復讐の刃を貴女へ
「すみません、お姉さんお兄さん」
次なるゲームを探そうとしていたアイラとエルリックは急に呼び止められ、くるりと後ろへ振り返る。
そこには人の良い笑みを浮かべるフラウと、彼の腕に自身の腕を絡ませているシャルティエがいた。
まるで初対面のような、人の顔を窺うような反応を示している。
アイラはキナンの姿を探したが、見当たらなかった。どうやらここで百万コインをどちらかが得るか、あるいは百万コインをキナン達に託すゲームを仕掛けたいのだろう。そうアイラは推察した。
「...どうしました?可愛らしい彼女さんを連れたお兄さん」
「お姉さんとお兄さん、結構強いですよね。先程から拝見させてもらっていました。...俺と一戦してくれませんか?」
「...構いませんよ?」
「おっとぉ?お姉さん?私の彼氏を舐めちゃいけないですよ?本気で強いですから!」
シャルティエはにこにこと笑いながらそう言った。相当ノリノリらしいことが窺える。
「コイン、巻き上げられちゃうかもねぇ?」
「こら、シャル」
ぴし、とシャルティエの額をフラウは叩く。本当に仲の良い彼氏と彼女のように見える。
「す、すみません。で、どうですか?」
「勿論、受けて立たせてください」
アイラはにっこりと笑って応じた。
どうやら、これでアイラかフラウのどちらかが百万コインを手にする事が出来る。
「それじゃあ、何のゲームがいいかなぁ」
シャルティエは小さく手を打って、アイラとエルリックの方を向いてそう言った。
「クラップス」
アイラがポツリと呟いた。
「ここで、特殊クラップスをしてるらしいから、どうかな?勝率高いと思うけど、お互いにね」
「...分かりました、それで戦いましょう」
アイラはフラウの手を引いて、ゲーム場所まで導いた。
「さ、どうぞ」
アイラは隣の席にフラウを促す。そしてもう反対側にエルリックを座らせた。フラウもシャルティエを横に座らせた。
「ルールは?」
「説明をお願いします」
ディーラーの金髪の女性は静かに頷き、グリーンのテーブルに置かれている二つのサイコロを指差した。
「クラップスというゲームは、サイコロ二つを振りお二人が賭けたサイコロの目が早く出た方が勝ちです。お二人のどちらかが当たるまで、サイコロを振らせていただきます。しかし、二つのサイコロの合計が七の目が出た時点で終了。それまでにお二人の賭けた目が出なければ、賭け金はこちらがいただきます」
「それって、六と八に賭け続けてたら、ずっと勝てちゃうんじゃないの?」
それに口を挟んだのはシャルティエだった。
確かに一と一の組み合わせや、六と六の組み合わせという少ないものに賭けても当たらないだろう。それならば確率の多そうなものに賭けるばっかりになってしまう。
「そうですね。そこで、組み合わせの数が少なければ少ないほど、倍率は上がっていきます」
出る確率は少ないが出た時の倍率の高さで一発を狙うもよし、地道に稼いでいくも良し、という事なのだろう。
「本来であるならば、クラップスには様々なルールが存在してございます。しかし、どんな方でもすぐに出来るよう、ここでは特殊ルールを設置し、特殊クラップスとして回しております。特殊ルールは、賭けてよい数字は一つであるという事。たくさんに賭けてはいけません」
「成程...、貴方はルール分かりましたか」
「運ゲーですね、本格的に」
フラウは面白そうに微笑み、アイラの顔を覗き込んだ。アイラもその紫の瞳に応える。
「それで、お願いします。一発で、決めてみせます」
彼女は自信満々といった顔で、ディーラーの顔を見据えた。
「...俺も、そのくらいの覚悟を持たないといけませんね」
フラウも緩めていた頬をしっかりとさせ、目の前のボードに目を向ける。
「それでは、どれに賭けますか?」
「.........私は、十一に賭けます」
イレブン。
その意味に気付いたフラウとシャルティエは目を大きく見開き、エルリックは意味が分かっていないようで、首を捻りながらもアイラの意見に逆らう気はないようだ。
「じゃあ、俺は...三で」
お互い、少ない組み合わせのもので、そこそこの倍率のものである。
「では、どのくらい賭けますか?」
「「全コインで」」
アイラとフラウの声は重なった。ディーラーの目は大きく見開かれる。
二人のコイン数からすれば、どちらかの手に渡れば百万コインになるだろう。そして、ディーラーの手に渡ればどちらもVIPルームに行く事は出来なくなる。
ここは今日一番の大勝負である、と彼女は確信した。
「分かりました。...一応お聞きしますが、七の目が出れば、お二人の今までのコインは失われます。よろしいのですね?」
「それぐらいの方が面白い、でしょう?」
ディーラーの女性へアイラは訊ね聞くようにそう言った。彼女は少し微笑んで、静かに頷いた。
「そうですね。愚問でございました。そちらの方も、」
「よろしいですよ」
少しおどけた調子で、フラウもそう言った。
ディーラーはテーブルの下から黒いカップを取り出して、二つのサイコロを中に入れた。それからカップをテーブルの上に引っ付け、思い切り左右に揺らした。カラコロカラカラとサイコロが音を鳴らす。
そしてふいに止まり、ゆっくりとカップがテーブルから離れる。
出ている数字は、一と五。合計六である。
ひゅっとアイラの口から緊張の息が漏れる。フラウもテーブルの下の手をグッと握る。
いくらアイラに託したいと思っていても、ディーラーに取られる可能性も己が勝つ可能性だってあるのだ。ここは、自分の運の強さを信じるしかないのだ。
「それでは、次に参ります」
再びカップをサイコロにかぶせ、カラカラとテーブルにくっ付けて振るう。また止まり、カップが上に上がる。
出ている数字は、五と五。合計十である。
「っひやひやするな...これ」
「本当にね。怖いなぁ」
エルリックは焦りに満ちた声で小さく呟き、シャルティエは口角を上げてそう言う。しかし、内心は酷く焦っている。
「次に参ります」
ディーラーはさっとサイコロにカップをかぶせ、またカラコロカラと振るう。再び開かれる。
出ている数字は、二と六。合計八である。
大丈夫だ、とアイラは自身に言い聞かせる。
仮に自分でなくても、フラウとシャルティエに復讐の刃を手渡せる。気を付けなければならないのは、ディーラーの手に二人の稼いだコインが渡ってしまう事。それだけは避けたい。
今日でなくてもいいのかもしれないが、自分や彼ら三人の資金を元手に今回はコインを買っている。
これは意地だ。理論ではなく、精神論の問題である。
「...次に、参ります」
ディーラーはさっとサイコロにカップをかぶせ、またカラカラコロと振るう。再び開かれる。
出ている数字は、六と四。合計十である。
ディーラーは口の中を潤す為に、唾を何度か口の中に溜めては飲み込む。上手くいけば、大金が転がり込んでくるのだ。自分の運の強さがどれくらいなのか。
再びこくりと唾を飲み込んだ。
ディーラーはさっとサイコロにカップをかぶせ、またカラコロカラと振るう。再び開かれる。
出ている数字は、五と六。合計、十一である。
「.........そちらの、貴方の勝ちですね」
ディーラーはアイラの方へ手を向けた。
「.........は、あ、え」
アイラはぱちぱちと目を瞬かせて、何度もサイコロの数字を見る。
「何度見ても結果は同じです。貴方は、納得しますよね」
「はい」
フラウはすっきりとした顔で静かに頷いた。そして、アイラの方へ手を伸ばした。
「俺達の分まで、頑張ってくださいね。ここからですけど、応援させてもらいます」
「私も!」
ひょこっとフラウの横からシャルティエは顔を覗かせる。アイラは少し戸惑いつつも、伸ばされたその手をしっかりと握った。
「うん、ありがとう」
アイラは小さくはにかんで、そう言った。
ディーラーはその二人の雰囲気を崩すように、何度か手を打った。それに気づいてアイラとフラウは手を離し、ディーラーの方を向いた。
「......それでは、こちらをお受け取りください」
彼女はそう言ってテーブルの下から金色のカードを一枚取り出した。それをアイラ目の前へ置く。
「これは」
「VIPルームへ入る為のカードキーです。それを扉の横のカードリーダーに通せば扉が開く仕組みとなっております。百万コイン、おめでとうございます。このクラウン・ド。ティアラの頂点である
アイラは「ありがとう」と言って、金色のカードを手に取った。
「エル、行こう」
「おぅ」
テーブルから席を立ち、フラウとシャルティエを置いてアイラとエルリックは入り口のホールへ向かう。
そこには、キナンとイレブンが立っていた。
アイラは小さく目を見開く。エルリックは口を開きそうになるが、すぐに駄目だと思い出して唇を噛んだ。
キナンは小さく目配せして、イレブンは僅かに首を動かして頷いた。
言葉を交わさずとも、彼らの言いたい事は分かった。
アイラも頷き返し、二階の扉へ向かう。ディーラーの彼女が言っていた通り、小さなカードリーダーが設置されていた。
アイラはそこへカードを通す。すると小さな電子音がして、隣の扉からカチリと音が鳴った。
「開いたみたいだな」
「うん」
アイラはゆっくりと扉を押し開けた。
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