理想郷を求めた男達
彼らは別に最初から狂っていたわけではない。
家は裕福でも貧乏でもない、普通の家の長男として生まれた。
レッドは勉強も運動も人並みにこなせる、いわゆる普通の子どもであった。そんな彼がゴードンと出会ったのは、エフェルナ小等学校の高学年の頃。
ゴードンはその当時から頭脳明晰で、「博士」だ「先生」だと子どもの目から尊敬されるほどのものだった。
レッドとゴードンのウマが合ったのは、その頃の子どもにしては二人共が大人びてしまっていた点が強かった。
確かに当時の彼らは子どもであったが、子どもらしさというものをあまり持ち合わせていなかったのだ。
そうして、ヴェウニア歴一〇五年。神帝戦争が勃発する。
当時、志願兵が戦争に加わる事があっても、一般市民が戦争に加わる事はなく。ゴードンもレッドも己がしたい事をのんびりと行なっていた。
その内にレッドが戦争の話題から発想を得て、「人ではない『ナニカ』が人の代わりに戦争に出れば、人々の犠牲はなくなるのではないか」という想いを持った。
ゴードンはその話に非常に興味を持ち、二人は大学ではロボット工学科に入る事を決意した。
そこで二人はカノン・オーフェリアと出会う事になった。
カノンはレッドと同じくロボットを作れば人々の役に立つと思い、そういった理由で工学科に所属している女性だった。
明るく、可憐で、美しく、誰に対しても分け隔てなく接する。花、蝶に例えられるような――そんな女性だ。
レッドやゴードン、その他の男らが彼女の虜にならないはずがなかった。
それでも、ゴードンやレッドが彼女と関わるようになったのは、同じ学年であり共同研究をしたからである。
彼女が立てた研究テーマ、全ての人間が平和に過ごせるような世界を作る事だった。戦争など起こらない、誰も他人を傷つけない世界を作る。その為にアンドロイドを生み出す。
アンドロイドが人間が関わる全ての補助を行なうのだ。戦争だって、アンドロイドが行けば人間側の被害はない。ロボットは人間味がなさ過ぎてあまり受け入れられた居ないし、
未だ、世界はまだ進化していないのだ。
カノンの目指す世界は理想郷でしかない。しかし、それでも彼女の熱意と語り口は、人の心を掴んで離さなかった。
そうして大学の青春時代を、カノンとゴードン、レッドは過ごしていた。後輩のミリアムが入ってからは四人のプロジェクトとなり、ますますアンドロイドの制作に拍車がかかる。
しかし、それは突然終わりを告げてしまう。
カノンがマフィアの抗争によって生じた爆破事件によって、命を落とした。
葬式の日。
カノンがとても好かれている人間であったのを示しているかのように、式には多くの人間が涙を流して参列していた。
ミリアムも泣いていた、レッドも涙を流していた。ゴードンも涙を流していた。だが、同時にゴードンの中で何かが壊れてしまったようだった。
「必ず……この世界を変えてみせる」
そこから彼の人生の歯車が狂っていく事となった。
それぞれの卒業論文を終え、レッドは中小企業に勤めて過ごしていた。勿論アンドロイドの制作を続けていた。金が無いので細々としたものだったが、それでも夢を追い続けていた。
そんなある日だった。
ゴードンから連絡が来た。話がある、と。
親友であったがしばらく連絡が疎遠であった為、レッドは二つ返事でその約束を受けて、そして彼に出会った。そしてその時にレッドの人生に影響をもたらす、たった一つの言葉が投げかけられた。
「レッド、お前をアンドロイド計画の第一人者として、俺の手元に置きたい。この話を引き受けてくれないか?」
思わずレッドは手から酒の入ったグラスを落としそうになった。それ程の衝撃を彼は持った。
ゴードンは、マフィア撲滅を掲げて政治活動をして、次の議員選挙に無所属で出馬し当選すると言われるほどの成長ぶりを発揮していた。
一方のレッドは新卒二年目で中小企業勤め。
明らかに差が生じていた。
「…どうしたんだよ、急にそんな。カノンの話、なんて」
誰もが避け、あの日から一度も会話の中に登場する事のなくなったカノンを、今更彼が掘り出してくる事が珍しいと、レッドは純粋に感じていた。
「俺の、計画を聞いてくれないか」
重々しい切り口から始まった彼の話は、思わずぞっとしてしまうような、そんな内容であった。
カノンの考えていた理想郷創造計画―アンドロイド計画とはややかけ離れたような、ゴードンの考え付いた「救世主プログラム」を盛り込んだその話は、レッドにとって有益な事も盛り込まれていた。
金は何とか自分が工面すると。だから、アンドロイドを――カノンを復活させるのだ、と。
カノンはレッドにとっても、ゴードンにとっても初恋に近い人だった。その人物を自分の手で再び取り戻す。それは背筋が震えるようだった。
ゴードンの話の中で重要な事を完全に頭から除外して、アンドロイドの制作が出来る事への喜び、そしてカノンを自分の手で創り上げる事が出来るという話だけを鵜呑みにしてゴードンの話になる事になった。
その次の日に早々に辞表を出し、ゴードンの下でレッドは働く事になった。
レッドは大学時代の知恵を活かしながら、まずはカノンの写真をベースにしてアンドロイドを作り出した。金を稼ぐ名目も含めて愛玩用のアンドロイドを十体ずつ、それを売ってゴードンの力を出来るだけ借りずに資金を集めるように努めた。
だんだん会社の組織が作り出され、気付けばその取締役として働くようになっていって、そして金が貯まるようになってからようやく、本格的に「カノン・オーフェリア」を作り出した。
「出来たぞ、ゴードン!人工知能のベースもカノンの周りの人間からのリポートや話を聞いて、出来る限り近しいプログラムを組んだ!」
レッドはその日はとても興奮していた。
今までの苦労が報われる日だと、そう思っていた。だが結果としては、それは報われる事は無かった。
カノン001が動いてすぐ、ゴードンはカノンと二言程度話してからレッドに対して「これはカノンじゃない」と落胆と苛立ちのこもった声でそう言われた。
確かに見た目はそっくりにとどまっている上に、声もいまいちだったのかもしれない。あくまでもカノンの母親から借りたビデオやレッドの記憶の中にいるカノンの声を参考にしているので、ゴードンからしたら「違う」ように感じたのかもしれない。そう思った。
だが、思えばそこからゴードンの異変の片鱗が見え始めていたのだろう。
カノンを作っても作っても、ゴードンはカノンではないと言い続けた。金が足りなくなる事はなかったが、それでも金銭面を心配する用にはなって来ていた。
そこでレッドはようやく、ゴードンが非合法なやり方で金を不当に得ていた事や、市議としてアンドロイド計画を公にして金銭を得ている事も知った。公にしている事によって、レッドはもう手を引く事の出来ない状況になっていっていた。
気付けば、逃げる為の道を既に塞がれている状態だった。
やがて徐々にゴードンが「カノンかもしれない」と言うようになった。しかし言うようになったとしても、二・三日すれば壊れた状態でアンドロイド・カノンは帰って来た。自己学習をしたカノンはゴードンの気には召さなかったらしい。
そうしてどんどんどんどん、カノンの死体は増えていった。ゴードンはどんどん狂っていき、二人はどんどん狂った道を進まざるを得なくなってしまっていた。
そして、レッドの力も借りて有名な市議となったゴードンは更にその権力を片手に様々な事をし始めた。表向きは市の事を考えた政策のそれらは、一重にすべてカノンを復活させる為の布石でしかなかった。やがてカノンを完全な物とする為に孤児院の子どもを使って機体を試してみたり、事態をばらされないようにバロン・フィリップを殺害したりと、全てが狂って行ってしまった。
どこで、踏み外してしまったのだろうか。
恐らくあの時に、ゴードンからの誘いをレッドが断っていたらここまでアリステラ市全てを巻き込むような事件にまで発展していなかっただろう。
しかしもう遅い。全てはこうして人生の道となり、今へと繋がってしまっている。
ゴードンはカノンへの盲目的な愛と幻想を注ぎ続け、
親友を裏切りたくない思いと研究欲に捕らわれたまま動き続け、
そうして、全てはここに終着した。
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