Episode.11

地下へ

 黒髪を青いリボンで一つ結いにしている男─エルリック・ハルバードは、玄関の扉を勢いよく閉めると、その扉の横の壁に拳を思い切り叩き付けた。

 戻る事も出来る。だが、彼の復讐を邪魔する事は出来ない。エルリックでも分かるレベルの物事だった。

「ッあぁ、くそ!ったく、どこ行きゃあいいんだ!おいっ、イレブン!!」

 長い茶髪のアンドロイド─イレブンの名を呼びながら、ナイフ片手に屋敷内を彷徨こうとした時だった。床の一部がカタカタ、と不規則に揺れた。

 エルリックは何かの仕掛けの作動か、とナイフをそちらの方へ向けて、鋭く目を細める。

 揺れる床はひっきりなしに揺れ続け、ガコンという鈍い音が鳴ったかと思うと、そこがくり抜かれたように剥がれ、そこから白髪緑眼の少女が顔を覗かせた。

「あ、エル」

「ッてめ、誰だよ!なんで俺を知って...」

「........はぁ?...ってそれもそうね──よいしょ」

 彼女はゆっくりと身体を出してから、外した床タイルを元に戻してから、軽く服を叩いた。

「イレブンだけど、エル」

「はぁ?あいつはもっと生意気な顔して」

「今の私は暴力が震える状態だから、思い切り殴るわよ」

 イレブンの口調でそう言うアンドロイドに、エルリックは目を丸くするしかなかった。

「...どういう事だ?」

「前の身体が乗っ取られたから、こっちに入れ替えたの。見た目が違うのはそのせいよ。...キナン達はまだ来てないのね」

 イレブンは簡単に自分の身の上を語っておき、それからキョロキョロと辺りを見回して顔を曇らせた。

「...貴方も、ハカナを置いてきたのね」

 イレブンのそのセリフにエルリックは目を大きく見開いた。

「貴方も...って、てめぇも...」

「ヴィヴィットとセレンに助けられた。...そこから先は、知らないわよ」

 イレブンは小さくそっぽを向いて、そう口を開いた。苦々しい顔をしている彼女に、エルリックは何も言えなかった。

「エルリックさん!...と誰?!」

 そこへ、二階から赤眼の青年―キナン・トーリヤが顔立ちの整った黒髪の青年―フラウ・シュレインと赤と紫のヘッドフォンをした短髪の少女―シャルティエ・クゴットを抱えて降りてきた。

 イレブンは目を丸くしている彼らにも、エルリックと同じような説明をして、三人はそれぞれ納得したような何とも言えない顔をして頷いた。

「ッね、ねぇ、他の皆は...」

 フラウはエルリックとイレブン以外に人が居ない事に気付き、不安げな顔色でそう言った。二人は何も答えない。

「...そっか、私達だけか......」

 シャルティエは小さく眉を寄せて笑う。乾いた笑い声だけが、そこに響いた。

「......俺が...。俺が、あの時マフィアの事を悪く言ったから...」

 フラウはきゅっと自分の片腕をもう片方の腕で抱いた。深刻な顔をした彼に、キナンはくっと眉を寄せてフラウを小突いた。

「考えても、もう意味ねぇよ」

「........うん」

 フラウはふいと視線を反らし、唇を小さく噛んだ。

「...とにかく行くわよ。地下室に、何かがあるみたい」

 イレブンはすたすたと廊下を歩いて行く。エルリック達は早足のイレブンの後ろを付いて行った。

 そして、この屋敷の北側の黒塗りの扉へ辿り着いた。厳重な電子ロックが二つ付いている。

「イレブン」

「任せて」

 イレブンは電子ロックに手をかざし、目を閉じる。

 頭の中に流れ込んできた電子の波に顔を顰めつつも、すぐに必要な番号を打ち込んでいく。ピピ、と音を鳴らしてロックは外れ、イレブンは次の電子ロック解除を行なう。

 そして、全ての電子ロックを解除して扉を開ける。その先には、細い階段が下へと伸びていた。

「ここか...」

「行くぞ」

 エルリックが先頭を切り、後ろから何かあっても大丈夫なように後ろをキナンが歩き、ゆっくりと暗闇の階段を下りていく。

 下りた先には、広い空間が広がっていた。何かあるのか、暗がりではさっぱり分からない。

 かつん、とシャルティエが靴で床を叩き、その反響音で部屋の広さの大体を計る。

「かなり広いみたいだ」

「イレブン、お前なんか見えねぇのかよ」

「私を便利ロボット...って、そうね。護衛型だから夜間護衛用に暗視機能があるはずだわ」

 イレブンはそこで新しい自分の身体の能力を思い出し、ぽんと手を打った。それを見て、エルリックは思い切り溜息を吐く。

「てめ、しっかりしろよな」

「エルには言われたくないわね」

 彼女の言葉にぎゃあぎゃあと喚き始めたエルリックを放って、イレブンは暗視機能へと視界を切り替える。そして思わず息を飲んだ。

「ッ!?」

「っおい、何があった!?」

「イレブン?」

「これ...嘘で」

 イレブンが口を震わせて呟いた時、パンと軽い音を鳴らして電気が点灯する。


 そこには、無表情で並ぶアンドロイド達が居た。

 性別と瞳の色毎に分けられた同じ顔の彼らの全ての視線が、じいっと五人に向けられている。

「ッは?」

「ひッ」

「何だよこれ...」

「アンドロイド...。まだ発送される前の...」

「やぁ、よく来てくれた!」

 驚いている五人は、同時に顔を上げた。

 さらりとした黒髪に、黒曜石を当てはめたような綺麗な両目。服は紳士的なタキシードを身に付けていた。

 エルリックは彼の名を知っていた。


「レッド・ディオール........だったか」


 仇の名前に、キナン達の顔色が一変する。

「レッド...!」

「まあ、そうすぐに噛み付かないでくれ。俺にだって説明する事がある。...エルリック・ハルバード、そしてルビー011──今は元、と付けるべきかもしれないが、君達は俺に用事がある訳では無いのだろう?」

 レッドの言葉にエルリックとイレブンは同時に顔を見合わせた。

「ゴードン、だろう?君達の目的はさ」

 レッドはポケットからペンのような物を取り出して、それを押し込んだ。すると、アンドロイド達が並んでいる後ろがゆっくりと観音開きに開いていく。

「この先に、実験室が――。ゴードンがいる。行くと良い。...だけど、」

 レッドはポケットにそれをしまうと、パン、と手を打った。すると、アンドロイドの目がぱっと光った。

 起動の合図である。

「このアンドロイド達を抜けていく事が出来るかな?」

 レッドはにやりと笑う。その時には既に、キナンの身体がレッドの目の前に立っていた。

「は」

 レッドが息を呑むのと同時に、キナンはレッドの頬を思い切りぶん殴りそれからポケットからスイッチの付いた細い機器を取る。それを取ってから、一旦全員がいる場所に戻り、エルリックとイレブンを肩に担いだ。

「おい、キナン!」

「先に行ってろ、必ず追いつく」

 キナンは大きく開いている扉の中へ二人を投げ込んだ。そしてレッドから奪ったボタンをすぐに押す。するとゆっくりと扉は締まって行った。

「キナン、フラウ、シャル!」

「大丈夫、必ず行く。約束する」

 ニッと口角を上げて笑うキナンが、扉が閉まると見えなくなってしまった。


「キナン、躱してッ!」

 振るわれた拳が、キナンの真横を通り髪の毛を掠める。キナンはそれをバックステップで避けて、フラウとシャルティエの横にまで下がった。

「...動けるか、お前ら」

「うん、勿論!それに動けなかったとしても、私達は多分――ここに来てると思うし」

「俺も大丈夫」

 シャルティエとフラウの返答を聞き、キナンはにっと二人に笑いかけて目の前のアンドロイドらに目を移す。

 殴られたレッドはもう起きて、顔を顰めてキナンに殴られた頬を押さえていた。

「痛いんだけども」

「俺で良かったな。フラウだったら、顎骨から何から、全部折られてたぜ?」

 キナンは笑ったまま、拳を握った。

「...子ども三人だけで勝てると思わない方がいい。皆、強く硬い。拳や足蹴、ナイフなんかで勝てるなどと」

「じゃあ、これなら死ぬ?」

 シャルティエはパッとミニガンを取り出してから、近くのアンドロイドの頭に三発全部を叩き込んだ。黒い飛沫を上げながら、その身体は倒れた。

「...弾には限りがあるからね。キナン、フラウ、ごめん手伝って」

「問題ねぇよ」

「俺達はこの日の為にやって来たから――ね」

 シャルティエはミニガンを手に持ち、フラウは左腕を前に出すようにして拳を握り、キナンはそんな二人を庇うように立ってレッドを睨む。

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