うざいうざいも好きのうち

星宮コウキ

「おめでとう」を言いたくて

 国立神宮学園の中等部と高等部では、毎年9月に生徒会総選挙が行われる。生徒たちがそれぞれの役職に立候補して投票が行われるというものだ。役職は会長が二年生から一人、副会長と会計が二年生と一年生から一人ずつ、書記が一年生から一人である。


 高等部二年生に如月透きさらぎとおるという男がいた。彼は今年の生徒会会長の選挙に立候補したうちの一人。昨年度は副会長を務め、会長が訳あって登校できなくなった時期に見事会長の代理を果たした。それにより全学年からの信頼が厚く支持者が多いので、今回の当選の説は濃厚だった。


 会長に立候補したもう一人の二年生、卯月圭介うづきけいすけという男がいる。彼は透ほど知名度が高いわけではないが成績優秀で学年一位、その上容姿端麗と十分に支持者を勝ち取ることができる手札を揃えている。彼は神宮学園に高等部から入ってきた外部生である。そんな彼も一年の頃、生徒会の会計をやっていて、体育祭や学園祭の実行委員も積極的に行い、地道に生徒たちの信頼を掴んできた。


 そんな二人が選挙で対決するわけだが、今回の主題はここではない。今回焦点が当たるのは、圭介の妹の卯月遥うづきはるかである。遥は神宮学園高等部の一年生であり、絶賛反抗期である。年子という微妙な年齢差ということもあり、兄に対しては「うざい」だの「死ね」だの暴言を吐きまくる。そんなお年頃の彼女の話である。



 ****************



「マジやばくない?」


「ほんとそれな〜」


 会話はほとんどそれで成り立ってしまうのが、女子高生というものだ。


「そういえばさ、遥ちゃんのお兄さんって生徒会長に立候補するんでしょ?」


「あ、それうちも聞いた〜。すごいよね!!」


 ……。とうとうその話が来てしまった。今回の立候補者は、兄と透先輩が会長の立候補者だった。


「でも相手は透先輩だよ?兄貴じゃ無理だね」


「そうかな〜。うちは圭介先輩の方が好きだな〜」


 私はさっと身構える。


「兄貴と付き合うとか言わないでよ……?」


「なにぃ~。うちにお兄ちゃんを取られると思ったのかなぁ~、ブラコンめ」


 そう言って煽ってくるのは、外部生である私にできた最初の友達である須娘詩音すこしおんである。高等部一年の代表といってもいいほど可愛い彼女は、この学園のカースト制のトップに近い存在であろう。その華麗な容姿は遺伝によるものらしく、彼女の姉は今年の6月に行われた神宮祭のミスコンでグランプリを取っている。……正直羨ましい。


「別にそんなんじゃないし。詩音と姉妹とか釣り合い取れないっつーの」


「私から見たらそんなことないと思うけどなー。詩音ちゃんも遥ちゃんも同じくらい可愛いよ」


「「あんたが言うな」」


「はもったー。仲良いね、二人とも」


 そう言ったのは詩音と同じく同級生にして学年一可愛いと呼び名の高い河村咲かわむらさくだ。天然ということも相まって、どの学年からも人気が高い。詩音がカーストのトップに近いのなら、咲は間違いなくカーストのトップだろう。


「それで?遥ちゃんはお兄さんに勝ち目はないと思ってるんだ。応援はしてあげないの?」


「そうだよ。身内なら応援してあげなよ!」


「えぇ...」


 二人に勧められても、気が乗らない理由がある。


「もしかして遥ちゃん、絶賛反抗期中?」


「そ、そんなこと...あるのかな??」


「あ、否定しないんだ」


「うちは親に対してはともかく、姉貴に対しては反抗期無かったな〜」


「いや、だって一歳差だし」


「やっぱそれかー。一歳差なんて恋愛対象に入っちゃうもんね〜、ブラコンめ」


「だからそんなんじゃないって!」


 そう。反抗期でなくとも年子という壁が存在するのである。年が離れていないだけ、お互いがお互いを理解し配慮し合う。高校生ともなれば、素直に接することができなくなってくるのである。


「もちろん応援したい気持ちはあるよ?兄貴が生徒会長とか鼻が高いし」


「そうだよね。私だったら他の立候補者を潰してでもお兄ちゃんを勝たせるかな」


「そういえば咲ちゃんもお兄ちゃんいるんだっけ」


「うん。詩音ちゃんのお姉ちゃんと同い年だよ」


「あー、姉貴の親友と付き合ってる人だ」


「そ、そうなの?一貫校の世間って狭いんだね...」


「あ、もう先生来るよ」


「遅ぇーよ、せんせーい」


 ごめんごめん、そう言って担任が終礼を始める。


 選挙まであと二週間。



 ****************



「ただいまー、はるちゃん」


「その呼び方やめて、うざい。」


 毎日のお決まりのやりとり。兄はこういう人だ。まぁ憎めないのだけれど。


「遅かったね、おかえり。ご飯できてるよ」


「おぉ、悪いな。今日は俺が当番なのに」


 うちは共働きの家庭である。訳あって父母が遅くまで働ているため、ほとんど二人暮らしの状況であるため食事は当番制にしてある。


「いいよ、これくらい。それより選挙の方は行けそうなの?」


「さぁな。透がどんな手を使ってくるかはわからないが、俺は最善を尽くすだけさ」


「ふぅん、そっか」


 私にできることがあったら言ってね、なんて恥ずかしいことは言えなかった。あくまで今まで通りにしたいのである。


 今日のレシピはもやしの野菜炒めとお米、そしてお味噌汁だった。うちの家庭はお世辞にも裕福といえないのでなるべく安めに、それでもしっかりとご飯と呼べるものを作った。


 それはそうと、選挙の方が気になって仕方なかった。兄が生徒会の会計をやっていた頃から透先輩と仲が悪かったのは知っている。その頃から次の生徒会長をかけて凌ぎを削っていたらしい。


「透先輩の人気すごいよね」


 兄も負けていないけれど。


「そうだな。前回副会長だったことがやっぱり大きい。俺はまず地道にやっていくしかないかな」


「……にぃにも十分人気あると思うけれどな」


「ん?なんか言った?」


「なーんにも。早く食べて食べて」


 私も何かできることないかな。そんなことを考えながら二人で夕食を囲んだ。


 選挙まであと三日。



 ****************



 詩音や咲はトップカーストではあるが、その輪の中にいる私もまた、上の方にいる人間だった。だから、少なくとも一年生の中には影響力があると思う。詩音と咲には手伝ってもらっている。


「ねぇ詩音ちゃん。この人の公約ヤバくない?」


「うん、やばいよ!さすが遥ちゃんのお兄ちゃん!」


「……」


 正直、話に中身がないが影響力はあったらしい。


「え、まじ?卯月の兄貴会長やんの?俺投票しよー」


「えー、透先輩はー?」


「いや、でも公約を見ると遥ちゃんのお兄ちゃんの方が生徒のことを考えてくれてるよ!ね、咲ちゃん?」


「うん!マジやばいと思う!」


「……」


 もちろん、アンチも一定数いる。


「お前の兄貴って外部生だろ?生徒会長なんて向いてねぇよ」


「そうだよ。純神宮生の透先輩のほうがいいよ」


 つまり、それ以上の票を勝ち取らなきゃ行けないのだ。


「外部生とか純生とか関係ないよ。兄貴は透先輩に負けないくらいみんなのことを考えてる。私は兄貴の頑張りを知っているから応援するだけ。変な感性をまき散らさないでよね」


 できることは余計なことをしないように牽制するくらい。


「そうだそうだ!みんな、ブラコンの遥ちゃんのためにも一票入れてあげよう!」


「余計なことは言うなぁぁぁぁ!」


 選挙まであと二日。



 ****************



「...という理由で僕は生徒会長に立候補しています、どうか一票をお願いします!」


「...清き一票をこの如月透にねがいします!」


 最後の演説をお互いに威嚇しあうかのように向かい合って行っている。


「どうなるかなー。どう思う?咲ちゃん」


「どうなるだろねー。詩音ちゃん」


「...」


 私が選挙するわけでもないのに緊張してきた。ここまでやれることはやってきたし、兄も今までに見たことがないくらいに頑張っていた。多分いけるはずだ。兄には、行きたい大学に行ってほしい。そのためには、推薦状をもらい奨学金をもらう必要がある。


「遥ちゃんはなんか考えこんじゃってるし、私たちだけで動きますか」


「そうだね。透過激派がそろそろやらかしそうだし」


 何としても勝ってほしい、それだけだった。兄は私への学費を残すためと言ってくれているが、私だってそう思っている。それに、今までの頑張りは勝利しか見合わないと思う。


「大丈夫かな」


 そう呼びかけるが、周りには詩音も咲もいなかった。きっと何かやってくれているのだろう。私は二人を信じて帰路につく。


 選挙まであと一日。



 ****************



『...如月透、183票。卯月圭介、185票。よって卯月圭介の勝利!』


 放送で全校に流された投票の結果。湧き上がる卯月派、崩れ落ちる如月派。それぞれではあるが、私は安堵で呆然としていた。


「ほらほら、どうした遥ちゃん。これからが本番でしょ?」


「え、なんのこと?」


「いやいや、反抗期の妹がお兄ちゃんにおめでとうを言わなきゃ!」


「そうだよ~。一回あるかないかのデレ期だよ!」


「べ、別にツンデレじゃないし...」


「またまた~。ほんとはブラコンなくせに~」


「ち、違うって!」


「でもでも本当は~?」


「もう、うざい!」


「あぁ~、ごめんて~」


 そんな楽しいやり取りが戻ってっ来る。支持者の選挙期間も大変なのである。


「おめでとう、か」


 おめでとうまであと一日。



 ****************



「おーい、会長。一緒にお昼食べようぜー」


「おう」


 選挙は無事に終わった。本人は隠しているようだが、遥が頑張ってくれたことは知っている。


「お、会長のお弁当って思ったより普通なんだな」


「悪かったな、普通で」


 でも、俺はいつもとの違いに気づいている。いつももやしだったところが、ハンバーグになっている。こんな高価なものを入れてくれるとは。


「会長、何笑ってるんだ?」


「いや、なんでもないよ」


 反抗期だとやっぱり、素直におめでとうは言えないらしい。

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