ローレンス・ファミリー

 次の日。セレンとシャルティエが回復したという事で、リビングルームに一同が集まり、その中心に昨日の地図が置かれた。

「ここは、市議邸の周囲を含む地図ね。中までは詳細の記載はないから、本から適当に引っ張ったんだと思うわ」

 イレブンは簡単にそう言い、カミラへ目を向ける。カミラは小さく頷いてから、セレンの方へ目を向ける。

「姐さんに頼まれた通り、色々しておきましたよっと」

 セレンはそう言って、三枚に渡る紙を地図の近くに置いた。そこには細かく建物の配置と部屋割りが描かれている。

「どっから手にいれたんだよそれ...」

 エルリックの質問に、セレンは兎面の裏側で怪しく微笑んでいた。

「っまま、僕には僕なりの情報源があるって事で!んで、今回の侵入経路として考えられそうなのは、今から赤いマル印付けるところね」

 セレンはそう言ってキャップを取り外し、まず一階の間取り図の裏口にマルを付ける。

「まぁ、無難だけどね。裏口からの侵入」

 裏口の方から全員で侵入し、中を引っ掻き回す。あるいはそこから侵入した後に、各自チーム毎に分かれて戦闘を開始する。

「次に、屋上...、まぁ上からだね」

「上からって...。フラウが全員運び上げんのか?」

「え」

 キナンの言葉にフラウは固まる。

 アンドロイド工場での出来事を思い出し、ひゅと股間が涼しくなるのを感じた。

 血相を変えたフラウに気付き、セレンはフォローを入れるように口を開く。

「それは時間がかかるんじゃないかな?ていうか、フラウくんはそんな事も出来るんだ」

 セレンは興味深そうにフラウの左腕を眺める。フラウは小さく悲鳴を上げて、その左腕を隠した。

「まぁ、でもそれが出来るなら、上からの経路もアリか。カミラ嬢的には、どういった作戦を立ててるわけ?」

 カミラは静かに息を吐いてから、セレンから鉛筆を受け取って地図を睨みつける。その視線で地図に穴が開きそうである。

「警備員をある程度片付けたい。それはエルリックさんと、ハカナ。電子機器系統は早々に潰しておきたいから...イレブンとセレン。中への侵入はヴィヴィットが手伝ってあげる。キナン達三人と私で、上から攻めよう――どうかな?」

 カミラが気にしているのは、ゴードン、レッド、ローレンス・ファミリー以外の介入者である。法の下では、明らかに不利なるのはカミラ達であるのは揺るがない事実だと言っていい。その上で、警察やさらに警備員を増やされてしまうと厄介になる。

 そこで、まずは外への連絡線を絶つ。セレンのハッキング、イレブンのアンドロイドとしての技量もあれば、五分とかからずできるだろう。その間に、警備員を〈切裂きりさき魔〉であるエルリックとレミリット・ファミリーの中でも武闘派であるハカナで、外の人間を一人残らず伸す。同時に、外への増員及び内の戦闘担当としてヴィヴィット、そして上からキナン達が攻める。二階までしかないので、屋上から降りたとしてもヴィヴィットとの合流が難しくないとカミラは算段を付ける。

「......それで、ローレンスとの決闘ね」

「なぁ、俺は見た事ねぇから知らねーんだけど、どういう奴等なんだよ」

「あたしも詳しくは知らないから、情報として教えて欲しいわね」

「それなら私もー。キナンとフラウの人生を狂わせたような野郎の顔と名前を知ったところで殴りたくなるだけかもしれないけど」

「しゃ、シャル...」

「構成員としては、大体幹部一人に付き四十人くらいッス。だから、全体としては百六十人くらいッスね。レミリットとの抗争で人数大分減らしましたから」

「それでも、私達に比べると多いわよ」

「問題ねぇよ。殺していいんだろ?」

 エルリックはカミラへ目を向ける。カミラは僅かに視線を彷徨わせたが、力強く頷いた。ハカナもその動揺は見てとれたが、何か口を挟むという事はしなかった。

「貴方とハカナの強さなら問題ないでしょうけど、特に注意しなくてはならないのは、五人。ローレンス・ファミリー頭領ボスのバルシィ・ローレンス、バルシィの右腕としてファミリー結成当時から動いている男、ロアルネ・フェスコ、ハルバ人として途中から入って幹部にまで上り詰めた女傑、ディアンサ・クライス、で三人の出会ったユティア・ロンド、ね」

「その五人は流石に分散させた方が良いと思うわ」

 ヴィヴィットの言葉にカミラも「同意見よ」と首肯しながら頷いた。

「二人に五人全員を引き付けろ、とは言わない。だから、もし五人あるいは三人以上が固まってたら、二人は走って逃げて」

 カミラの言葉にエルリックとハカナは目を丸くして、同じタイミングで「は?」と声を漏らす。


 カミラの考えはこうだ。

 エルリックとハカナが走り出して逃げている間に、それに気付いた他の分散チームがその内の一人を引き止めて行って、徐々に人数を減らす。そして最後の一人ないしは二人と、エルリックとハカナが相手をするというものだ。

 この中で第一戦力である二人に、最低でも二人は相手をしてもらわないといけない。

 カミラとヴィヴィットでは性差の面がやはり拭えない。セレンも戦えるが、彼は喧嘩の延長線上程度の、簡単な武術以外は学んでいないのでどうしても弱くなってしまう。キナン、フラウ、シャルティエも戦えるが、シャルティエの身体を労わる事やまだ人を殺した事のない彼らに、酷な仕事はさせられない。イレブンはそもそも戦う事が出来ない。

 そうした結果で、彼ら二人に頼むしか道が無かった。


「大変な仕事を、押し付けちゃうね」

「別に、ボスの為に命を尽くす...、普通の事ッスよ。カミラが気に病む事じゃないッス。ね?」

「まぁ、殺れるだけ殺るだけだ」

 ハカナが歯を見せて笑い、エルリックは顔を背けてカミラに言う。カミラは少し目を丸くしてから、安堵するように息を吐き出した。

「じゃあ、イレブンちゃんよろしくね?」

「あんまりよろしくしたくないタイプの人間だけれど、まぁ、頼むわ。あたしも出来る限り貴方のサポートをするから」

「あはは...、手厳しいな」

 苦笑いを浮かべるセレンに、イレブンはじとりと兎面の向こう側に隠れている瞳を睨むように視線を鋭くした。

「ヴィヴィット、一人でも大丈夫?」

「問題ないわ。お嬢が助けに来てくれるなら、ね」

 彼女は妖艶な笑みを浮かべて、上目遣いにカミラの顔を見る。

「シャル、無茶はしない事、いい?」

「分かってるってば。昨日から引き続いて、うるさいよ」

「俺達はお前の身体を心配して、だな」

「私的には、あんまり戦えないフラウのサポートを重視すべきだと思うけど」

「っぐ、お、俺はこれから頑張るもん!」

 キナン、フラウ、シャルティエは相変わらず楽し気に会話をしている。


 カミラは地図をじいっと凝視し、それからこの中で今動いているであろうゴードンレッド、そして宿敵であるローレンス・ファミリーの面々の顔を思い浮かべて、一人小さく微笑んだ。


 今まで見えていなかった世界が、ようやく見え始めた。


 かつてカミラの父はバルシィに喰われ、殺された。そして今、頂点に君臨している彼らを、今度はカミラが狙っている。

 父娘共に食い殺されるのか、それともカミラが今度は食い殺すのか。


 静かな水面下で、食い殺す為の戦いが動き始めていた。

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