人ではない人

「......人造人間サイボーグ...!だからっ」

 アイラは納得したように声を弾ませる。


 ロボットやアンドロイドに仕事を取られ、行き場を無くした人間は増えた。しかし、他の専門職やロボットの補佐としてならば、人間はまだ働き口は存在していた。

 しかし、それはあくまでも一定階級のある人間だけの話である。貧しい人間には、仕事はなかった。

 貧しい人間がしていた仕事も、普通の生活を送っていた人間が奪い取ってしまったからだ。

 そこで生み出されたのが、身体の一部、あるいは脳以外の全身を機械化する人造人間サイボーグという存在である。

 その機械化手術によりロボットと同等の力を身に付けられ、それでロボットと同じく重労働に出る。それで食い扶持を稼ぐのだ。

 だが、それ相応の金はかかる上に、適正がなければ拒絶反応を起こして死ぬケースがある。

 その為に人造人間サイボーグ自体は、ロボットよりは少ない。それでもアンドロイドよりは多く、あまり珍しくもないので目にする機会もある。


 彼らが人造人間サイボーグであるならば、あの異常なまでの身体能力も頷ける箇所がある。


人造人間サイボーグって言っても、一部だけなんだよ。私は耳。フラウが左腕で、キナンは足」

 シャルティエは、自身のヘッドフォンをコンコンと指先で叩いた。

「...キナンくんの口ぶりからすると、合意でやられたわけじゃないって事だよね?」

「そ、無理やりだよ」

 彼女は肩を竦めて、机の上にうつ伏せになった。行儀が悪い、とフラウが嗜めたが、シャルティエは生返事を返しただけで態度は直さなかった。

 フラウは少し顔を顰めたが、それ以上は何も言わないようで、そのまま放っておいた。

「...俺達、孤児院にいたんです。その孤児院では、テストがあって...。運動テストや学力テスト。それを数カ月受けた後に、......その」

「機械化の手術を受けた」

 言いにくそうなフラウの代わりに、キナンが言葉を継いだ。

「...レッドのくそ野郎が、アンドロイド計画の前に作ってた、人間を効率異的に動かす為の計画らしい。詳しくは、シャル」

「私は大して聞き取れてない。「テストでの適正を計る」「人造人間サイボーグ計画が成功すれば、彼女の理想郷が作れる」「次は、脳をいじる実験」...、そんなもんだよ。当たり前でしょ、どんだけ分厚い壁から聞いたと思ってるのさ」

 シャルティエはキナンへ呆れたような視線を向けた。それにキナンは苛立ったような顔をしたが、アイラとエルリックが間にいる為か何もしなかった。

「テストに受からなかった家族は、秘密を知ったって事で殺された。元々孤児だ。国民でも市民でもない人間が減ったところで、人口はそもそも変わらない」

 使い捨ての駒。

 アイラは口にしなかったが、キナンやフラウ、シャルティエの喋り方からはその意味を感じ取っていた。

「レッドがあんな事を計画しなけりゃあ、家族は死ななかった。俺達は、人のままだった。少なくとも俺は......、」

 そこでキナンは言葉を区切り、エルリックの方を見た。


「あいつを、殺したい」


 すっと凍てついた瞳で、キナンはエルリックを見下ろした。

「だから、貴方に情報をもらいたいんです。昨日、そう話し合って、決めました。その代わり、アンドロイドの回収は諦めます」

 フラウはアイラの青い目を見て、しっかりとそう言った。

 アイラはゆっくりと息を吐き出した。

「...私は、レッド・ディオールの旧友であるゴードン・エルイートのゴシップを持ってる」

「ゴードン...。あぁ、アリステラの市議だね」

 その名前に聞き覚えがあったのは、シャルティエだけのようだ。男子二人は、首を捻っている。

「その人が...、レッドと関わりがあるのか?」

 キナンの問いに、アイラは複雑そうな顔をした。

「残念だけど、ゴードンのアンドロイド計画の裏しか知る事は出来なかった。レッドの事は、よく分からないの。でも、君達の話が本当なら、ゴードンとレッドは繋がってる。繋がりは、共に落とせる」

 その言葉は確かに確信を持っていた。

「協力、してくれないかな。私、エルとイレブンと一緒に、ゴードンが行なおうとしているアンドロイド計画を阻止したいの」


 アイラはそれを切り口に、三人へゴードンの企てているアンドロイド計画について説明した。

 三人共、人造人間サイボーグになる前にテストを受け合格したという言葉通り、それ相応に頭の回転が良いようで、すぐに大まかな事を理解した。

「...ふぅん。じゃあ、あいつらは人を統制した世界に作り替えようとしてるって事か」

「酷いなぁ。一人一人の意思を尊重しないなんて。ってまぁ、今更かな?」

「...その世界で、その人達は何をしたいんだろう」

 三人は顔を見合わせて、不思議そうに首を傾げていた。しかし、その目は真剣みを帯び、互いが互いの目を見て意思を疎通させている。

「...アイラさん、あんた達に協力すれば、敵は取れそうか?」

 キナンはあえてなのか、取れるかとは聞かなかった。あくまでも仮定の話のように彼は切り出した。

 アイラは少し躊躇いがちに、しかししっかりと頷いた。

 キナンはフラウとシャルに目を向けた。

「...フラウ、シャル」

「分かってる。...キナンの意思なら、俺はそれに従うよ。ね、シャル?」

「文句言わないよ。私達はいつだって一緒だ。面白い何かをするときはいつもね?」

 顎に手を置いて優しく微笑むフラウと、机の上で気だるそうに相槌を打ったシャルティエ。

 二人の表情は悪戯っ子の笑みを浮かべて、キナンへ優しく笑いかけた。キナンは静かに頷いて、アイラに視線を落とした。

「俺達、人を殺した事はない。でも、大丈夫そうか?」

「人が側にいるだけで力になるよ?」

 アイラはね、とエルリックに同意を求めた。エルリックはそっぽを向いて、それへは返事を返さなかった。

 キナンはアイラの顔を正面から見つめて、きっぱりとそう言った。


「協力させて欲しい」


「喜んで。むしろ、こちらからよろしくお願いします」

 そう言って、アイラは手をキナンへ差し出した。キナンは少し躊躇いがちに、しかししっかりとその手を握った。


「アイラっ、エルっ!」

 そこへ、明るく元気な声が響いた。声の方へ向くと、すたすたとイレブンが歩いてこちらへ向かってきた。

「イレブン!」

 イレブンはとたとたとアイラに近づき、彼女の腰に抱きついた。そしてアイラの顔を覗き込むようにふわりと笑う。

「どう?ちゃんとあたしも使い物になるわよ」

「...イレブン、うん、そうだね。でも、イレブンは元々居てくれるだけで回りが明るくなるから、そういう事言わないで」

 アイラはイレブンの茶髪を優しい手付きで梳く。その動作にイレブンは目を丸くして、アイラから勢いよくパッと離れた。

「さ、さぁ!とにかく、話は聞いてたわ!そこの回収者達と協力して、ゴードンとレッドを倒すんでしょ」

 まくし立てるように、イレブンはそう言う。

「もう回収者じゃないけどねぇ。辞めたし」

「あ、ところで、何をどうするかっていうの、決まってるの?」

 フラウが思いついたようにアイラへ訊ねた。アイラは苦笑いを浮かべて、まだ決まってないと伝えた。

「それなら、工場を襲うのはどうかな?ただでさえまだコストがかかるわけだし、一つ破壊しても痛手になると思うんだ」

 フラウはアイラへそう提案した。それから付け足すように、元々のアルバイト先でもある事を遅れて伝えた。

「それって、どこ?」

 それに答えたのは、キナンである。


「北アリステラ第二アンドロイド工場。...エメラルドモデルの製造工場だ」

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