全てはあの人へ託す為に
「そろそろか」
キナンは呟いて、イレブンへ目線を向けた。
「そろそろ一時だし、良い頃合いじゃない」
イレブンもそれに同意し、キョロキョロと視線を動かす。そして、キナンの服の袖を掴んで、指を差した。
その先ではフラウとシャルティエが、何か話し込んでいるようであった。キナンはイレブンを連れて、二人の元へ近付いた。
「なぁ、あんた」
そして、二人へ声を掛ける。
フラウとシャルティエは目を丸くして、それから顔を見合わせて僅かに頷いた。
アイラとエルリックには内緒で、イレブン達四人はある事を考えていた。
コイン百万枚を、彼女達に託そうと。
レッド・ディオールは、キナン達にとって復讐相手である。
本来ならば自分達の手であの男を殺してやりたい。拷問にでもかけ、孤児院の子ども達に味わわせた苦痛を、その身に刻みつけてやりたいと今でも考えている。
しかし、どうしてだろうか。アイラに託してみたくなった。彼女に、この行く末を。
自分達の、復讐の刃を。
「...えと、何ですか?」
フラウは冷静に、まるで初対面の人間に会うように、小さく小首を傾げてその声に応えた。
「俺と、一発勝負しないか?見てたけど、随分強いみたいだしな」
キナンはニヤッと笑い、背を屈めてフラウの顔を覗き込む。すると、シャルティエが二人の間に割って入る。
「ちょっとー。フラウが可愛いからって、駄目だよ?フラウはアブノーマルじゃないんだから。普通だよ!まぁ、でも少し虐められると」
「人の話をあるなし盛らないでくれる、シャル?」
大っぴらにとんでもない事を言おうとしているシャルティエの頭を軽く叩き、キナンへ小さく苦笑いを浮かべた。
「すみません、彼女の言う事はあまり気になさらなくていいですよ。で、勝負でしたっけ。勿論、構いませんよ」
フラウは人の良い笑みを浮かべて、キナンへそう言った。シャルティエは叩かれた事に不満そうであるが、特に文句をいう事はなかった。
「じゃあ、何しましょうか。ブラックジャックとか...、ポーカー?」
「...近いし、ブラックジャックでいい」
近くにあったカードの台を指差して、キナンは静かに頷いてそう言った。
オリエットが三人を養う為にと仕事で忙しい時、唯一三人べるようにとトランプを買い与えてくれ、それで三人はカードゲームだけはした事があった。玩具で遊ぶ事をあまり知らない三人にとって、これでの遊びが全てで、劇場を開いた時にはそこへ来る大人達に様々な遊びを聞いた。
ブラックジャックもその一つだ。
「俺と貴方で一騎打ちにしますか?それとも四人で?」
「キナンでいいよ。そう呼んで」
席に着いてすぐ、キナンはそう言った。フラウから「貴方」と呼ばれるとどうにもむず痒くて仕方ない。
フラウは僅かに目を丸くして、それから小さく緩めた口元に手を当てる。ほんのわずかな仕草でも花になるから凄い、とキナンはぼんやり思っていた。
「そうですか。では、俺の事もフラウ、と。こちらはシャルで構いませんよ」
「よろしくねー、キナン。それとちっちゃな女の子?」
「イレブンです」
ちっちゃな子、と言われた事にむっとしたのか、イレブンは少し口を尖らせてそう言った。
だが、これで全員が名前を知ったという状況が出来た。
「じゃ、俺達の付き添いの女性方には観戦して応援してもらって、俺達でやりましょう。何回勝負にしますか?」
「...三回」
キナンははっきりと告げた。フラウは静かに頷く。
「では、三回で」
そこでようやくディーラーの顔を見た。
「...よろしいですか?」
今まで沈黙を保っていたディーラーは、静かに呟いた。
キナンもフラウも、ほぼ同時に頷く。
ディーラーはカードを手早く切り、一枚二人の手元に置いた。そしてディーラーの手元にも置く。そして更にもう一枚ずつ配る。
「お二人で雌雄を決したいと見えましたので、親の私めのカード数は無効といたしましょう。三回勝負。お二人のどちらが二十一に近くなるでしょうね」
空気の読めるディーラーであったらしい。フラウは軽くお礼を口にし、キナンは小さく目で礼をした。
二人とも、ひっくり返す。ディーラーもひっくり返し、それから近くに置き直して、
「もう一枚要りますか?」
ディーラーは二人の顔を見て訊ねる。
「俺はいいや」
「...一枚、欲しい」
フラウは断り、キナンは一枚要求した。ディーラーはキナンへカードを一枚渡す。キナンの顔が一瞬曇った。
「それでは、お願いします」
言われるがまま、二人はテーブルの上にカードを出した。
キナンの手は二十三。
フラウの手は十九。
「こちらの方の勝利でございますね」
ディーラーは、静かにフラウの方を手で示した。
キナンは悔しそうにぎりと歯噛みをし、フラウは少し得意げに鼻を鳴らした。
その様子をイレブンとシャルティエは後ろで見ている。
「...シャル。二人はどちらが運が強いのよ?」
「フラウの方が運は悪いね。キナンは案外持ってるんだよ。でも、今日は少し違うかな...。それとも、いつもと同じかな?」
シャルティエはすっかり楽しんでいるようで、くすくすと楽しげに笑っている。イレブンは少し表情を暗くして、キナンの背中を見た。
次の勝負に移る。
ディーラーは、慣れた手つきで二枚のカードを二人の前と自分の前に配る。
「私は一枚取りますが、お二人はいかがなさいますか?」
「今度は俺が一枚欲しいな」
「俺は......、いい」
フラウが一枚もらい、キナンは断った。フラウはそれを見てから、更にもう一枚ディーラーへ所望する。
どうやらあまり手が良くなかったらしい。
「それでは、お願いします」
先程と同じ言葉で、ディーラーは厳かに告げた。
キナンの手は十九。
フラウの手は十八。
「......あっぶね」
キナンは静かに呟いた。
「こちらの方の勝利ですね」
フラウは残念そうに肩を落とし、よし、とキナンは小さく呟いた。シャルティエは笑みを崩さずに、イレブンは表情一つ変えなかった。
「あーあ。負けちゃったな。でも...」
「勝負的には面白い、だろ?」
フラウの先の言葉を代わりに紡ぎ、キナンは口角を上げた。フラウは少し目を丸くして、それから静かに頷いた。
何も言わずとも目だけで分かる。二人の関係はそうであった。
「それでは、最後でございます。これで賭け金全額がどちらかの手に動きます」
すっと、辺りの空気が冷えた。
ディーラーは特にその空気を気にする事なく、さっさとカードを配っていった。
「...俺は、これでいいです」
「んー、俺もこれでいいかな」
二人共、今度はカードを所望しなかった。
ディーラーはゆっくりと口を動かす。
「それでは......、お願いします」
二人はほぼ同時にひっくり返す。
キナンの手は、十九。
フラウの手は、二十一。ブラックジャックだ。
「こちらの方の、勝利ですね」
フラウはただただ目を丸くして、キナンの方を見ていた。キナンはゆっくりと息を吐き出して、それからフラウの方へ笑いかけた。
「お前の勝ち、だな」
「...そう、ですね」
「......負けてしまわれたのですね、我が主」
「いやぁ、なかなかいい勝負だったね」
勝負が終わったのを見て、イレブンとシャルティエが二人へ近付いた。
フラウはキナンの持っていたイレブンと彼の稼いだ金は、賭けも含めてかなりの額であった。
「キナン」
フラウが口を開こうとするより早く、キナンはぽんとフラウの方へ手を乗せた。
「頼んだ、フラウ」
他の人間には聞こえない程小さな声音で、フラウへそう言った。彼は目を大きく見開いてこくりと首を動かす。
「はー、お前みたいな人と勝負できてよかったよ。.....文無しはここから去るとするか。イレブン」
「えぇ、了解しました」
またとんとんと肩を叩いて、キナンとイレブンはホールの方へ歩いて行った。フラウとシャルティエはその後ろ姿をじっと見つめる。
「...あれ、ヤラセ?」
シャルティエの第一声はこれであった。フラウは首を振るう。
「たまたまだよ。キナンが俺に何も仕掛けてなかったら」
「ふぅん。いっつもツキのないフラウがこういう時に勝つなんて」
「失礼だな」
「あはは、ごめんね! ...じゃ、アイラさんを探そうか」
「..............そうだね」
フラウはもう一度キナンの姿を探そうとした。しかし、その姿はもう、人混みの中に隠れて見えなくなってしまっていた。
「フラウ」
少し先を歩いていたシャルティエは、足を止めているフラウへ声を掛ける。フラウはすぐに足を進めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます