっと口角を上げると、すぐにその場から駆け出した。

 フラウはそれを追おうとするが、その会話を聞いていたらしいシャルティエがいつもの倍の力でフラウの首襟を引っ掴んでとどめた。

「シャル!」

「フラウ、動かないで!守れないッ」

 シャルティエは叫ぶように言い、ミニガンを三連射して入れ替える。残りの弾数と周りのアンドロイドの数を見て、グッと眉を寄せる。明らかに弾の数が足りない。

 ここは敵の本拠地なのだ。こうなる事は分かっていたとはいえ、ここまでの消耗戦を強いられるとまでは予測していなかった。

「フラウは、大丈夫なの?」

「俺は、平気」

 フラウは僅かにヒビの入っている左腕を隠すように触りながら、じっとシャルティエの目を見てそう言った。

 キナンやシャルティエが前線で戦う分、明らかにフラウの消耗は少ないが、それでも何度も同じ硬度の物を受け止め続けて、彼も何もなかったわけではない。

「あぁ、もう。折角エルリックさんやイレブンにカッコつけたのに…、示しがつかないなぁ」

 シャルティエは小さく笑って、フラウの目を見る。その目は、全てを受け入れたかのような瞳で。

 フラウは小さく頷いた。

 このままでは、キナンが殺される。

 二人で生き残るか。否。三人で共に死ぬべきだ、と。

 三人が三人共に、それぞれを守ると約束したのだ。だから、誰か一人が欠けてしまう可能性があるだけで、この約束は果たされない。

 フラウもシャルティエも、とっくに覚悟は出来ていた。

「シャル!」

「うん!」

 シャルティエはフラウの腕の中へ倒れ込むようにして、その腕へ抱かれる。フラウは次いで振り抜かれたアンドロイドの拳を躱し、左腕で出来るだけシャルティエに攻撃が当たらないように躱しながら、キナンが駆け抜けて行った方向へ走る。


「「キナン!!」」


 キナンの両足からはバチバチと小さく火花が出てしまっていた。それは、この十数年付き合ってきた中で、オリエットが彼の足を点検している以外では見た事のない光景であった。

 キナンはフラウとシャルティエが来た事に目を丸くし、その彼が硬直している間に後ろから殴りかかっていたアンドロイドを、シャルティエが素早く撃つ。

「お前ら…」

「死なば諸共。キナンだけなんて、そんなのさせないよ!」

「そうそう。キナンだけが死ぬなんて自己犠牲、私もフラウも望んでないよ」

 にこり、とシャルティエが微笑んで、フラウもシャルティエの意見にコクコクと頷く。

 キナンは困ったように笑って、それから「馬鹿だな」と言った。

「馬鹿だよ。でも、悪くないでしょ?」

「あぁ、悪くないかもな」

「アズリナさんや父さんに申し訳ないね…」

 アンドロイドはどんどん迫ってくる。三人はそれぞれ手を繋いで、小さく笑っていた。

 その時、シャルティエの耳に確かにレッドの声が聞こえてきた。


「何で……」


 困惑したようなその声が聞こえたかと思うと、今まで滑らかに動いていたアンドロイドの動きが少しだけ乱れた。見ているだけでは分からないが、恐らく彼らへの指示をレッドが出しているのだろう。

 何故彼が動揺しているのか。シャルティエにはよく分からなかった。

 彼にとって邪魔である自分達が死ぬ事は利益である筈だ。何故、決意を揺るがしているのだろう。

「あの人…」

 シャルティエが小さな声で呟いたのを、キナンとフラウが気付いた。


 その時、発砲音が響きレッドの手から四角の黒い機器が床に落ちた。

「大丈夫か、キナン!」

「ッあに、き…っ!?」

 黒髪の男は、片手に煙を吹く拳銃を構えたまま、じっと手を震わせているレッドへ冷たい目を向けている。

「何故…、ここに…」

「アイラ…、アイラ・レインの護衛が俺の仕事…。それだけだ」

 レッドがくっと眉を寄せて、黒髪の男―ヨヒラ・ラエネックを睨みつける。

 アンドロイドの動きが完全に止まり、ヨヒラの方へ目を向けている。

 その隙が、唯一のチャンスだった。

 キナンはフラウとシャルティエから手を離し、勢いよく駆けて地面を蹴って跳んだ。アンドロイド達の頭上を飛び、レッドの目の前に降り立つと渾身の力を込めて頬を思い切りぶん殴った。

 レッドの身体は宙に浮いて、そのまま床を転がった。ばちん、と内側にも外側にも響くような派手な音が足から鳴り、キナンは力なくその場に膝から崩れた。

「キナン!」

 ヨヒラが手を伸ばそうとしたが、キナンはそれを一瞥して倒れているレッドの元へずるずると這いずって行く。

「おい…、何でだ」

 キナンは意識を失ってはいないと知っていて、レッドへ訊ねかける。

 彼も分かっていた。どうしてアンドロイドをいちいちけしかけるだけで、集団で一人ずつを潰していかないのか。

 明らかに手を抜いていた。あるいは、倒す気がそもそもなかったようなやり方をしていた。

「何で、殺そうとしてなかった…!?今更、いい人ぶってんのかよ…ッ?」

 レッドは目を閉じて黙っていた。それから「アンドロイド全機体、一時シャットダウン」と告げる。すると、動いていたアンドロイド達の目から光が消え、それぞれが床に崩れるように倒れた。フラウとシャルティエの近くに居たアンドロイド達も倒れ、慌ててそれらを躱す。

 キナンはすぐにレッドの胸倉を掴んだ。

「どういうつもりだよ…!」

「……君達なら、助けてくれると思った。俺も――ゴードンも」

 レッドの言葉に、キナンは眉をピクリと動かした。レッドはゆっくりと目を開けて、キナンの赤い両眼をじっと見つめる。

「誰も、止めてくれなかったんだ。…子ども心の我が儘を、誰もが受け入れて、認めて…、暴走し続けて」

 レッドは小さく口角を上げて、それから「話そう」と呟いた。


「君達に許されようとは思っていない。それでも、それでも…、知っていて欲しいんだ。狂った人間の、単なる伽話だと思って」

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