協力

 話を付けた四人は、それぞれの足取りのままにカミラ達の待っている屋敷へと歩いて行く。

「あら、お帰りなさい」

 まず一番最初に出迎えたのはヴィヴィットであった。庭の手入れをしている所であったらしく、手には剪定鋏が握られている。彼女の手先はそれほど器用ではないのだろう、不格好に持っている事に対して若干の恐怖を感じるが、四人は何も言わなかった。

「ただいまー、姐さん」

「セレン、迷惑はかけてない?」

「僕が迷惑を掛ける道理がないよ。......カミラ嬢は?今どこ?」

 セレンの問いかけにヴィヴィットは視線を上に上げて、場所を思い浮かべているらしい。どうやらあまり見かけていないらしい。

「お嬢なら、エルリックさんとイレブンさんと一緒に外に出かけてますッスよ」

 そこへ、玄関から出て来たハカナが口を挟んだ。手には紙コップを持っている。

「ただいまー」

 セレンがそう言うと、ハカナはお帰りと言葉を返してからヴィヴィットへその紙コップを渡す。彼女はそれを受け取ると、そのまま一気に飲み干した。

「カミラに何か用だったんッスか?」

 ハカナの問いかけにキナンが「まぁな」と答えた。

 カミラが思い描いていたよりも順調に作戦の筋書きが進んでいるのだ。報告しておくには越した事ないだろう。

「それにしても、エルリックさんとイレブンと一緒にどこ行ったんだろ?見た感じだと、共通の趣味とかなさそうだったけど」

 シャルティエがそう言いながら、少し思考を巡らせる。その間にセレンは首のネクタイを緩めながら、ハカナの横を通り過ぎて行った。

「とりあえず、これからの話をカミラ嬢無しである程度まで進めよう。決行日が近いんだから、休んで呑気に構えてる暇ないよ」

 セレンの言う事はもっともだったので、その場に居る全員がそれぞれ中へと入って行く。



 白く狭いその部屋の中で、カミラとエルリック、イレブンが居た。彼らの目の前に居るのはアイラだ。人工呼吸器を付けられ、様々な管の付けられた痛々しい姿のアイラ。

 本当はここへ来る予定ではなかったのだが、カミラがどうしてもアイラに会いたいというので、三人でここへ来たのだ。

「......アイラ、さん」

 カミラはそうっとアイラの手を取る。ペンだこの出来ている、細い指だった。

 エルリックとイレブン、そしてキナンにフラウ、シャルティエをここまで引っ張って来た人物を、カミラは一目でも会っておきたかったのだ。

 これから自分も今までとは違う人数を動かすのだ。彼女も同じ立場の人間であったという話を聞き、すぐに『会いたい』と思ったのだ。

 アイラはカミラの声には応じず、ただ静かにその場所に居る。

「......有難う、ございます。もう、帰りましょう」

 カミラは席を立ち、後ろの壁にもたれかかっていたエルリックとイレブンへ声を掛ける。二人は頷きもせずに、しかしそれを理解してドアを開けた。

「...キナン達の方はどうなってるかしら...」

 イレブンがぼそりと呟く。今頃フラウとシャルティエがオーディションを受けているのだろうか。警察やゴードンに関わりのあるような人間の接触があれば連絡するようにセレンには言っている。何もないのなら、そういった事態は起きていないのだろうとは思うが。

 三人で団子のように並んで、ゆっくりと歩いて行く。平日という事もあって、病院関係者らしい白衣の人や看護師とすれ違うばかりで、私服を着た人間が見当たらない。

 薬品の匂いが渦巻く感じや、死に怯える人間の様子を見る度に胸のどこかが居心地悪く、エルリックはどうしても顔を顰めてしまう。

「...とりあえず、帰って来てるかどうかを確認して、それから作戦に支障があるかどうかを再算段しないとね...」

 カミラは頭の中に描いている事を口に出して整理している。エルリックとイレブンはそれには特に突っ込む事なく無言で歩く。

 病院を出てすぐ、とん、とカミラは目の前のスーツの男にぶつかり、思い切り後ろへ転げる。

「ッカミラ!」

「あ、ごめんなさい」

 すぐに黒スーツの男性は手を伸ばしてカミラを起こす。イレブンは、その男の顔を瞬時に見る。

 年齢はエルリックと同じくらいだろうか。優し気な色合いを見せる赤色の瞳はやや切れ長だが、柔らかな顔立ちの中に溶け込んでいる。好青年だ。

「お怪我はないですか?」

「は、はい。大丈夫です。私の方こそごめんなさい。周りを見ずに考えに耽ってしまうのは私の悪い癖、ですから...」

 カミラはワンピースの裾を払ってから、目の前の男へ頭を下げた。

「いえ。俺も逸る気持ちばかり目を向けて周りを見てなかったですから。気にしないでください」

 男はそう言って、頭を下げてすぐに病院の中へと歩いて行った。イレブンはそれをただただじっと眺めていた。その視線に、エルリックが口を開く。

「ンだよ、イレブン」

「......あの顔、よく似てるのよね...」

 イレブンはぼやくように呟いて、それからエルリックに「何でもない」とそっけなく言っておいて、カミラの横へ並んだ。

「帰ったら洗濯ね。任せて」

「ふふふ、ありがとう」

 カミラは嬉し気に微笑んで、イレブンの茶髪を優しく撫でた。

「ほら、エル。行くわよ」

「おー」

 エルリックは何も言わずにイレブンの後を付いて行った。


 屋敷に戻ると、屋敷に残った二人とオーディションへ行った組が机を囲んでお茶を飲んでいた。

「お帰り、カミラ」「帰んなさーい、カミラ嬢」「お帰りなさい、お嬢」

「ただいま、ハカナ、セレン、ヴィヴィット」

 カミラは一通りに挨拶し、それからキナン達三人に目を向けた。

「作戦は順調に進みそう?」

「...まあ、順調に進むと思うけど..。聞いて欲しい事があるの」

 シャルティエが軽く前置きをしてから、オーディション内であった経緯についてそれなりの詳しさで話していく。

 自分の歌声がプロデューサーの心を何故か掴む事になり、近日中のラジオ放送の時間をあげるとまで言われた事。その条件と引き換えに、自分達が一年後に本当にアイドルとしてエレーノ劇場を主として活動する事になった事など。とにかく今日アズリナに言われた全てを話した。

「それ...怪しいってやつじゃねぇの?」

「あたしもそう思うわ。っていうか、エルが言うなら余程よ」

「お前、それどういうつもりで言ってんだあぁ?」

 イレブンの冷静な声と、エルリックの明らかに不機嫌な様子を見て、それからシャルティエはカミラを見た。

「...不安ではあるけど、それに乗るしか今の所手はない、かしら。ハカナはどう思う?」

「他の経路が思いつかないッスからねぇ...。カミラがラジオを使って宣戦布告をしないのであれば、まだ手はあると思いますッス」

「...そう、ね」

 カミラは少し考えてから、「作戦人数だけ変更するわ」と呟いた。それを聞いて、すっかり兎面を付けてしまったセレンが声を上げた。

「マジで言ってる?!アズリナって人が信用に足るかも分かんないんだけど。うわべでは人間、好き勝手言えるんだし」

「大丈夫。どんな事が起きても対応出来るようにしておくから。とりあえず協力者としてそのプロデューサーさんを見ると、もう少しスムーズに進みそうかな?」

「んもう!カミラ嬢は人を信用し過ぎ...」

「やめなさい、セレン。今のお嬢に何言っても無駄よ。一度決めたら曲げないんだもの」

 すっかり諦めているらしいヴィヴィットは、セレンを軽い口調で宥めてから「それに、」と口を開いた。

「何かあれば、私達で対処すればいい、でしょ?」

「......もー」

 それは必然的に自分達の実力でカミラを守れるでしょう、と暗に言っていた。彼女の作戦を遂行できないほど落ちぶれた力しか持っていないのか、と。

 そういう意味の言葉を贈られて、腹立たしくならないわけはない。仮にも力を求めてマフィアになろうと思って入った男だ。

「やってやるよ!やってやればいいんでしょ!!」

 完全に吹っ切れたセレンは、ぶんぶんと両手を上下に振るう。こころなしか、兎面に描かれている涙と現状している動きがマッチしているように見える。

 カミラがキナンやフラウ、シャルティエから詳しい話を更に聞き出そうとして身を乗り出し、イレブンとハカナは夕食の算段をし始めた。

 入り混じった会話を聞きながら、エルリックは夕焼け色に染まり始めた空を眺める。そして静かに息を吐いた。

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