クラウン・ド・ティアラ

 クラウン・ド・ティアラ。


 それはこの中央アリステラにある、違法カジノである。経営者は一切謎に包まれており、白髪交じりの老父であるだとか、見目麗しい美女であるだとか、憶測が飛び交っている。

 彼あるいは彼女へ会う為には、そのカジノで百万コインを稼がねばならぬらしい。これはこのエヴァンテ公国で使われているファルツ貨幣に換算すると、公務員の最低年収に匹敵する。しかも人の価値観を狂わせるようなその金額を、僅か一日で稼がねばいけない。


「い、一日!?」

 イレブンの作った野菜炒めを頬張っていたキナンは、口の中に入れていた野菜を思わず飛び出しそうになる。

 汚い、とシャルティエが窘めた。

「悪い...。でも、い、一日でそんな大金を」

 キナンの視線は、この数日間で調べ上げたクラウン・ド・ティアラの情報を朗々と語っていたアイラへ向けられていた。

 彼女はくいっと銀縁眼鏡を押し上げる。

「そうだね。一週間に一人出ればいい方、らしいよ。ま、それは常連客で当たり台と外れ台の見分けがついて、豪運の持ち主に限られるそうだけど」


 ここへ訪れてから数日。一行はこの中央アリステラでの暮らしに身体を慣らしていた。

 その間にアイラはカジノの事について調べ回っていたのだ。今日は一通り集めた情報を説明していた。

「そして、ドレスコードだね。ドレスとかタキシード、持ってきてないよね」

「うーん、家に置いてきたなぁ。必要だったなら持って来たのに」

 フラウは残念そうにそう言い、ご飯を一口口へ運んだ。

「それに、一晩で稼げるのかよ。そんな額。俺達一人もいけないんじゃねぇのか」

「...ううん。私考えたんだけど、稼げるよ百万コイン。元手がどのくらいによるかもしれないけど」

 アイラは得意げに微笑んで、また眼鏡を持ち上げた。

「どういう事だよ」

「私達六人で、百万コインを稼げばいい。でしょ?」

 悪戯っ子のような笑みを浮かべて、アイラはそう言った。

「え、それ、ずるじゃないの?」

「バレなければいいって事!六人でなら百万コインを稼ぐとして、一人頭は十六万コインから十七万コインだね」

 うきうきと話している彼女を見て、エルリックはくっと口角を上げた。

「...お前の頭ン中は、何考えてんだ?」

 エルリックの問いかけに、アイラは静かに頷いた。


 今回、クラウン・ド・ティアラへは二人一組で三組で潜入する。一人一人で十六万コインを稼ぐ方が手っ取り早いが、女子組が他の男性客に捕まらないように男子組が守るという役目を担っている。

 そこで各々が稼げるだけのコインを稼ぎ、最後一番コインを持っている一組と二番目三番目に稼いでいるコインを足したものを持ったもう一組で、全額を全て賭けゲームを行なう。

 そうすれば一組に百万コインを渡す事が出来る。

 それを持って、カジノオーナーと対決し、そこでレッド・ディオールかゴードン・エルイートの話を手に入れる。

 それを音声レコーダーに取り、アイラの務めているドトール社へ運ぶ。そうすれば彼らの企みを世間へ放つ事が出来る。

 第三者からの話だが、そもそも国の重要人物が違法カジノへ通っている時点で、記事になる。


 どちらにせよ、彼らの名が負のイメージで伝わっていくには間違いない。


「どうかな」

「凄くいいと思う!あとは衣装関係をどうするかだけだね」

 シャルティエは跳ねた声音でそう言った。他全員も彼女のように口には出さないが、同じような事を思っていた。

「それは私が知り合いに頼んでみる。明日明後日にはここに届くように手配しておくよ。で、ペアの組み合わせはどうしたらいいかな」

 アイラがそう言うと、間髪入れずにイレブンが口を開いた。

「アイラとエルで一組でしょ、どう考えても」

「私は全然それでいいけど」

 アイラはそこで言葉を区切って、隣で食べているエルリックに視線を合わせた。きらきらとした青空の瞳に、エルリックは視線を反らしそうになるが、ここで反らすのはおかしいと思い、懸命に目を合わせたまま頷いた。それを了承と受け取ったアイラは、にぱっと笑った。

「じゃ、そこはいいとして。俺とキナンとシャルとイレブンはどう分けようか」

 フラウはうーん、と首を捻った。

 賭け事をした事がない為、どういった組み合わせがよいのかさっぱり分からなかった。

「俺がイレブンと組む。フラウがシャルと組めよ」

 キナンが口を開く。

 シャルティエの無鉄砲を防ぐには、フラウを守らせるという使命を与えた方が良いと考えた。加えて、人造人間サイボーグとしての能力も加味すると、キナンがイレブンと組んで、フラウがシャルティエと組む方が良い。

「俺はそれでいいけど、シャル?」

「ふぃふぃよ」

 もごもごと口を動かしながら、シャルティエは言った。

「あたしがキナンと?ふぅん」

「嫌なら一人でお留守番しとけよ、おこちゃま?」

 アイラはイレブンとキナンのペアが少し心配になった。


 その日の食事を終え、各自自由な時間を過ごし出す。イレブンと人造人間サイボーグ三人は、機械部分の不具合を直す為に一階の客間にこもった。エルリックは割り当てられた部屋でナイフを磨き、アイラもまたその横の部屋で休息を取っていた。

「......もう少し、か」

 エルリックはぼそりと呟く。〈大監獄〉から逃げ出して、あれよあれよという間にここまで来ていた。

 彼女との契約は、終わりを迎えようとしていた。

 最後に、危険な場所ではあるもののカジノという場所でアイラと居る事が出来るというのは、もしかすればよい事なのかもしれない。

 これが終わってからどうしようか。

 故郷である南アリステラに戻るべきか、それともどこか別の町へ行くか。

「いっそ、エヴァンテから出る、か」

 特にしたい事があるわけでもない。なら、外の世界を見るというのも良いかもしれない。

 隣国は機械ではなく、異能や魔法といった科学とは異なる文明が発達していると聞く。そういった世界を楽しむのも、悪くないかも知れない。

「.........っああ、くそ!」

 ぐしゃ、とエルリックは髪の毛を掻く。一人だと、ごちゃごちゃ考えて仕方なかった。

 アイラに明日の予定を聞きに行こうと、エルリックは部屋を出て隣のアイラの部屋をノックしようとして――、奥から押し殺したような声が聞こえて来て手を止めた。

「......先輩、どうか...。エルを、皆を守ってください...。父さん、どうか私を...」

 縋るような声だった。恐らくネックレスにしている万年筆に願掛けをしているのだろう。

 ドアをノックしようとしていた手は止まり、静かに下ろされた。


 思えば、エルリックも彼女には殺人鬼である事しか明かしていないが、アイラもまたゴシップ記者である事しか明かしていない。

 エルリックはアイラの事をよく知らない。


「......先輩、か」

 エルリックはそのまま扉から離れ、自室へ戻った。

 もやもやとした気分を胸に巣食わせたまま。


 それをひっそりと、イレブンは階段に隠れて聞いていた。


「あれ?イレブン、アイラに明日の予定を聞きに行ったんじゃなかったの?」

 ヘッドフォンを外し、耳に取り付けられているボルトにスポイトで油を差しているシャルティエは、作業片手に彼女へ訊ねた。

 キナンとフラウは風呂場で調節をしている。入浴もかねているし、キナンがシャルティエがいるのに下半身を露出させるのを忍びないと思っているからだ。

 彼女自身は全く問題ないと思っているのだが。

「...やめておいた。アイラ、少し自分の世界に入っていたみたいだし」

「え?妄想癖があるの?衝撃の事実なんだけど」

 自分自身の声も耳に響くのか、いつもより小さな声でイレブンへ声を掛ける。イレブンはシャルティエの横に腰を下ろした。

「...何、不安なの?アンドロイドなのに」

「アンドロイドとか、関係ないでしょ。...不安なのよ。ちゃんと上手くいくかどうか心配。また前みたいに」

「そうならないように、最善を尽くすだけだよ...っと」

 シャルティエはスポイトを置いて漏れた油を拭い、ヘッドフォンを付ける。それからイレブンの頭をよしよしと撫でた。


「大丈夫だよ、イレブン」

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