ダリアの花束を…。

七荻マコト

ダリアの花束を…。

 ただの禄でもない男だった。

 事業に失敗して、借金まみれ。

 資金を工面しようとあちこちに頭を下げるも、断られ続けている。

 こんなはずじゃなかったのに…。

 その日生きていくのがやっとの生活。

 取り敢えず稼ぐためにと始めた長距離トラックの運転手。

 それでも稼いだお金の殆どが借金の返済に消えてゆく。


 ついてねぇ。

 そう思いながら、競馬やロトで一攫千金、ワンチャンあるんじゃないかと手持ちの金を賭けるが全く当たらず、パチンコで起死回生を図るも泡と消えゆく身銭。

 はぁ、ついてねぇ。


「帰ったぞぉ」


 安アパートに帰ると、妻は慌てて何かを隠す。

 ケッ、なにをこそこそやってんだ。

 まさか、俺が仕事で遠出してる隙に男でも連れ込んでるんじゃねぇだろうな。


「お、おかえり。ご飯の準備するね」

「お父さん、お帰りなさい」


 一人娘も小さいのに夜11時を過ぎてもまだ起きてやがる。ちゃんと躾けとけよ、まったく。


「いつまで起きてるんだ。もう寝ろ」

 恫喝に近い声音で娘を見下ろす。


「…ごめん…なさい」


 しょぼんと落ち込むが、悪いことは悪いと大人が教えてやらないといけない。


「あなた、そんなに怒らなくても…」


 飯の準備をしている妻が容喙してくる。


「あ~、うるせぇな、もういいよ。飯はいらねぇ」


 イライラが募り、吐き捨てるように怒鳴ると俺は家を飛び出した。


「あなた、待って!」


 妻の呼び止める声が後ろから飛んでくるが、知ったこっちゃねぇ。浮気相手とでもよろしくしてくれ。


 闇雲に走る。

 夏の夜、風は生温く、俺の不快指数を倍増させる。

 息を切らしながら走る。

 都会の街並みから望む小さな夜空は、星が一つも見えなかった。


 ああああ、ついてねぇ。


 マジ、ついてねぇ。


 隕石でも落ちて、地球滅亡してくれねぇかな。

 ついてねぇ、世の中の方が間違ってるとしか思えねぇ。

 核爆弾のボタンが目の前にあったら、躊躇うことなく押してやるのに。



 

 気が付くと白い部屋に居た。

 辺り一面真っ白なので、部屋という限られた空間なのかも分からない。

 何処までも続く白。

 振り返ると、ふざけた格好の人が居た。

 赤と白のストライプ柄のダボダボの服。

 先が反り返って尖がっている靴。

 黄色いもじゃもじゃの髪に白い化粧をした顔。目には赤い星のペイント。


 ありていに言ってピエロがそこに立っていた。


「おめでとうございます!」


 目が合った途端にファンファーレが鳴り響き、ピエロは恭しく頭を垂れた。

 突然のことに事態が呑み込めない。


「あらあら、良くわかってないご様子ですねぇ」


 オーバーリアクションで両手を上げて驚く素振りをみせる。


「あなたは当選したんですよぉ」

「な、なんだ、お前は!ここはどこだ?!当選したってどういう意味だ?」


 捲し立てる俺をからかってるのか、両耳に指を突っ込んで五月蠅そうな表情を浮かべる。


「一気に質問しないでくださ~い。質問は一つずつ…」


 そこでドヤ顔になる。


「といっても、あなたに質問する権利なんてないのですがね、うふふふふ」


 わざとらしく両手で口を押え笑いだす。

 煽ってるようにしか見えないのだが。


「では、時間ですので、さっさと行って下さ~い、この糞カス野郎!」


 突然周りの景色が歪む。


「お、おい!ふざけるな!なんにも答えてないじゃねぇか!当選ってなんだ?」

「アディオ~ス、アミーゴォ!!」


 ピエロは両手を大きく振って俺を送り出した。





 気が付くと空中に浮いていた。

 周りを見渡すと競馬場。

 なんでこんなところに?

 レースは序盤、出走馬は今日見たレースそっくりだった。


 浮遊霊のようになっいた俺は、レース結果が今日見たレースそのままだったことに驚愕する。

 近くのおっさんが持ってる競馬新聞も今日のもの。次のレースも今日をなぞるように展開していく。


 ま、まさか過去に飛んでいるのか?


 過去の自分の姿を探す。


 お、居た。


 こいつとコンタクトが取れればぼろ儲けじゃないか!


 俺は迷わず叫ぶ。


「おーい、過去の俺!」


 しかし、浮遊霊の俺に気付きもしない。


 触ろうとしても透き通り、目前でどんなに手を振ろうが気付きもしない。

 ある程度暴れたり、叫んだりして、結局何をどう足掻いても接触できないことを悟る。


 なんなんだ、一体。

 あのピエロは何がしたかったんだ?


 途方に暮れながらも、俺は過去の俺についていく。

 過去の俺は、無駄に競馬で金を磨って、ロトの結果も散々だったことに腹を立てて、その上なけなしの身銭でパチンコ屋に入っていった。


 俯瞰してみてよくわかる屑っぷりに見ていられなくなった。


 もう家に帰るか。


 あ、そうだ。この浮遊霊状態なら、妻の浮気を確認できるんじゃないか?

 証拠を見つけて問い詰めてやる。

 夕方6時も過ぎて辺りが暗くなった時間、俺は過去の自分より一足先に帰路についた。


 家では、妻と娘が何やらせっせと作っていた。


(なにしてるんだ二人とも…)

 無論、俺の声は届かない。


「お母さん、綺麗にできたよ」

「わぁ、凄い!ありがとね、幸ちゃん」


 得意気な笑みを浮かべる娘の頭を撫でる妻。

 段ボールにぎっしり詰まったそれは、造花だった。


「お母さん、この白いお花はなんて名前?」

「これはね、ダリアって言うの」


 他愛ない話をしながら、一つ、また一つと作っては段ボールに詰めていく。

 

「これで少しでもお父さんの負担が減ればいいね!」

「そうね、幸ちゃんのお蔭で、お父さんも凄く、助かってるよ。こんなにいい子に育ってくれてありがとう!っていっつも思ってるよ」

「へへへ~」


 満面の笑みで綻ぶ娘の顔は、俺の心を抉った。

 な、なんだこの光景は…。

 内職在宅ワークというやつか?

 二人がこんなことしてるなんて知らなかった。


 そもそも、家に殆ど帰らなくなってまともに娘の顔を見たのも久しぶりの気がした。


 こんなにいい笑顔で笑う子だったのか…。


 それに引き換え今パチンコしている俺はなんだ…。

 忸怩たる思いで胸が一杯になる。


「パートの時間も増やせたらいいんだけど、託児所も一杯だから、空いた時間にこれくらいはしないとね」

 独り言ちて自分を鼓舞する妻。


 何だ、何なんだ。

 目の前の光景に絶句する。


「お母さん、そろそろあれ作ろうよぉ!」

「もうそんな時間なのね、じゃ、スポンジは出来上がってるから仕上げのクリームは幸ちゃんに頼もうかなぁ」

「うん!任せて!」


 張り切る娘がケーキをデコレーションしていく、お世辞にも綺麗とは言い難く、ガタガタのボロボロだったが、最後のチョコレートで拙い文字を書いていくところで、俺は滂沱の涙が頬を伝うのを感じた。


『おとうさん、おたんじょうび、おめでとう』


 不器用な覚えたての文字で一生懸命に綴った娘を、妻は優しく褒めていた。


 そうか、俺、今日誕生日だったんだ…。


「今日はお父さんが帰ってくるまで起きてるんだ!おめでとうって言うんだっ」

「もう、夜更かしは今日だけだからね」


 意気込む娘に、押し切られながらも快諾する妻の顔は美しい花を散らしていた。






 気が付くと白い部屋に居た。

 目の前に立つのはピエロ。


「おかえりなさ~いっ」


 呆然と立ち尽くす俺は返事をする力もない。


「おやおや、あなたにはちょっと刺激が強すぎたかなぁ~」


 ニカッと大げさに笑って顔を覗き込んでくる。


「もう察しているかも知れませんが、今見たのは走馬燈でぇす」


 俺の目前で手を振りながら見えてますか~と態度で問いかけてピエロは続ける。


「夜道を闇雲に走っていたあなたは車に轢かれて、今救急車で病院に運び込まれたところなのでっすよぉ…おお~マイガッ」

 両手を口に当てて笑う仕草、言葉と一致していない。


「でもでもぉ、死んでもいいくらいに思ってたからぁ、もういいですよね、うふふふふ」

「俺は…死ぬのか…」

 呟くように問いかける。


「ん~死ぬかもしれないし、死なないかもしれません。私には分かりかねますよ~、だって私はただの走馬燈なんだもの!きゃっ!」

 両手で顔を覆って広げた指の隙間からこちらを覗いてぶりっ子を気取る。


「では、お時間なので行って下さいな、このろくでなしのごみ屑野郎!」


 景色が歪む。

「ふっ、毎回唐突に送り出すんだな、お前は」

「いい顔になってますよ、あとはあなた次第。アディオ~ス、アミーゴぉぉ!」






 目が覚めると病室のベッドの上、色んなチューブに繋がれて心電図かなにかの規則正しい音が聞こえてくる。

「あ、あ、あなた!」

 妻の声がする。

 うっすら目を開けてそちらを見やると、俺の手を握ってボロボロになっていた。

 同じく泣きじゃくる娘が俺に掛かっている布団にしがみついてわんわん泣いている。

「お、あ、」

 俺は喉を振り絞る。喋ることを思い出すような音を繰り返し、渾身の力を込めて言葉を贈る。

「お母さん、幸。愛して…、くれて、ありがとう。俺も、も、あ、愛して、い…る」

 俺の意識はそこで途切れた。








 あれから数年、地道に借金を返済した俺は、田舎で農業をしていた。

 元々、田舎暮らしが性に合ってるのか、地方の支援政策の一環で、無償で家と畑を与えてくれて、好きに使ってもいいという場所を見つけ、家族3人で暮らし始めた。

 今では毎日、妻と娘の笑顔を見ない日がない、幸せな家庭を築いている。

 今日は、妻と娘の誕生日だ。

 二人の誕生日が一緒なので、その分豪華なお祝いをしてやろうと毎年試行錯誤の連続だが、それも楽しくて仕方がない。

 今年も両手一杯のダリアの花を手に、二人への感謝を一杯に、おめでとうを沢山詰め込んで家に帰ろう。



 まだ暫くは、あのピエロと再会しなくて済みそうだ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ダリアの花束を…。 七荻マコト @nana-mako

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ