心配

「ん...」

 シャルティエはゆっくりと瞼を開ける。最初に飛び込んできたのは、心配そうに見下ろしているフラウの顔だ。

「ふらう...」

「起きたね、シャル」

 少し舌っ足らずに呼んでしまった事に気付くが、軽く咳払いをして誤魔化しながら身体を起こす。そうすると、キナンが使っているベットの上で、キナンはヨヒラに手渡された紙を眺めているのが見えた。

「ん、起きたか」

「うん。ごめんね、迷惑かけて」

「なぁ、シャル。話があるんだ」

 キナンの唐突な切り口に、シャルティエが不思議そうに首を傾げる。

 キナンは市議邸の地図が見つかった事を、そしてそれをヴィヴィットはレミリット・ファミリー陣に、イレブンはエルリックに伝えに行ったという話を交えて伝えた。

「成程ね」

 シャルティエは納得するように頷き、それから軽く身体を動かそうとベットから降りようとして優しい手付きでフラウに制された。

「......?フラウ?」

「ね、シャル。...俺達、やっぱりシャルの身体が心配だよ」

 フラウの曇った顔に、シャルティエは思わず魅入ってしまう。

「それは...、私が」

「使えないから、とかじゃねぇ。単純に、本当に身体を心配しての事だ。強制的に引きずりおろすとかは考えてない」

 キナンはベットから降りて、フラウとシャルティエの居るベットの方へ腰を下ろす。そして空いているシャルティエの手を握った。

「これから、多分マフィアと戦う。俺達は他の人間よりはそれなりに力はあるけどさ...」

「...私は、二人が戦ってるのに、一人だけ高見の見物とかはしたくないよ」

 シャルティエは元々、二人の為ならば命を落としても問題ないと思っている。

 それは彼らに助けられたから、という理由が一番に挙げられるが、そもそもこの弱々しい身体からさっさとオサラバしたいから、というのも理由の一つだ。

 死にたがりというには遠く、生きたいという意思も明確には持っていないような人間。それがシャルティエだった。

「でも、激しい戦いになった時、俺やキナンがすぐに助けられない。もしかしたら、そのまま......死んじゃうかもって思ったら――怖いんだ」

 フラウは、もう二度と誰かを失いたくない。それはシャルティエに対してもそうだ。

「大丈夫だよ、キナン、フラウ」

 その怖がる瞳に気付き、シャルティエはフラウの両目を見据える。そしてキナンが握っている方の手を強く握り締め返した。

「私は、簡単には死んでやらない。私は、確かに死にたがりに近いけど、でもそれはむやみやたらに死にたいってわけじゃなくて、誰かの為にこの命を使いたいんだ。だから、気にしなくていいよ」

 勝手な無駄死には、シャルティエの意に反する。

 それが答えになっていない事を、キナンもフラウも理解した。だが、それ以上特に言う事もなく、ただ存在を確かめるように握り締める。

 シャルティエに気付かれぬように、二人は視線を交えた。



「ハカナ」

「ん、何スか?」

 ハカナはセレンの世話に使った食器類を片手で器用に洗いながら、向かいに居るカミラの方へ目だけを向けた。

「それ、私がするから貴方はソファにでも座ってなさい」

「ボスにさせるわけには行かねッスよ。俺がするッス」

 にこっとハカナは笑みを見せてから、ひょいひょいとやっていく。カミラは眉をくっと寄せてから、回り込んでその手を掴んだ。

「...カミラ?」

「いいから。食器割られても困るし、そもそも折れてるんでしょう?動かさずに安静にしておくべきよ。ヴィヴィットとエルリック、イレブン達と話し合いがあったからセレンの看病を任せたけど、本来なら貴方も看病される側なんだから」

「でも、俺何もしてないのアレなんッスけど」

「職業病みたいになってるわよ!」

 カミラはすぐに食器を下ろさせてから、ハカナの手を拭かせようとタオルを持って来た。ハカナの手を無理矢理拭かせて、キッチンから立ち退かせる。ハカナはオロオロとしたまま、先程カミラの居た場所に収まる。

「か、カミラ...、出来るんスか...?」

「貴方、人を馬鹿にしてるわよそれ」

 あわあわとしているハカナを一蹴し、カミラはてきぱきと手を動かしている。ある程度の事はきちんと母親から教わっていたので、箱入り娘というわけではない。心配されるほど家事がこなせないわけではない。

「......これから、全面戦争ッスね」

「うん。...皆を危険な目に遭わせちゃうね」

 カミラの瞳がハカナの包帯に向く。ハカナはそれにすぐ気づき、それを僅かに隠すように動かした。

「...........カミラ、ボスは」

「静かにどっしりと。如何なる時でも、取り乱すな...。――父さんの言葉だね。ハカナもよく聞いてた」

 カミラは懐かしむように目を細め、それから全ての食器を洗い終えたのを確認してから蛇口をひねる。

「ハカナ、私はボスじゃないと思う。何て言うか、ボスの器じゃない、っていう方が正しいかも」

 くすっとハカナへ微笑んで、カミラはそのそばへ寄る。お互い顔を見ようと首を振らなければ表情が分かりにくい位置に立つ。

「私は、皆を守って見せるよ。捨て駒を作るだけが、マフィアのやり方じゃないって証明してみせる」

「ははっ、それ聞いたらボスが怒りそうッスね。何甘い事言ってんだ、って」

「それが新生レミリット・ファミリーよ」

 カミラは天井を見上げて、それから目を閉じる。ハカナは特に言葉を発さずに、前を向いたまま同じように目を閉じた。


「お嬢、ハカナ」


 そこへ、一枚の紙を持ったヴィヴィットが扉を開けて入って来た。

 二人はぱっと同じタイミングで目を開けて、それからヴィヴィットの方向へ目を向けた。先程までのしんみりとした雰囲気を感じさせない変化で、カミラは「何?」と彼女へ訊ねる。

「今日出掛けてた三人が襲われて、これが」

 ヴィヴィットはそう言って、カミラとハカナに地図を見せた。

「どこの?」

「イレブン曰く、ゴードンの市議邸。セレンにも見せたけど、彼もすぐに市議邸だと思うって言ったから、間違いないわ」

 確信を持ったヴィヴィットの言葉に、カミラは考えをまとめるように目頭を押さえて数秒考える。それからゆっくりと目を開けた。

「全員が万全の状態になり次第、これからの事を全員で話し合いましょう。ヴィヴィット、これがどういった建物なのかをセレンと一緒に調べておいて。誘われているならば、必要な情報だから」

「伝えてくるわね」

 ヴィヴィットはすっと頭を下げてから、再び部屋から出て行った。またカミラとハカナの二人きりになる。

「...カミラ」

「大丈夫、ハカナ。私は、やってみせるから」

 くるっと後ろを振り向き、カミラはにかっと歯を見せて笑う。


 その表情が現れるほんの一瞬前に表情が不安げに曇ったのを、ハカナは見逃さなかった。

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